(双葉新書/丸山佑介)より
ヤクザやアウトローたちの処世の鮮やかさは、時に我々を魅了する。同時に、裏社会に直接の縁がない者にとっては、それは一見自身には関係のないフィクションのように映ってしまう。しかし、裏社会で生き抜くためのメソッドは、表社会で生きるビジネスマンにとっても十分に応用可能かもしれない。
『ブラック・マネジメント』(双葉新書/丸山佑介)は、裏社会のマネジメント術に学び、その手際を“表”ビジネスで有効活用することを目的として上梓された。
度重なるヤクザ関連の取材や執筆活動と、ビジネス書を扱う出版社での勤務の双方を経験している著者の丸山氏が意図するのは、アウトローの生き様の単なる賛美でもなければ、通り一遍のビジネスマニュアルでもない。
丸山氏が提案する「ブラック・マネジメント」とは、どのようにして実践できるものなのか?
資材商社でビジネスマンとして活躍し管理職も務める佐藤氏(仮名)と、企業間の訴訟にも精通した弁護士の野田氏(仮名)が、ビジネスシーンの現状とともに丸山氏にその心構えを聞いた。
裏社会に学べーー社内政治から枕営業まで!?
佐藤 ブラック・マネジメントというのは、ヤクザやアウトローの人たちが使っている考え方を表社会のビジネスにも応用する、ということでしょうか?
丸山 そうですね。どうですか、悪さしてますか?
佐藤 いえいえ、してないですよ。
丸山 悪さと言ったら大げさですけれど、例えば佐藤さんだって今のポジションに上り詰めるまでに、同期や先輩、元上司などを絶対何人か蹴落としてきているはずですよね。
佐藤 まあ、それはそうかも……。
丸山 その時に佐藤さんは、完全に数字だけで評価されましたか? 課長とか係長に覚えがよかったとか、人によってはさらに上の経営陣に覚えがよかったという要素だってあったはずなんです。例えば、そういう目上の人とどう仲良くすればいいのかといった社内政治などのノウハウを、裏社会のマネジメントに学ぶのがこの本です。
「女性だったら、上司がお尻を触ってきたり、飲むたびに迫ってくるとか、そういうケースをどうかわせばよいのか?」
「営業マンだったら、どうしても取引を成立させたい会社の担当者に、どうやって賄賂を贈ればよいか?」
「枕営業を仕掛けたい時は、どうしたらよいか?」
そういったことをまとめています。
野田 具体的には、どのような例がありますか?
丸山 本書では、裏社会の情報収集の重要さについて触れています。けれど、一会社員が情報屋や(ヤクザの)組員を使って情報収集することはできませんよね。ここでは「コーヒー外交」と僕が呼んでいるものについてお話しします。例えば、話を聞きたい人の机に缶コーヒーを差し入れて、「いつもお疲れさまです。これ飲んで、また頑張ってください」というような手紙を添えておけば、相手は悪い気はしないですよね。出費としては120円しかかかっていないし、これなら賄賂だと思われることもまずありません。その人があとから「ありがとうな」などと言いに来るそのタイミングで聞きたいことを話題に出せば、十中八九は話に乗ってくれる。事実確認程度の情報は、缶コーヒーの見返りで得られるわけです。
ちなみに喫煙所にはグループがあって、そこでも情報交換が行われていますが、タバコを吸わない人間はどうやって入っていけばいいか。ここでも、缶コーヒーを持っていけばいいんですね。あの人たちにとっては、タバコとコーヒーはセットなんです。
突っ込まれる余地を残す自己演出
丸山 ある博徒系のヤクザは自分がどう見られているかを観察し、見栄が大事なヤクザの世界で、あえて「弟子キャラ」に徹したと言っていました。そうして諸先輩から面倒を見てもらえるようになった。そういう自己演出も大事です。例えば、突っ込まれる余地をあえて1割か2割残すという演出。みんなで集まる飲み会をセッティングする時、女の人は臭いが服に移るのを気にするから、どんなにいいお店でも会場を焼肉屋にすると良く思われない。
