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木村誠「20年代、大学新時代」

文部科学省が唱えた国立大学“文系不要論”の実態…教員養成系学部の志願者数が激減

文=木村誠/教育ジャーナリスト
文部科学省が唱えた国立大学文系不要論の実態…教員養成系学部の志願者数が激減の画像1
文部科学省が入居する霞が関コモンゲート東館(中央合同庁舎第7号館)(「Wikipedia」より)

 日本学術会議の会員候補として推薦されながら菅義偉首相に任命されなかった6人の研究者すべてが、人文社会学部系統の教員である。

 宗教学の京都大学教授、政治思想史の東京大学教授、行政法学の早稲田大学教授、憲法学の東京慈恵会医科大学教授、日本近代史の東京大学教授、刑事法学の立命館大学教授だ。安全保障関連法や共謀罪に反対するなど、安倍政権の政策に批判的立場を取っていた点が共通している。当時の官房長官であった菅首相にとっては、おもしろくない相手であったろう。

 といって、民主主義を標榜する政権が「反対派だから」という正直な理由を言えるはずもなく、「個別の人事に関することで、お答えは差し控える」という抽象的な主張を繰り返している。だいたい具体的な人事はみな個別なわけで、これでは話にならない。

 そこで、政府や自民党は学術会議の組織問題に論点をすり替え、「軍事研究に非協力的」とか、「公金投入しているのに政権を批判する会員のいる独立団体とはいかがなものか」と反撃に出た。

 それに対し、元軍人で学術会議会員でもあった97歳の気象学者が、戦争協力を強いられてきた科学者としての反省に立って、ネットで署名活動を展開、6万余の賛同を得た。また、ノーベル賞を受賞した益川敏英、白川英樹の両氏を含めた125人の文化人が賛同して「すみやかに6人を任命するよう」求めた声明も出ている。

 しかし、菅政権はこの流れを無視して、非任官のまま既成事実化を狙っている。メンツもあろうが、これは単に6名の任命拒否という問題に限らず、政府の教育科学に関する基本姿勢にかかわるからでもある。

任命拒否と国立大学文系不要論は底流でつながる

 文部科学省は2015年、国立大学法人の第2期中期目標に関する国立大学法人のミッションの再定義に関して組織の見直しに触れ、「特に教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、18歳人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等を踏まえた組織見直しの計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることにする」とさりげなく、しかしハッキリと国立大学法人に要求している。

 理工系や医療系などに比べ、教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院は社会的要請が高くないので、この際、縮小・改編をせよ、ということである。これは社会的というより、政府や産業界にとってニーズがないということだろう。と同時に、政権にとっては、今回の任命拒否でみられるように、自らの政策に批判的な学者を生む土壌となっている人文社会科学系の学部・大学院をこの際、縮小・改編してしまおう、という文脈である。

 ところが、企業経営者も含め、多くの社会的リーダーの出身母体でもある国立大学の人文社会科学系の不要論は、思いもかけず猛反発を呼んだ。ビビった文科省は、「実はこれは国立大学教育学部の新課程(ゼロ免=教員免許取得を目的としないので、教員養成課程ではない)の廃止を促しているのであって、文系不要論は誤解」、ということで切り抜けようとした。しかし、国立大学の財政的自助努力が足りないという財務省の見解はまだ生きており、それを背景に国立大学人文・社会系不要論は実質的に深く潜行して、まだ折りにつけ噴き出すのである。

国立大学人文社会科学系の志願者動向

 図表は、文科省から文系不要論が出る3年前から現在までの国立大学学部系統別志願者数の推移である。別に文系は不要と大上段に唱えなくても、大学にとっては受験生の動向こそが社会的なニーズを直接つかめる数字だ。

文部科学省が唱えた国立大学文系不要論の実態…教員養成系学部の志願者数が激減の画像2

 実際に、人文社会学部不要論を撤回しても、そのアナウンス効果は残る。人々の行動を変えることをもくろみて行うニュースや政府の広報が、真逆あるいは予期しなかったように変化することがあるからだ。

 図表の場合は、募集人員の増減は大学サイド、志願者数は受験生サイドの動きを反映している、と考えていいだろう。18歳人口の減少で募集人員が全体で93%と減っているが、それ以上に志願者数が81%と2割も減っている。

 文科省の言う教育学部については、教員養成系が狙い以上の効果で募集人員は78%に減少、志願者数はさらに62%に減少した。ちなみに、この教員養成系は教育学部のゼロ免課程を除いた数である。アナウンス効果だけでなく、教員の待遇の悪さ、休日も返上という長時間労働などの情報が広がったためであろう。減少率が予想以上で、今や文科省は教師の魅力を広くPR して、教員養成系の人気回復に努めているほどだ。

 注目の人文社会系は募集人員が91%で減少率が比較的高いが、志願者数は81%の減少率で平均的だ。受験生の人文社会系ニーズは衰えていないといってよい。それは、他の学部系統の減少率と比べるとハッキリする。

 理工系は募集人員が91%、志願者数90%で、人文社会系より健闘している。志願者の文低理高の傾向が出ているといってよいだろう。

 しかし、農・水産系は募集人員が101%と増えているのに、志願者数は76%と減少率が高い。農・水産は獣医や食農、海洋資源など大学サイドは地域活性化を目指して募集人員は増加傾向にあるが、残念ながら人気はイマイチである。

 医・歯系も同様で、募集人員は94%だが、志願者数は68%と減少率が高くなっている。医学部の地域枠の拡大などで、一部受験生に敬遠の動きがあったようだ。ただ、2021年(2020年度)入試は、新型コロナ問題で医療系は人気復活の傾向にある。

 このように人文社会系教育研究の軽視方針は、教育養成系の志願者数激減という思わぬ副作用を伴って、行き詰まりを見せている。行政の思惑で教育研究分野に手を出すことは、国策を誤ることになる。

(文=木村誠/教育ジャーナリスト)

木村誠/大学教育ジャーナリスト

木村誠/大学教育ジャーナリスト

早稲田大学政経学部新聞学科卒業、学研勤務を経てフリー。近著に『ワンランク上の大学攻略法 新課程入試の先取り最新情報』(朝日新書)。他に『「地方国立大学」の時代–2020年に何が起こるのか』(中公ラクレ)、『大学大崩壊』『大学大倒産時代』(ともに朝日新書)など。

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