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大塚将司「【小説】巨大新聞社の仮面を剥ぐ 呆れた幹部たちの生態<第1部>」第4回

巨大新聞社を揺るがす株事情、マスコミは見て見ぬふり…

巨大新聞社を揺るがす株事情、マスコミは見て見ぬふり…の画像1「Thinkstock」より
※前回連載はこちら
『ウェブ化で傾いた大手新聞、合併にすがる社長同士が密談!?』

【前回までのあらすじ】

ーー巨大新聞社・大都新聞社は、ネット化を推進したことがあだとなり、紙媒体の発行部数が激減し、部数トップの座から滑り落ちかねない状況に陥った。そこで同社社長の松野弥介社長は、日頃から何かと世話をしている業界第3位の日亜新聞社社長・村尾倫郎に、合併の話を持ちかけていた。しかし、基本合意を目前に控え、事務的な詰めに入ろうとしたところで、急に合併に後ろ向きな姿勢を見せ始めた村尾に対し、松野は怒りを隠せなかったーー。

「リスクってなんなんだ?」

 大都新聞社の松野弥介(やすけ)社長が、ムッとした表情で村尾に詰め寄った。

「先輩、合併は株主総会で承認してもらう必要があるでしょ。それが簡単じゃないと…」
「株主総会? それはうちだって同じだろう。君のところだけの問題じゃないじゃないか」
「それはそうですが、うちは現役が決めても、OB株主次第なところがあるんです」
「OB株主よりも、もっと大変な株主がうちにはいるんだぞ」
「社主ですか」
「そうだ。社主に比べたらOB株主など、どうっていうことはないじゃないか」

 日本の新聞社はその株主構成で二分できる。一つは「社主」という、会社の経営を握る大株主が存在する株式会社だ。もう一つは社主が存在せず、OBや社員だけで大半の株式を持っている組合のような株式会社である。

●社主=天皇

 大都は前者の代表格で、明治の創業以来、今もって社主がいる。社主は会社のオーナーで、初代が野嶋了(りょう)、2代目が野嶋良太(りょうた)、3代目が良太の長女、野嶋早世子(さよこ)である。

 オーナーとして経営の実権を名実ともに握っていたのは2代目の良太時代の途中までだった。戦後、良太が公職追放になってからは社主は会社における「天皇」のような立場になった。3代目の早世子もそれを踏襲、経営に口を挟むことはなかった。
 
 早世子が社主に就いて以来、本社に姿を見せるのは年3回だけだった。正月の賀詞交歓会、6月末の定時株主総会、そして、10月の創刊記念日の懇親会だ。早世子は簡単な挨拶をするのだが、内容を覚えている者はほとんどいない。

 現実に、若い記者たちはもちろん、中堅幹部にとっては、めったに出会うこともない社主は頭の片隅にすら残っていない存在なのである。しかし、経営陣にとっては、四六時中頭の中から消えない、厄介な存在だった。最近まで、社主が株式の3分の2を持っていたからだ。早世子の機嫌を損じれば、経営上の重要な決定はできなかった。

 早世子は大正8年生まれの高齢で、亡くなれば巨額の相続税の支払いで、株式が散逸するのは確実だった。ここ10年ほどは、社主の保有株の扱いが経営陣の喫緊の課題であり続けた。だから、経営陣は皆、腫れ物に触るように早世子に接してきた。

「でも、松野さん、社主は3年前にかなり株を売ったんじゃないんですか。今は3分の1の拒否権も持っていないんでしょ」

 村尾が反論すると、松野は顔を真っ赤にして睨みつけた。

「持ち株比率は25%に下がっている。でもな、売却に至る経緯もあって、今だって重要案件は彼女の了解なしには何も決められない。そんなことも知らずに何を言うんだ」

 3代目の早世子が2代目の良太から株式を相続した昭和30年代後半は、まだおおらかな時代だった。国税庁がペンという武器を持つ新聞社を特別扱いして、相続税をほとんど課税しなかったといわれる。しかし、今、そんな特別扱いをしたら、国税庁はもちろん、大都も世間の袋叩きに遭うのは目に見えていた。

BusinessJournal編集部

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