PBR1倍割れなどという、帳簿上の一株当たりの解散価値以下の株価の会社でも、経営者が責任を問われて更迭されたりはしない。アベノミクス効果で株価が上がるまでは、日経225採用銘柄平均や、東証一部上場銘柄平均ですら、PBRは1倍を割っているというありさまだった。
経営者が株価の責任を問われないのだから、IPO価格が高くても誰も困らない。かくしてIPO価格は高いほうがいいという価値観が共有されるのである。
従って、後藤氏が自分の保身のために、IPO価格を積極的に引き下げる方向で動いたと考えるのは、いくらなんでも考えすぎなのだ。
もしもサーベラスが西武HDを支配するほどの株数を保有していたら、経営者に株価の責任を問うことは当然可能だが、サーベラスは3割強しか保有していない。他の株主もサーベラスと同じ感覚であれば、サーベラスは株主の利益を代表したことになるが、他の株主の理解を得られなければ、一大株主だけの主張でしかなくなる。
●相互理解なき対立は非効率の極み
今回の結果を受け、サーベラスは今後どう出るのか。サーベラスは6月下旬に開催される定時株主総会に、独自の取締役候補案を株主提案の形で提案しており、西武HD側はこの提案に反対する意向を表明している。
サーベラス側は西武HD側提案の取締役の就任に反対しているわけではなく、サーベラス側推薦の8人の取締役候補全員が“当選”しても、取締役会でサーベラス側が過半数を握ることにはならない。とはいえ、取締役会の様相は大きく変わる。
だが、今回のTOBの結果を見る限り、他の株主がサーベラス案に賛同する可能性はあまり高くないように見える。少なくとも「今回の定時総会に向けて、プロキシーファイトを展開する予定はない」とサーベラス側は言う。
そもそも6月下旬の定時株主総会は3月末時点での株主に議決権がある。サーベラスがTOBによって上昇した議決権を行使するには、臨時株主総会の開催を求めるか、来年の定時総会を待つことになるが、今回の結果からすれば、臨時総会の開催をサーベラスが求める可能性も大きく後退した。
所有と経営が分離していない日本企業の特殊性を、外国人投資家は当然に理解した上で日本企業に投資しているものと日本人は思っている。実際、理解した上で投資をしている外国人投資家は少なからず存在するし、所有と経営が一体化しているからこそ発揮される高い経営効率を評価もする。親会社が子会社の利益を収奪し、子会社の少数株主に不利益を与えるようなことさえしなければ、親子上場ですら容認する。
だが、役員報酬問題、社外取締役制度の不備、買収防衛策など、外国人投資家の批判に晒されている問題では、どれも日本企業の経営者と外国人投資家が、互いにその背景や思想を理解し合わないまま、自分の価値観を起点にして対立軸を生んでいるように見える。現状、会社側、外国人投資家側、双方に付く弁護士は、戦い方こそ指南してくれるが、対立軸を解きほぐす、背景や思想の相互理解につながる橋渡し役は果たしていないように見える。
日本企業にとって、外国人投資家との対立はそれ自体が非効率だ。「攻撃されたら追い払う」ではあまりにも知恵がない。外国人投資家の思想を理解した上で、自らの正当性を当事者である外国人投資家のみならず、他の投資家にも理解させる“大人”の交渉能力。それを備えることができて初めて、企業は“強い会社”になれるのではないだろうか。
(文=伊藤歩/金融ジャーナリスト)