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名門私大の凋落を招いた、多摩へのキャンパス移転という過ち

早慶明治も戦々恐々!? 中央大学都心回帰で他私大が大打撃?

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中央大学多摩キャンパス。
(「ウィキペディア」より)
 赤門の東大、稲門の早稲田と並び、白門の名で知られる私学の名門・中央大学(以下、中央)。

 八王子市の多摩キャンパスに文系学部が移転して以降、受験生人気の離散、偏差値の停滞が続いてきたが、ここへきて問題の根源となっている多摩というロケーションから、法・経済・商の社会科学系3学部を都心に戻す、いわゆる都心回帰策が大学幹部の口から相次いで明らかにされ、学内はもちろん、競争関係にある他大学を含め波紋を広げつつある。

 学外に向けて最初に口を開いたのは、福原紀彦総長兼学長(法学部教授)。

 6月末に開かれた新聞記者との懇談会で、「中長期的には都心展開が大きな課題」と述べ、主要学部の都心回帰を検討しているとし、「今秋ごろには結論を出したい」と話したという(6月30日付朝日新聞武蔵野版)。経営を主導する久野修慈理事長も、最近記者の質問に対し、もう少し具体的に、

「法・経済・商の3学部の都心回帰を視野に入れる時が来た。5年のうち、あえて言えばそれより早くに方向を見出したい。10年も放置しておけば、(量質両面で大学間競争に敗れ、国際的評価も得られず)取り返しのつかないことになる。また都心回帰は(全学年ではなく)3学年以降という選択もありうる」

と答えている。学内では、このところ口を開けばそういう話題が出る模様で、最終合意に向け理解は広がっているようだ。

東京六大学へ参加さえしていれば……

 中央大学は東京六大学創設の際、参加を断っていなければ、文句なく「早慶中」と併称されていたはずだといわれている。

 中大OBの根拠のない母校自慢ではない。確かな実績がある。看板学部の法学部は、1978年の多摩キャンパス移転以前は、(旧)司法試験合格者数で東大とトップを競い、私大では早稲田と並び、SFC(湘南藤沢キャンパス)創設で人気化する以前の慶應義塾をはるか下に見下ろしていた。最近何かと話題の明治など、視野の外だったといっていい。

 公認会計士試験、税理士試験でも他大学を寄せ付けなかった。当時は偏差値などあまり問題にされなかった時代だが、法学部は私大トップ級の超難関で、経済、商学部も明治と並ぶか、その上を行くレベルだった。法曹界はもちろん、政界、財界、ジャーナリズムに多くの人材を送り出していることは周知のとおりだ。

 しかし多摩キャンパスは自然環境に恵まれ、のびのびと学生生活を送れるとともに、学問に打ち込めるメリットはあったが、都心からの通学に不便でアルバイトもしづらく、司法試験など受験指導をはじめとするOBとの交流も希薄化し、最近では父兄を含めて関心の高い、就職活動における会社訪問の不便さなどもあり、さまざまな社会環境面での課題から、深刻な受験生離れが起きていた。

中央は「日東駒専レベル」

『人生の地図』


大学で入れるもの

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