「少数の法則」の罠…がん“出現率”が高いor低いのは、両方とも人口密度の低い田舎?
1.「少数の法則」
「日本にある1724の市町村で大腸がんの出現率を調べたところ、出現率が低い市町村の大半は人口密度の低い田舎でした」
これは事実ですが、あなたはこの統計結果から何を思いますか? 「田舎は水や空気がキレイで新鮮な食材が手に入り、ストレスも少ないから、がんになりにくいのだろう」と結論づけたりしませんか?
次の統計結果も真実です。
「日本にある1724の市町村で胃がんの出現率を調べたところ、出現率が高い市町村の大半は人口密度の低い田舎でした」
すると今度は「田舎は飲酒率や喫煙率が高くて、質の高い医療を受けにくいから、がんにかかりやすいのだろう」と思ったりしませんか?
私たちは、出現率の高低を田舎のもっともらしい要因で説明してしまいがちですが、実は本当の理由は、田舎の人口が少ないからなのです。田舎はサンプル数(=人口)が少ないため、実際の出現率が他の市町村と同じであっても、その統計値は極端に高かったり低かったりすることが起きやすいのです。まだ納得がいきませんよね。説明を続けましょう。
1724の市町村の中には189の村が含まれており、人口がもっとも少ない村はたかだか20人です。もし実際のがんの出現率が10%だった場合、この村で、その統計値が0%(つまり、がん患者が20人中0人)になる確率は12.2%もあります。しかし0%になる確率は、100人の村では0.0027%、1000人の村では限りなくゼロに近くなります。
同様に、実際のがんの出現率が10%だった場合、人口20人の村で、その統計値が20%(つまり、がん患者は20人中4人)以上になる確率は13.3%もありますが、人口が100人の村では0.2%、1000人の村ではほぼゼロになります。
このように、サンプル数が少ないと、単なる偶然によって極端な結果が出やすくなるのです。そのようなデータに基づいて、主観的に法則性を見出してしまうことは「少数の法則」と呼ばれ、トゥバースキーとカーネマンによって1971年に提唱されました。
よくテレビ番組で3人にある食品を食べ続けてもらったら、全員、減量に成功したとか、CMで10人がサプリメントを飲んだらその内7割の人の血圧が下がったなどは、いずれも統計的に効果があるとはいえません。気を付けましょう。
2.見聞きしたことを都合よく解釈する確証バイアス
下の図a~cをどう読みますか?
横読みではアルファベット、縦読みでは数字と思い込んでいると、あれ不思議、真ん中はどっち? ということになります。たった一つの解釈しか頭に浮かばず、他の可能性の存在には気付かずに判断してしまった人もいるのではないでしょうか?
先の「少数の法則」でもみられたように、固定観念がアンカーとなって、サンプルサイズを考慮せず、見たいものだけを見て、聞きたいものだけを聞くことは確証バイアスと呼ばれます。つまり、選択的知覚による偏った情報で判断して「わかったつもり」になってしまうのです。
人は本能的に自身を(否定より)肯定したがる特性があって、それに大きく反する事例でも見かけない限り、特に疑念を持ちません。観念を肯定する証拠は積極的に受け入れたり意図的に探したりしますが、反証の追加探索には気後れし、提示された反証は安易に受け入れない傾向があります。
たとえば「赤ワインを飲むとコレステロール値が下がる」という説を信じていると、そのようなことをいう友人や有名人を思い浮かべて自身を納得させても、あえて赤ワインを飲んでいるにもかかわらずコレステロール値の高い人を思い出したり、赤ワインを飲まない人たちのコレステロール値を調べてみようと考えたりは、なかなかしないでしょう。
私の学生が行った「確証バイアス」に関する実験を紹介しましましょう。
あるヘアサロンのウェブサイトで、ユーザーが投稿した4つの属性(店舗環境・設備、作業の満足度、スタッフの魅力、リピート意向)に関するレビューを10本読んでもらい、ヘアサロンを友人に勧める際、これら4つの属性をどの程度、重要視するかを聞きました。
その結果、属性に関するレビューの数が多いほど、そしてその属性に対する評価点が高いほど、その属性を重視することがわかりました。ただし、属性に関するコメントがレビューによって相反しているか(ポジティブとネガティブのレビューが5本ずつ)、それとも整合しているか(10本すべてのレビューがポジティブ、またはネガティブ)の影響は、被験者がその属性をもともと重要だと思っていたかどうかで、逆になりました。
ある属性を重要だと思っていた被験者は、それに関する背反したレビューを読むと、その属性の重要度を下げました。これは属性が重要であるという自身の信念と整合性がとれないレビューを軽視する、確証バイアスの影響だと考えられます。
一方、ある属性を重要だと思っていなかった被験者は、それに関する背反したレビューを読むと、その属性の重要度を上げたのです。これはすべてがポジティブ/ネガティブのレビューより、ポジティブとネガティブが混在しているレビューを読むと、今まで自分があまり意識していなかった属性に関して、相反する部分を自発的に調べて、自身で真実を判断したいという動機が働いたからです。
一般的に有能な人ほど「確証バイアス」の影響を受けやすいといわれます。たとえば、科学者の例を考えてみましょう。ある細胞を発見すべく何十年も研究を続けていると、実験結果を完全に中立的な立場で判断することが難しくなってきます。その細胞の存在を支持する実験結果は疑いもなく受け入れて、実験の不手際などは深く検討されない傾向があります。
一方、細胞の存在を否定する実験結果が得られたときは、自分は何か実験でミスをおかしたのではないかと、徹底的に追及するでしょう。実は、まだ色に染まっていない初心者のほうが、公正な判断ができたりするのです。
(文=阿部誠/東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授)