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柳谷智宣「気になるITトレンドの“裏”を読む」(第5回)

ソフトバンク、スプリント買収で加熱するディッシュとの攻防…巧妙戦略で、失敗でも利益?

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ソフトバンク本社機能が所在する
東京汐留ビルディング
「Wikipedia」より/Itoshin87)
 PCデビューは30年前に発売されたシャープのX1という、筋金入りのデジタル中毒であるITライターの柳谷智宣氏。日々、最新デジタルガジェットやウェブサービスを手当たり次第に使い込んでいる。そんな柳谷氏が、気になる今注目のITトレンドの裏側とこれからを解説する。

 2012年10月15日、ソフトバンクは米スプリント・ネクステルの戦略的買収を発表。価格は201億ドルで、この取引により、ソフトバンクの移動体通信事業としての売上高は世界3位になる。年が明けた1月31日、ソフトバンクは決算会見で、スプリントを買収することで、NTTドコモの2倍、KDDI(au)の4倍のスマートフォン(スマホ)を調達することになり、交渉力が高まると打ち上げた。さらに、コストのかかるネットワーク機器調達力が強まるというメリットもある。

 スプリントはアメリカで第3位のキャリア。1位のベライゾンと2位のAT&Tに押され、ここ数年業績が下がり続けている。ここで、同じく業績低下に悩んでいたボーダフォンを買収し、ソフトバンクとしてV字回復したノウハウが活用できるというわけだ。

 しかし、米司法省と国土安保省は国家安全保障などの観点でこの買収計画の調査を行うことを発表。一旦、買収計画を中止しなければいけなくなった。インフラである携帯ネットワークの買収は慎重に行われるべき、という意見を採ったためだ。そんな中、アメリカの衛星放送サービスであるディッシュ・ネットワークが買収に名乗りを上げた。提示額は54億ドル上積みした255億ドル。買収が暗礁に乗り上げると思われたが、ソフトバンクの孫正義社長が豪腕をふるう。

 ディッシュが上乗せしてきた54億ドルという価格に対し、ソフトバンクは「それが当社の提示額よりも実質高いといえるのか?」との反論を展開する。ソフトバンクが提示する1株あたり6.22ドルとディッシュが提案する7ドルという価格についてだ。ソフトバンクによると、ディッシュの価格は新株発行により希薄化されているという。要は、スプリントによる追加の負債で買収しようとしているというのだ。さらに、6億ドルの違約金と弁護士費用などで4億ドル、合計10億ドル程度がかかることも計算に入っていないとも言う。続けて、ディッシュは全資金調達に1年かかると言われているが、ソフトバンクは全額調達済み、とたたみかける。

 両者の攻防が続く中、5月半ばにディッシュは25億ドルの社債を発行。スプリントの買収へ力を入れる。一方、ソフトバンクは5月29日に米当局の審査を通過した。審査のポイントはアメリカのインフラに中国製の機器が使われるかどうかだったが、ソフトバンクは使用しないことを明言。スプリントの子会社である無線通信会社クリアワイヤで使っている中国製(ファーウェイ製)の機器も置き換えるとも言われている。さらに、政府から承認された取締役を受け入れている。これでソフトバンクのスプリント買収が成功する可能性はぐっと高まった。

 とはいえ、ディッシュの創業者であるチャーリー・アーゲン会長は一筋縄でいく人物ではない。強引な経営手法を使う億万長者として有名なのだ。ディッシュは「アメリカで最も意地悪な企業」「最悪の企業」として、米国メディアに頻繁に登場する。真偽はさて置き、ソフトバンクが国際ビジネスで対立するには手強い相手と言える。今後どのような手を打ってくるかが見ものだ。

 ここで驚くべきなのは、ソフトバンクが買収に失敗した際、実は同社は巨額利益を得る仕掛けになっている点だ。「資金を用意して買収に失敗したのになぜ?」と思われるだろう。それは、スプリント買収の手続き中に、いくつかの手を打っているため。

 まず、スプリントが買収合意を破棄した場合、違約金を6億ドル受け取れる。さらに、すでに31億ドルをスプリントの社債(5.25ドル/株相当)に投下しているので、それをディッシュが7ドル/株相当で買い取ってくれると約10億ドルの利益。また、買収の最終段階で必要になる170億ドルを1ドル82円20銭で先物買いした。ご存じの通り、その後急激に円安が進んでおり、5月30日段階で100円66銭なので30億ドル近い利益が出ている。

 日本企業がグローバルビジネスで存在感を増すためにも、ソフトバンクにはぜひ買収を成功させてもらい、買収失敗時に受け取れる45億ドル以上の利益を上げてもらいたいところだ。
(文=柳谷智宣/ITライター)