5月の朝日新聞「ひと」欄では、理系女子の登場が続いた。京都大学医学部に高3で飛び入学した林璃菜子さんと、ゴキブリの生態で世界的発見をした九州大学大学院生の大崎遥花さん、女性科学者を推賞する「猿橋賞」の東京工業大学生命理工学院の田中幹子教授である。高校生、大学院生、現役教授と、理系女子の多様性を裏付ける。
林さんは、高校生が化学の知識や技能を競う「国際化学オリンピック」の銀メダリストで、将来は医学の研究者を目指している。飛び級ということでネットでも話題になっている。
一方、子どものころから虫好きだった大崎さんは、沖縄の朽木で過ごす一夫一妻制のリュウキュウクチキゴキブリが、交尾のときにお互いの羽を食い合う現象を発見。協力して相互の利益を実現する社会的行為かもしれない、という。生物学的に貴重な発見である。
地球化学者の猿橋勝子さんが1981年に創設した「猿橋賞」を受賞した田中教授の研究は、ヒトなど哺乳類が胎児期の成長過程で指の間の細胞を失う「指間細胞死」の原因に関するものだ。高濃度の酸素が入った水槽でオタマジャクシを育て、本来は起こり得ない細胞死で水かきがなくなったことを実験で検証、活性酸素の作用を裏付けた。
林さんと大崎さん、そして田中教授……理系女子のイメージから連想する研究である。いずれも無機質な対象でなく、生命に関わるテーマだからだ。
建築系では日本女子大学が実績を残す
理系女子は、数学や生物学、化学などの理学系に多いと言われてきた。工学系で例外的なのが建築系で、女子大にも関連学科は少なくない。
伝統があり、難易度もトップクラスなのが日本女子大学の住居学科である。2010年に女性として2人目、日本人女性としては初めてプリツカー賞を受賞した妹島和世さんは、同学科OGである。同賞は「建築界のノーベル賞」といわれ、日本でも最高の建築家の証である。理系女子の先駆者の一人とも言えよう。
同学科OGには、他にも実績のある建築家が少なくない。そのひとりの平倉直子さんは、1973年に卒業して5年後に(有)平倉直子建築設計事務所を創設し、その後、各地の建築賞を受賞している。
同大の家政学部住居学科には居住環境デザイン専攻と建築デザイン専攻があるが、ともに一級建築士(実務2年)の受験資格が取れる。一級建築士になれば、一戸建てから高層ビルの設計と工事の監理を担うことができる。
2020年新設の昭和女子大学環境デザイン学部環境デザイン学科の建築・インテリアデザインコースでも、一級建築士受験資格を取得できる。共立女子大学家政学部建築・デザイン学科の建築コースや、金城学院大学生活環境学部環境デザイン学科空間コースも同様だ。
関西で拡大戦略を続ける武庫川女子大学は、女子大初の建築学部を開設。建築学科と景観建築学科がある。景観建築学科は建築士だけでなく、地域の風景と調和した緑豊かな屋外の空間デザインの専門家である「RLA(登録ランドスケープアーキテクト)」の資格も取得できる。
京都女子大学に女子大初のデータサイエンス系学部
理学の教育研究に伝統と実績のある有名女子大は多い。国立のお茶の水女子大学は、物理・化学・生物・数学の他に情報科学科がある。奈良女子大学にも情報衣環境学科がある。
私立大学では、東京女子大学の現代教養学部数理科学科は数学専攻と情報理学専攻があり、ともに数学、情報学、自然科学の3分野を学ぶ。ライバルの津田塾大学には学芸学部に情報科学科があるが、新しい総合政策学部総合政策学科もデータサイエンスを必修科目として重視している。このように、女子大でも情報関連学科を新設する傾向が強まっている。
共学大では、ここ1~2年、データサイエンス学部が文理融合型の新学部として注目されている。国立の滋賀大学、公立の横浜市立大学、私立の武蔵野大学、立正大学に設置され、他にも国立大学工学系にデータサイエンス関連の学科や専攻を設けているところは多い。
当初は、トップバッターの滋賀大に彦根高商の伝統があり、横浜市大も商学部が看板学部だったこともあって、データサイエンスを経済や商活動の分析と結びつけるイメージがあった。確かに、顧客や消費者のデータを分析してビジネスに反映させることで、経済的なメリットがもたらされる。ところが、最近のAIによるデータ分析は、囲碁や将棋の世界のように人のいろいろな活動分野に広がりつつある。
その意味では、人間生活全般を学びの対象とする学部学科が多い女子大に、なぜデータサイエンス学部が生まれなかったのか、疑問であった。そのノウハウを持っている女子大は多いはずである。
たとえば、大妻女子大学の社会情報学部社会生活情報学専攻は「経済・経営学系」「社会学系」「メディア学系」に分かれており、データサイエンスは確かに「経済・経営学系」と関連が深い印象だが、今や他の専攻に深く関連する研究テーマと思われる。
京都女子大学では、2023年にデータサイエンティストを養成する新学部の開設を構想している。女子大では初めてだ。社会科学的視点から多様なイシューを解決に導くことのできる人材育成を目指すというが、これでは滋賀大や横浜市大など既存のデータサイエンス学部の路線踏襲になってしまう。もっと幅広く、人間生活全般の視点からのデータサイエンスを期待したい。
同大では、さらに、全学的なデータサイエンス教育を含む新たな教育課程の整備に取り組むとしているので、文学部・発達教育学部・家政学部・現代社会学部・法学部などのうち、たとえば発達教育学部の心理学科など、データサイエンスに近い分野からのアプローチもできそうだ。
女子大が「情報」の専門家を育てるべきだ
2025年の大学入学共通テストから、国立大学の受験生には原則として「6教科8科目」を課す方針が具体化しそうだ。現行の「5教科7科目」に、プログラミングなどを学ぶ教科「情報」を上乗せする方向だ。
「情報」は2003年度から高校で全員が必ず履修する教科となっている。2022年度の高1から導入される新学習指導要領では、情報Iと情報IIの2科目に再編される。プログラミングなどを学ぶ「情報I」は必修で、データサイエンスの手法を使った分析も学ぶ発展的な「情報II」は選択科目となっている。共通テストの問題作成を担う大学入試センターが、2025年実施の共通テストから出題教科に「情報」を追加し、出題範囲は必修の「情報I」の内容とした。
「情報I」の内容は、(1)情報社会の問題解決、(2)コミュニケーションと情報デザイン、(3)コンピュータとプログラミング、(4)情報通信ネットワークとデータの活用である。
しかし、中学・高校の学校現場では専門知識を持った教員の不足が危惧されている。全国の学校を対象とした文部科学省の調査では、情報担当教員の2割が「情報」の免許を持っていなかった。2003年から実施していて7年も経過しているにもかかわらず、「情報」の授業が充実しているとはいいがたい。しかし、大学入学共通テストで課されるということになれば、そんな安穏なことは言っていられない。各高校も全力を挙げて、専門教員確保に走るであろう。
その意味では、学校教育の面からもデータサイエンスの専門家がさらに必要となっている。女子大による、教育や生活科学にも通じた「情報」人材の育成は待ったなしの状態と言えるであろう。
逆に、女子大にとってもチャンスと言えるのではなかろうか。女子大の手づくりの良さを生かした対面授業に、オンラインをフル活用したデータサイエンスの授業を組み合わせる「ハイブリッド大学教育」を展開できるからだ。
(文=木村誠/教育ジャーナリスト)