熱戦が連日続く、令和最初の春の選抜高等学校野球大会(通称:センバツ)。そのセンバツにちなんで、今回は現在メジャーリーグに在籍する8人の日本人選手のうち、過去にセンバツに出場経験のある7人の大会でのプレーぶりをフィーチャーしたい。なかには大活躍してプロへの扉を開いた選手もいれば、屈辱を味わった結果、そこから這い上がった選手もいて、まさに明と暗がくっきりと分かれているのだ。
前田健太(ミネソタ・ツインズ)
まずは“明”の1人目。今季、メジャーで初の開幕投手に抜擢された前田健太(ミネソタ・ツインズ)である。その右腕が初めて全国に轟いたのは大阪の名門・PL学園高校のエースとして出場した2006年の大会だった。
初戦からマエケンの右腕はうなりを挙げた。真岡工業高校(栃木)相手に毎回の16奪三振をマーク。チームも9-1と余裕の大勝発進を飾る。続く愛知啓成高校との試合は一転して投手戦となるも、被安打5、奪三振9の快投で1-0。見事な甲子園初完封勝利だった。準々決勝の秋田商戦ではホームスチールを決めるなど走攻守の活躍をみせ、4-1で勝利。PL学園は1999年以来、7年ぶりのベスト4進出を決めたのだった。
迎えた準決勝。勝てば1987年以来、実に19年ぶりの決勝進出となるところだったが、マエケンの右腕は思わぬ乱調に陥ってしまう。清峰高校(長崎)相手にまさかの6失点で途中降板し、0-6で無念の敗退となってしまったのだ。それでも、名門PL学園のエースとしての実力を日本中の野球ファンに見せつけたのであった。
有原航平(テキサス・レンジャーズ)
2人目は今季からテキサス・レンジャーズに所属する有原航平だ。2010年に広島の強豪・広陵高校のエースとして出場した。初戦の立命館宇治高校(京都)戦は7-6と打撃戦の末の勝利となったが、自責点はわずか1点。2失策に2暴投、さらに自身が8四死球と乱れたことが苦戦した要因だった。それでもこの試合で13奪三振をマークし、実力の片鱗をのぞかせている。
覚醒したのは2回戦からだった。宮崎工業高校戦では被安打2、奪三振10の好投で1-0の9回サヨナラ勝ちを呼び込むと、準々決勝の中京大学附属中京高校(愛知)戦でも8回3分の1を投げて被安打4、奪三振7、自責点0の好投。5-1と快勝し、ベスト4進出を決めたのだった。
ところが準決勝で悪夢が待っていた。雨中の決戦となった日本大学第三高校(東京)との強豪対決は5-4と、広陵がわずか1点のリードで迎えた8回裏。バント処理の際に足を滑らせた有原が一塁に悪送球し、同点に。さらに有原の後を受けて登板した2投手も相手打線の勢いを止められず、一挙に10失点を喫してしまったのだ。結局、有原は7回3分の1を投げ、被安打13、与四球5、奪三振7、失点12、自責点8。チームも9回表の反撃及ばず9-14と壮絶な大逆転負けで散ることになった。
それでも、この大会で有原は33回3分の2を投げ、被安打26、奪三振37、失点18、自責点9、防御率2.41。のちのメジャリーカー誕生を予感させる好成績を残している。
菊池雄星(シアトル・マリナーズ)
3人目はこの2人の成績を超えた左腕である。シアトル・マリナーズの菊池雄星だ。2008年に花巻東高校(岩手)のエースとして出場。最速149キロを誇る“みちのくの剛腕サウスポー”として大会前から注目の存在だった。
菊池は初戦からその前評判に違わぬ投球を披露する。北海道鵡川高校相手に最速152キロを記録し、8回2死まで完全試合ペースという圧巻の投球を見せた。結局、被安打2、奪三振12で5-0の完封勝ちを収めたのである。
この快投で勢いに乗った菊池は続く3試合で22回を投げ、被安打16、奪三振25、失点2という驚くべき投球内容でチームを決勝へと導いた。岩手県勢として、春夏通じ初めて甲子園の決勝戦を戦うこととなったのだ。
決勝の相手は、大会屈指の右腕・今村猛(広島東洋カープ)を擁する清峰高校(長崎)。予想通り、この2人の投げ合いとなったが、菊池が喫した7回表の1点が決勝点となり、り、0-1で惜敗してしまう。春夏通じて岩手県勢、そして東北勢の初優勝はならなかった。
それでもこの大会、菊池は5試合で40回を投げ、被安打25、奪三振41、失点3、自責点1、防御率0.68という素晴らしい成績を残した。
大谷翔平(ロサンゼルス・エンゼルス)
続いては“暗”である。その最初の1人目が“二刀流”の大谷翔平(ロサンゼルス・エンゼルス)だ。
