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松江哲明の経済ドキュメンタリー・サブカル・ウォッチ!【第28夜】

壇蜜「いま最高でしょ?とか聞かれるのがキツイ」と語る理由とは?テレビで見せた戸惑い

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あらかわいい。(『情熱大陸HP』より)
 これが『情熱大陸』なのかと驚いた。でもワクワクした。だって壇蜜さんだもの。いつも通りのノーマルなことをしてちゃ、彼女を満足させることはできない。最初の数分で作り手がノってるのが伝わって来た。

 窪田等氏によるお馴染みのナレーションで「女は誘う、謎めいた言葉で」と紹介するだけでは飽き足らず、「死と生と性を体現したもの、それが壇蜜です」とテロップが現れ、さらにセクシーな女性のナレーションと共に撮影現場のオフショットが続く。手持ちカメラの荒々しいカットと共に展開されるモンタージュ。なんだか「いっぱい撮ったけど、カットするのが悔しいからここで見せちゃいます」と言わんばかり。

 その気持ち、よく分かります。

 僕も「この表情を公開せずにいられるものか。HDに残しては罪だ」という思いを込めて、ミュージックビデオのように映像文法を無視して暴走したことが多々ある。そしてプロデューサーに「あれ、いらないよね。やりすぎだよ」と怒られる。苦笑いをされながら。で、僕も「『情熱大陸』にこのモンタージュは浮いちゃってるよ」と思ってしまった。でも、なんか、いい。

「SPA!」(扶桑社)のグラビアン魂で壇蜜さんが登場した時のことは今も覚えている。土俵が違った。こういうタイプの才能はピンク映画や舞台で活躍するのが「これまで」だった。その一線が超えられたんだな、と憂いを帯びた表情のグラビアを見て思った。

 仏壇とお供え物を意味する芸名と、冠婚葬祭の専門学校に通い、死を身近に感じていたこと、中学生の頃から「愛人」とあだ名が付けられていたといった語られるエピソードも凄過ぎる。そして彼女は誰もが認める事件になった。この成果は10年後、彼女の活躍をぼんやりと目にした現在の少年少女が証明することになると思う。「壇蜜さんで性に目覚めた」と公言する有名人が登場し、「僕も私も」と名を挙げる人がどんどん現れるはずだ。ちょうど僕らの世代にとっての飯島愛さんがそうであったように。性の革命者はこんな形で現れるのだ。

 そしてきっと今回の『情熱大陸』も今後、語られることになるのは間違いない。インタビューもこんなにも無音が続くのは珍しいのではないか。先週の林先生は「語りすぎる」くらいに語ることで、どこか質問自体をはぐらかすような答えが多かったが、彼女は「本音とか裸のとか、そういうのが困ります」と言い切り、答えたくないことには答えない。

 グラビアの撮影でもブレがない。カメラマンが「幸せな感じで」と注文しても「幸せって何?」と聞き返す。テロップではこの漢字が使われたが、僕には「シアワセッテナニ」と聞こえた。周囲のスタッフが笑ってその場を取り繕うが、彼女は折れない。納得出来るまで待つ。僕がこの場にいたらと思うとゾッとする。その一方でここは絶対に誤摩化してはいけない場だということも分かる。女優はカメラマンの意図を問い、その答えを待つ。これは創作の場において、とても健全な答えだと思う。多分、編集者であると思われる人から「元気とか活発ということではないと思います、自分なりの……」という言葉で彼女は頷いた。

 以後はプロフェッショナルな仕事が続いていた。泥水の中にも躊躇なく入り、スカートを脱いで、と言われれば即座に降ろす。映された写真も壇蜜なりの「幸せ」が見えたような気がした。

「そこにあるもの以外に裏側をどんなにめくったって出てこない」と言う壇蜜を『情熱大陸』のスタッフは北海道の一泊旅行へ誘う。彼女の希望した50ccのバイク、本場の味噌ラーメン、ヒヨコの選別を満喫してもらった後、温泉宿へ。個人的には入浴シーンを期待したが、湯上がりの彼女を待つカメラのアングルが素晴らしかった。まるで監督と女優二人だけで撮影された企画モノAVのようなハンディカムの視点で、料理越しに浴衣を着た彼女が現れる。髪をまとめ、料理を口にする姿がなんとも美しい。据え置きの固定アングルで「偶然撮れてしまった」風だからこそ伝わる、ほのかなエロティシズム。これを写真で伝えるのは難しい。

就寝前、カメラマンとディレクターが彼女の部屋へと向かう。ただの和室なのに、なんだかエロい。まるで「これから」を期待してしまうような空間だ。スマートフォンを布団に置いた彼女は「すみませんでした」と笑い、すっぴんの素顔でインタビューに答える。制約のない今回の収録を「不安もあったけど楽しかった」と微笑んだ。ファインダー越しにこんな表情が見れたら最高だろうな、と想像出来る。

「自分がこうなりたい、とちゃんとまとまる前にこうなったから、今、最高でしょとか聞かれるのがキツイ」と現在、自分がもてはやされる状況を分析し、「もうちょっとだけ時がゆっくり流れないかな、って」と寂しそうに笑う。その瞬間、お馴染みの葉加瀬太郎氏の曲が流れたのだが、それまで僕は『情熱大陸』を見ていたことを忘れていた。

 パーソナルな視点で壇蜜さんを見れたことが嬉しかった。いつか一回り下の世代の人と「壇蜜さんの、こんな情熱大陸って見た?」と語り合いたい。そんな想像さえしてしまった。主観で撮られた映像は、観る側の個々に響く可能性を秘めている。マスに開かれたテレビでは珍しい手法だが、壇蜜さんを被写体にして、そんなノーマルな発想で向き合うことは許されないのだ。
(文=松江哲明)