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木村誠「20年代、大学新時代」

NHKドラマ『今ここにある危機とぼくの好感度について』が大学関係者の間で注目される理由

文=木村誠/教育ジャーナリスト
NHKドラマ『今ここにある危機とぼくの好感度について』が大学関係者の間で注目される理由の画像1
今ここにある危機とぼくの好感度について – NHK – NHK.JP」より

今ここにある危機とぼくの好感度について』というわけのわからないタイトルのNHK「土曜ドラマ」が、大学関係者の間で注目されているようだ。5月29日までに全5回が放送された。

 複数の国立大学で教授を務めた大学人が、フェイスブックで「リアリティに欠ける構成。ストーリーもそうだが、スタジオのセットの建て込みやロケ地など全く国立大学とは思えない設定。俳優たちの演技もぎこちない」としつつも、「ただもう少し事情が明るい者が見ると、なにがいいたいか、なにを風刺しているかがよくわかる。極めて高度なドラマかも知れない」とコメントをしていた。

 事なかれ主義のテレビ局アナウンサー(松坂桃李)が母校の国立大学の広報マンに転職し、個性派の教員が跋扈するキャンパスで振り回されていく。国立大らしからぬキャンパス風景は、日本大学文理学部や城西大学などが撮影協力をしているというから納得がいく。

 ストーリーは、ノーベル賞級の研究で看板教授の研究データ改ざんを告発したポスドク(女性)の戦いや、学内の研究室から出た蚊によるアレルギー伝染事件などを通して、現在の大学をめぐる諸問題を浮き彫りにしている。学内理事会による隠蔽工作、政府や企業の資金に頼る大学の経済的逼迫、それでも研究や表現の自由を守ろうとする少数の教員や、学生のささやかな抵抗などが描かれる。ただ、登場人物はみな漫画的で、これはNHKの自画像かも、と思わせる。

神里教授の視点「無責任社会の反映」

 千葉大学の神里達博教授は、朝日新聞の連載コラム「月刊安心新聞」でこのドラマを取り上げて、「大学というところは、こんなにトラブルばかりが続く場所ではないし、デフォルメし過ぎの嫌いはある。それでも、ディテールに既視感を覚えるのはなぜだろうか。――このドラマの登場人物はいずれも癖が強いが、その多くに共通してあてはまる特徴がある。それは、何らかの意味で、無責任なのである。しかも、無責任であることの隠蔽を試み、時には自分自身すらもだましてしまおうとするほどの、タチの悪い無責任なのだ」と言及する。

 そして、コロナと東京オリンピックの本当の責任者不在に論及するのである。ただし、もし大学人が無責任な態度を取ることにリアリティがあるとしても、それは単なる日本社会の反映にすぎないとは言い切れない。

 国立大学の法人化のスタートは、時の小泉政権の公務員削減の帳尻合わせではあったが、競争至上の新自由主義に導く動きを加速させる狙いもあったように思われる。運営費交付金の削減と国の評価に基づく競争的資金の導入は、その端的な表れであった。後に公立大学も法人化が進んだ。

 その結果、外部の評価ばかりを気にする隠蔽主義を生み、教育研究の経済的効率化を進めて、競争に生き残ることを至上命題とするようになってしまった。国やマスコミも、世界大学ランキングのランクアップで大学を評価するようになった。

 しかし、本当に競争で大学の研究教育水準は上昇するのだろうか。むしろ、勝てばよいのだという無責任な結果主義がはびこり、NHKドラマのような展開になっているのでないだろうか。

研究資源の共同利用や大学の枠を超えたネットワーク化

 国立大学の場合は、大学人も危機意識を持ち始めたようだ。第4期中期目標期間における国立大学法人運営費交付金の在り方について検討する会議で、次のような報告がされている。

「近年、我が国の研究力は国際的に見て相対的に低下してきている。これを 強化するために、研究設備や研究支援体制の充実など取り組むべき課題は様々あるが、科学研究は多くの研究者の蓄積の相互依存によって進化するものであり、大学や研究者の苗床を全体として厚くすることが肝要である。各大学において、研究資源の共同利用や大学の枠を越えたネットワーク化をさらに推進するとともに、異分野融合、新分野創成を促進する研究組織の不断の改革に取り組むことが必要不可欠である。また、次世代を担う研究者の育成・輩出は、国立大学の欠かせない役割である。各国立大学において、若手研究者がキャリアを積んでいくことができるポストの確保が必要であることはもとより、そうした若手研究者が競争的研究費を取り始める前の段階での研究資金を確保することが重要である」

 競争より「協創」を言うわけだ。たとえば、東京工業大学東北大学は2018年に量子コンピューティング研究の連携協定を結んだ。量子力学的な現象を用いて、従来のコンピュータでは現実的な時間や規模では解けなかったような問題を解くことが期待される。量子コンピュータなら、現在のコンピュータで10日かかる計算を5分くらいで終えることができるという。これが成功すれば、世界でも画期的な研究成果となろう。

 狭い視野で短兵急に結果を追求する競争主義でなく、互いの個性や価値観を認め合い、ゆるやかにつながり支え合う「協創主義」に立てば、より大きな結実を期待できる。

 それだけではない。他大学との協働によって、研究者や学生の多様な価値観を自然に身につけることができるのだ。大阪府立大学と室蘭工業大学の超小型衛星「ひろがり」の共同開発などは、その好例であろう。

大学間のネットワークを充実させるべきだ

 研究面だけでなく、たとえば現在問題になっている学生のメンタルヘルスなども、多くの大学が参加して、有効な対策が取れるチームワークを構築すべきだろう。国立大学協会、公立大学協会、日本私立大学連盟、日本私立大学協会なども、大学経営だけでなく、設置形態を超えて、共同研究や学生生活などさまざまな課題に対応して、そのチームワークを実現する機会と場をもっと多く提供すべきだろう。全国大学メンタルヘルス学会「大学生の自殺予防プログラム全国開発研究」研究班が実施した「大学の自殺予防対策に関する現況調査」などは、注目に値する。

 政府だけでなく、地方自治体との協働も欠かせない。たとえば京都工芸繊維大学は、大学が集中する京都市内でなく、大学過疎地域というべき京都北部に福知山キャンパスをつくり、地域振興に力を入れている。成美大学という倒れかかった地方私大が公立大に衣替えして福知山公立大学が誕生したが、これも京都工芸繊維大や京都府立大学の協力があった。

 多くの大学には大学生活協同組合(大学生協)がある。横の連携も取れており、大学内の福利厚生事業だけでなく、健康・安全に関連する学会とも連携して、学生のメンタルヘルス対策などにも取り組んでいる。全国大学生協連に加入する各大学生協の組合員(学生・院生・教職員)は2020年9月時点で155万6405人だ。このような大学内の非営利団体との協働も、発展させる必要があるだろう。

 ちなみにNHKドラマの最終回は、総長が無責任役員ばかりの理事会で「大学は企業のような営利団体ではない。真理を追究し、真実を隠蔽するようなことがあってはならない。信頼される存在へと生まれ変わらなくてはならない」とスピーチして局面を打開する。

(文=木村誠/教育ジャーナリスト)

木村誠/大学教育ジャーナリスト

木村誠/大学教育ジャーナリスト

早稲田大学政経学部新聞学科卒業、学研勤務を経てフリー。近著に『ワンランク上の大学攻略法 新課程入試の先取り最新情報』(朝日新書)。他に『「地方国立大学」の時代–2020年に何が起こるのか』(中公ラクレ)、『大学大崩壊』『大学大倒産時代』(ともに朝日新書)など。

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