2012年に花巻東高校(岩手)の剛速球エース兼猛打の4番で出場。まさにチームの大黒柱で、もちろんこの年のセンバツの目玉だった。だが、組み合わせ抽選の結果、大谷は“もう一人の目玉選手”と初戦で対戦することになる。大阪桐蔭高校のエース右腕・藤浪晋太郎(阪神タイガース)である。
優勝候補同士の激突となったこの一戦、大谷はまずバットで魅せた。2回裏に藤浪から右中間スタンドへ特大の先制ソロを放ったのだ。一方、投手・大谷も5回表まで大阪桐蔭打線を2安打無失点に抑え、試合は完全に花巻東ペースだった。ところが6回以降、試合展開は一変してしまう。大谷は6回表に2つの四球と長短打を浴びて一挙に3失点。7回には本塁打を打たれるなど、結果的に8回3分の2を投げて被安打7、与四死球11という大乱調で、9失点を喫してしまった。当然のように試合は2-9と惨敗。それでもこの試合、強打の大阪桐蔭打線から意地の11三振を奪ったのは、大谷の実力の片鱗でもあった。
山口俊(サンフランシスコ・ジャイアンツ)
今季からサンフランシスコ・ジャイアンツ傘下に所属してメジャー昇格を目指す山口俊も“暗”だった1人。05年に柳ケ浦高校(大分)のエースとして出場しているが、このときのチームは、前年秋の明治神宮大会を圧勝したこともあり、堂々の優勝候補。山口は持ち前の剛速球でチームをけん引したこともあり、その投球に早くから注目が集まっていた。
だが、初戦の天理高校(奈良)戦で、いきなり甲子園の洗礼を浴びてしまう。直球は最速151キロを記録し、観衆の度肝を抜いたものの、試合巧者の天理打線のソツない攻撃の前に9安打を浴び、0-4でまさかの初戦敗退を喫した。大会2日目にしてプロ注目の右腕はその姿を消したのである。
筒香嘉智(タンパベイ・レイズ)
打者で苦杯を舐めたのは、タンパベイ・レイズの筒香嘉智だ。08年の第80回大会のことである。2年生ながら名門・横浜高校(神奈川)の主軸打者として甲子園に初出場し、初戦で滋賀の公立校・北大津高校と対戦する。前年秋の関東大会王者に輝いた横浜からすれば、明らかに格下の相手であったが、まさかの取りこぼしをしてしまう。
実は、番狂わせの伏線はあった。1回表1死一塁で甲子園初打席を迎えた筒香だったが、ここであっけなくショートゴロ併殺打に倒れてしまう。さらに守りでも2回裏に、なんでもないサードゴロを弾いてしまった。それでも4回表に筒香の二塁打をきっかけに横浜が先制。このまま主導権を握るかと思われた。
ところがその裏、投手陣が突如乱れて4失点。攻撃陣も1点しか返せず、2-6で敗れてしまった。筒香自身の成績も4打数1安打1打点1三振と消化不良に終わっている。ちなみに強豪・横浜にとってセンバツ初戦敗退は1999年以来、実に9年ぶりの出来事であった。
ダルビッシュ有(シカゴ・カブス)
最後は明と暗の両方を抱えている選手だ。シカゴ・カブスのダルビッシュ有である。ダルビッシュは2003年と04年、2年連続で出場を果たしているが、注目はなんといっても3年生となった04年だろう。
前年夏の準優勝投手として乗り込んだこの大会、ダルビッシュ擁する東北高校は堂々の優勝候補に推された。1回戦では2-0で熊本工に勝利するのだが、ここでダルビッシュは快挙を達成する。史上12人目のノーヒットノーラン達成である。
2回裏に、この日最速の147キロをマークすると、3・4回は6連続奪三振の快投をみせた。終わってみればわずか2四球を与えただけで、奪三振12というほぼ完璧な投球だった。だが、強豪・大阪桐蔭高校との2回戦でダルビッシュは甲子園初被弾を喫してしまう。しかも、同じ打者に2本も打たれたのだ。2本目を打たれた直後の6回表でダルビッシュは降板。チームは3-2で競り勝ちベスト8進出を決めたものの、本人的にはやや不完全燃焼のゲームとなった。
準々決勝は初出場の済美高校(愛媛)との一戦となった。ダルビッシュは右肩のハリを訴え、登板を回避。代わって先発した背番号18の真壁賢守が8回まで好投。ところが、6-2で迎えた9回裏に2点を返されると、最後はまさかの3ランが飛び出し、6-7で悪夢のサヨナラ負け。皮肉にもその劇的弾はレフトで先発出場していたダルビッシュの遥か頭上を越えていったのである。
昨年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止となり、2年ぶりの開催となった今年のセンバツ。果たして、ここから未来のメジャーリーガーは何人現れるのだろうか。