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大塚将司「【小説】巨大新聞社の仮面を剥ぐ 呆れた幹部たちの生態<第1部>」第23回

大手新聞社長、不倫相手を入社させた!? なぜ同棲にいそしみ何もせず出世できた?

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「Thinkstock」より
【前回までのあらすじ】
ーー巨大新聞社・大都新聞社は、ネット化を推進したことがあだとなり、紙媒体の発行部数が激減し、部数トップの座から滑り落ちかねない状況に陥った。そこで同社社長の松野弥介は、日頃から何かと世話をしている業界第3位の日亜新聞社社長・村尾倫郎に、以前から合併の話を持ちかけていた。そして基本合意目前の段階にまで来たある日、割烹「美松」で、村尾、両社の取締役編集局長、北川常夫(大都)、小山成雄(日亜)との密談が行われ、松野の後に店を出た村尾は、愛人の由利菜と同棲する“自宅”へ帰宅した。そこで村尾は、結婚を迫る由利菜を怒らせ、由利菜は自宅へ帰って行ったーー

 村尾はかすかに閨事の残り香が漂うダブルベッドに寝ころんだ。差し込むような腹痛の起きる間隔は長くなり、鈍痛も少しずつ和らいできた。

 「やっぱり、由利菜が腹痛の原因だな。30年前と同じだ……」

 村尾はため息をつき、目を瞑った。由利菜を入社させた頃の記憶の続きを呼び覚ました。

 「俺は由利菜が採用されないほうがよかった」

 90年代に入る頃から、新聞業界では女性記者を情実で入社させる動きが散見され始めた。大都新聞が帰国子女の花井香也子、洞口彩子の2人を情実入社させ、密かに話題になっていた。日亜にはそうした情実入社はなかったが、村尾が編集局次長兼務の経済部長となって出世街道を邁進していた富島鉄哉(前社長)に持ちかけると、すんなり決まった。由利菜は帰国子女ではなかったが、ロンドン大学大学院に留学するだけの語学力があるのが決め手だった。

 富島は親しくしていた大都の松野が彩子を情実入社させたことを聞いていた。だから、なんの抵抗感もなかった。加えて、「日亜も女性記者を積極的に採用している」という噂が広がれば、ブランドイメージの向上につながるという判断も働いた。

 村尾の本音に反し、由利菜は情実入社した。不倫の復活は自然の成り行きだった。

 「ロンドンから戻って鵠沼の自宅に帰っていれば、違った展開になったかもしれない。でも、もう帰れる雰囲気ではなかった。あの頃、俺はそれを喜んでいた……」

 もともと、村尾が都内の賃貸マンションを借りて妻と別居したのは、政治記者や経済記者は夜回りや朝駆けが日常茶飯事で、鵠沼では夜に寝る間もなくなってしまうと、泣きついた。妻は平日の別居を容認したが、村尾に別の下心があることは薄々感じてはいた。女には一緒に暮らす自分の相手がどんな男か、察知する動物的な勘が働くからだ。

 妻にも打算があった。多少、女性問題を起こしても、村尾が着実に出世してくれるなら、それでいい、という気持ちがあったのだ。しかも、鵠沼の自宅は自分の実家の隣に建てており、実家で母と一緒に華道教室を開いていた。別居が長くなれば、村尾が居ようが居まいが、どうでもよくなってくる。別居中に不倫がばれたりすれば、なおさらだった。

「あの事件がなかったら、俺もこんなに自由に女と付き合えなかった」

 村尾が広尾の賃貸マンションで別居を始めたのは、昭和56年(1981年)夏だった。3カ月もしないうちに、一人の女性との不倫が発覚、大騒動になった。

 別居を始めた当座は村尾も週末は鵠沼に帰っていたし、平日に妻がマンションに掃除にきたりしていた。だが、不倫がばれたことで、妻の気持ちは徐々に離れていった。そして、妻は村尾に子供はつくれないと確信していたので、絶対に離婚にだけは応じないと心に決め、村尾がどんな女性と付き合おうが、無関心を装うことにしたのだ。

 村尾がロンドン勤務になっても、妻は実家でやっている華道教室を理由についていかなかった。帰ってきても、鵠沼の自宅に迎えるつもりはさらさらなかった。いつでも女をたらしこむ自信のあった村尾には、その妻の態度は内心ありがたいことだった。

 「日亜社内で別居がばれるのが心配だったけど、それは杞憂だった。これも妻に感謝しないといけないな」

 別居していても、自宅住所を鵠沼で押し通せば、疑念は持たれても、言い逃れはいくらでもできた。幸い、妻は絶対に離婚する気がなかったので、文句は言わなかったし、郵便物などは黙って転送してくれた。

 「都内でマンションを借りたから、由利菜を入社させれば、同棲を続ける以外になかった。それはわかっていたんだが……」