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木村誠「20年代、大学新時代」

政治に翻弄される公立大学の悲しき宿命…地方で相次ぐ首長の介入と私大の公立化

文=木村誠/教育ジャーナリスト
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高知工科大学(「Wikipedia」より)

 とかくトップクラスの国立大学や有名私立大学のニュースに目を奪われがちであるが、近年の地域社会で存在感を増しているのは公立大学だ。そのためか、ともすれば今まで大学の教育研究については専門家任せだった地方自治体の首長である知事や市長が、アカデミックな領域にいろいろと口を出す事例が増えている。

 たとえば、浜田省司高知県知事は、6月29日の県議会の一般質問の答弁で、高知工科大学が掲げるデジタル系の新学群の構想について、「これまでの準備作業をいったん白紙に戻す」と表明した。

 2009年に公設民営の私大から公立化した高知工科大は、いわばその流れのトップバッターだ。県立大学になったのだから県知事が最終責任者ではあるが、大学の新学群構想を「白紙に戻す」というのは珍しい。

 同大学は設立当初から先進的工学を目指していたが、高知のキャンパスも都市部にあるわけではないため、受験生が集まらず定員割れが続き、公立化に至った経緯がある。知事は、高知大学や高知県立大学に比べて卒業生の地元就職率が低いことを問題視しているという情報もある。

 しかし、地域協働学部や教育学部などがある高知大学や、看護学部や社会福祉学部などがある高知県立大学に比べ、高知工科大は情報学群やシステム工学群などがあるのが特徴だ。もともと地元にシステムや情報の専門家を必要とする企業が少ないのだから、地元就職率が低いのは仕方がない。

 これらを考えれば、知事としては、さらにデータサイエンス関係の新学群設立ということになれば、ひとこと言いたかったのは、わからないでもない。国立大の高知大でさえ地域協働学部があるではないか、ということであろう。

市長に介入される公立大の悲哀

 高知だけではない。公立大だから地域貢献が本来の使命のはず、という思いは、全国の首長の間で高まっているのではないだろうか。

 たとえば、2021年春に誕生した兵庫県北部の兵庫県立芸術文化観光専門職大学である。同大学では、芸術文化と観光分野の2つの視点を活かし、国公立としては初めて演劇を本格的に学べる。学長が演劇界で有名な平田オリザ氏ということもあって、全国的に注目を浴びた。

 ところが、今春の豊岡市長選で当選した関貫久仁郎市長は、告示日に「演劇なんかいりません」と訴え、注目された。対抗馬で同大学新設計画の推進者であった現職を意識したのでは、ともいわれるが、公立大と首長の関係が浮き彫りになった出来事であった。

 特に市長が市立大に介入して問題化しているのが、山口県の下関市立大学だ。同大学は外国人留学生も多い経済単科大で、伝統もある。ところが近年、地元の下関市長に安倍晋三前首相の元秘書が当選し、何かと口出しするようになった。

 2020年秋に大分県で行われたシンポジウムで、下関市立大の学部長で理事でもあった教授が同大学の現状を踏まえ、大学運営のあり方について憲法や法律に照らして疑義があると指摘した直後に、理事を解任された。学問や言論の自由を脅かす人事として、全国の大学関係者65人の連名で抗議声明を発表する事態に至っている。

 現政権による日本学術会議の任官拒否と同じような文脈といえるであろう。

公立化が定員割れに悩む地方私大の救済策に

 下関市立大がある山口県は「松下村塾発祥の地」という土地柄か、地元自治体が大学をつくる傾向がある。県庁所在地の山口市には、山口大学、山口県立大学、山口学芸大学があり、それに対抗して、下関市にも下関市立大のほか、私立の東亜大学と梅光学院大学がある。

 また、山陽小野田市には、2016年に公立化した山陽小野田市立山口東京理科大学がある。同大学は「東京理科大」と銘打たれているため私大がルーツの印象を持つが、関係者は実質的に公設民営であった、と証言している。近隣の周南市にも同じ公設民営私大の徳山大学があり、公立化に向けて動いている。

 この公立化は、定員割れに悩む地方私大の最終的な救済策と言われている。前述の高知工科大と山陽小野田市立山口東京理科大のほかにも、2010年に静岡文化芸術大学と名桜大学、2012年に鳥取環境大学、2014年に長岡造形大学、2016年に福知山公立大学、2017年に長野大学、2018年に公立諏訪東京理科大学、2019年に公立千歳科学技術大学、という具合である。

 では、なぜ最初から公立にしなかったのか。私大の方が経営のプロに任せられるし、公立大より高い学費を取れるからだろう。ところが、地方では都会の大学経営の手法が通用せず、既存の私学は敬遠し始めた。そのため、施設などは地元自治体がつくり、経営は民営(実質は公務員)という公設民営方式になった、というわけだ。

 しかし、伝統もなく、就職先は不透明、学費は高いということで志願者は集まらず、定員割れが続き、公立化を迫られた。その結果、地方交付税の公立大学分の財政負担サポートもあり、学費は他の公立大並みに安くなった。また、公立大ということで地元高校の進学指導サポートも強まり、定員割れも解消した。

 ちなみに、定員割れでないのに公立化した静岡文化芸術大学は、公立法人化の制度ができたことがきっかけになったという。当時の2代目学長は、先般の知事選で再選された川勝平太静岡県知事である。

地方公立大の隠れた効用とは?

 公立大というと、大阪府立大学と大阪市立大学の統合によるマンモス校の誕生や、横浜市立大学に続いて名古屋市立大学にデータサイエンス学部の設置が発表されるなど、ビビッドなビッグニュースが多い。しかし、地方公立大学の隠れた効用に、もっと目を向けるべきだ。

 公立大学協会のデータによると、たとえば公立大の域内(県立なら県内、市立なら市内)の志願者数は3割程度、入学者は4割弱なのに、所在地の都道府県への卒業生の就職率は45%程度をキープしている。人材の地元就職率は、相対的に好ましいレベルだ。

 一方で、ジェンダーの視点から大学教員数の女性比率を見ると、学長は公立20.9%、国立4.7%、私立11.6%で、副学長は公立14.5%、国立9.4%、私立13.4%となっている。学長・副学長を除く教授は公立21.9%、国立10.4%、私立20.2%だ。私立には女子大学が多く、公立も女子系の短期大学が母体の大学が少なくないことを考慮に入れるべきであるが、この伝統を活かしてさらなるジェンダー格差解消を大いに期待したい。

 また、設置主体が地方自治体だけに地域貢献は主な使命であるが、滋賀県立大学、広島市立大学、岡山県立大学、北九州市立大学などは、文部科学省の地方の知的拠点(COC+)大学として、国立大と伍してリーダーシップを発揮してきた。

 これからは、地方再生に果たす公立大の役割が大きくなることは間違いない。

(文=木村誠/教育ジャーナリスト)

木村誠/大学教育ジャーナリスト

木村誠/大学教育ジャーナリスト

早稲田大学政経学部新聞学科卒業、学研勤務を経てフリー。近著に『ワンランク上の大学攻略法 新課程入試の先取り最新情報』(朝日新書)。他に『「地方国立大学」の時代–2020年に何が起こるのか』(中公ラクレ)、『大学大崩壊』『大学大倒産時代』(ともに朝日新書)など。

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