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JR大阪三越伊勢丹が業績不振で新人事

伊勢丹の関西進出を封じた高島屋・鈴木社長の"怨念"

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高島屋の呪いが伊勢丹を襲った!?(「伊勢丹」HPより)

 三越伊勢丹ホールディングス(HD)は5月10日、傘下の百貨店子会社、ジェイアール西日本伊勢丹の首脳人事を発表した。11年5月に開業した百貨店「JR大阪三越伊勢丹」の業績不振を受けて、経営トップを一新し、6月26日付で伊勢丹出身の松井達政社長(62)が退任し、後任には同じ伊勢丹出身で三越伊勢丹HDの瀬良知也(せら・ともなり)常務執行役員(56)を充てる。

 JR大阪三越伊勢丹が、JR大阪駅の新しい駅ビル・ノースゲートビルに開業したのは11年5月4日。大阪(梅田)駅を挟んで迎え撃つ阪急阪神百貨店、大丸の関西系百貨店との"大阪の陣"の幕が切って落とされた。ところが、三越伊勢丹は闘う前に自滅したのだ。

 ノースゲートビルには若者向けのファッション専門店街「LUCUA(ルクア)」も同時開業した。売り場面積は三越伊勢丹が約5万平方メートルなのに対して、ルクアは約2万平方メートル。初年度の売り上げ目標は三越伊勢丹が550億円、ルクアは250億円に置いた。

 ふたを開けてみると、ルクアは絶好調。一方の三越伊勢丹は絶不調で、11年10月、三越伊勢丹は年間売上計画を550億円から350億円に下方修正した。反対にルクアは、250億円から320億円に上方修正した。

 開業1年目の実績も、ルクアの売上高は370億円。当初の計画だけでなく、上方修正した目標値も大きく上回った。それに引き換え惨憺たる成績に終わったのが三越伊勢丹だった。初年度の売上高は330億円で、当初計画(550億円)の6割にとどまり、下方修正した値(350億円)にも届かなかった。歴史的な惨敗である。

 三越伊勢丹の敗因については各誌で、「伊勢丹流のディスプレー(陳列)が大阪では受け入れられなかった」と分析されている。流通の業界誌だけでなく、一般誌にも、そう書いてあるのだから、これが三越伊勢丹の公式見解なのだろう。進出を決めた05年当時は三越単体のはずだったが、経営不振の三越が伊勢丹と経営統合したことで、店づくりの主導権はファッション衣料に強い伊勢丹が握った。もともと、伊勢丹側は大阪進出には懐疑的だったが、大阪再挑戦は三越の悲願だったので、進出を白紙に戻すことはしなかった。

 伊勢丹のセールスポイントは、テナントに頼らず、社員が自分の目利きで商品を仕入れる自主運営で、販売までを一貫して行う。一方、関西ではブランドごとに区分して売るのが主流。複数ブランドが商品別に並ぶ自主編成の売り場は、買い物客にはわかりにくかったと説明されている。