でもあえて焼肉屋を予約した上で、お局様的な先輩社員に相談するんです。お局様から「あなたこれダメじゃない。服に臭いがつくじゃない」って怒られた時に、「えー、そうなんですか。女子向けのデザートが充実しているから、いいと思ったんですよね」と返すと、「惜しいわね、あなた。そこまで考えていたのに」となる。そういう、配慮を働かせてはいるけどちょっと惜しいっていう人は、助けたくなるんですよ。そんなふうに、微妙な感情に訴えたノウハウも紹介しています。
佐藤 そういえば僕も、アホなふりをするというのは結構やりますね。あまり意識してなかったけれど、意識してやってみたほうがいいのかもしれません。
丸山 これを「ハードルを下げる」と表現しているんですけど、「僕はこれを完璧にやってこれます」と言う人と、「どうかなこれ。俺失敗するかも」と言う人が同じ成果を持ってきたとします。評価が高いのは後者になるんです。
佐藤 自己演出は大事ですよね。サラリーマンの組織って、いろいろな人に助けてもらわないと成果が残らない。「助けてあげよう」と思ってもらえる体制をつくることが大事だと思います。
丸山 そういう演出をさらに高度にしていくと、味方だけじゃなく、ほどよいライバルをうまくつくって配置していくことで、采配も振るいやすくなる。これは憎しみではなくて数値上のライバルですね。そういうことは、サラリーマンにとって必須のスキルじゃないかなと。
賄賂には「手間」を贈れ!
野田 よりグレーな部分のマネジメントになると、また難しいですね。
丸山 僕自身も、書いていて難しかったです。合法違法にとらわれずに、皆さんが「ちょっとこれ、法的にアウトなのかな」と思うようなことも書いてあります。もちろん、アウトなことはアウトとして書いていますが。談合とか根回しとか賄賂とか。
野田 賄賂は、公務員に対しては違法になりますね。民から官、官から民はアウトです。民から民で「袖の下」を渡すことに関していえば、例えば名刺の下に1万円札を忍ばせて渡しても違法ではないですね。
丸山 あとは、公的機関ではない取引相手を接待することも違法にはならない。
佐藤 しかし、気持ちよくお金を渡すというのも難しいですよね。いきなり札束を渡すのもおかしいし。
丸山 それは難しいですよね。社長や経営者のような人たちは、手土産をもらい慣れているんですよ。そういう人には「手間」を贈るんです。つまり高いとか安いとかではなく、プレミアがついていたり、実際に並ばないと買えないものを贈る。そうすると喜ばれるわけです。
佐藤 それはわかります。海外に行く時のお土産でも、日本酒一升瓶とか持っていくと、すごく喜ばれますよ。海外に一升瓶を持ち出すのって、すごく大変じゃないですか。日本酒だと手に入らない地域もありますし。
丸山 そういうことです。通販では買えないものを行列に並んで買ってきてくれたら、価格が高くなくてもうれしいじゃないですか。金額よりも手間やプレミア感を演出すべしというマニュアルがあればいいんですけど、意外とそういう大事なことが体系化も明文化もされないんですよ。デキる営業マンは相手の好みに合わせて自然にやっていることかもしれませんが、デキる人がやっていることを、まだできていない人たちが知る手がかりになればと願っています。
ヤクザやアウトローたちの処世術をビジネスシーンに応用することは、実はとっぴなことではなく、現実に仕事ができる人が自然と実践しているスキルである。それを一般のサラリーマンが今からでも習得しやすいようにノウハウ化したものが『ブラック・マネジメント』なのだ。
本書の中にはそのノウハウ自体が違法性を含んだものもあり、読者が実践する、しないは別としても、実際の現場で見られる行為が許されないことなのかどうかを知るうえでも斬新な一冊といえる。それ以上に、本書で紹介されているような違法性すら含んだノウハウを駆使しないと生き残れない弱肉強食のビジネスシーンに、現代のサラリーマンたちが置かれていることこそ、最も注目すべき点かもしれない。
(構成=香月孝史)