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日立造船、造船撤退から10年、漂着した「儲かる環境ビジネス」で世界トップも視野に

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「日立造船 HP」より
日立」といえば、かつて関東では日立製作所、関西では日立造船を指していたが、今の日立造船に船を建造するドックはどこにもない。祖業の造船事業から撤退した同社は、数々の失敗を繰り返しながらも環境ビジネスに成長の活路を求め、もがきながらも「儲かる環境ビジネス」のビジネスモデル確立に挑んでいる。

 日立造船が8月1日に発表した2015年3月期第1四半期(14年4―6月)の連結決算は、売上高は前期比12.1%増の652億円だったが、営業損益と最終損益は赤字に沈んだ。前者は43億円の赤字、後者は17億円の赤字だった。主力の「環境・プラント事業」は好調だったが、船舶エンジン、トンネル掘削機事業などの不振が響いた。このため、週明け4日の株価は嫌気売りで急落、一時は前週末比24円(4.8%)安の501円まで売られた。

 とはいえ、投資家の信用を失った結果ではなく、証券アナリストは「嫌気売りに走ったのは利ザヤを稼ぐ投機筋。一般投資家が売り浴びせたわけではない。中長期的にみると、主力の環境・プラント事業が安定している」と解説する。同事業の売上高比率は61.9%(14年3月期)に達するが、その大半はゴミ処理施設(ゴミ焼却・発電・リサイクル施設)事業による稼ぎだ。

 日立造船は1965年、大阪府堺市に国内初となるゴミ焼却発電施設を建設したのを皮切りにゴミ処理施設事業に参入、13年3月末現在、国内と海外で各々約200件の実績があり、今や世界有数のゴミ処理施設エンジニアリング会社に成長している。また、同社が自治体から保守・運営を受託しているゴミ処理施設は全国30カ所を超えている。10年5月の廃棄物処理法改正で施設運営も民間に開放されたため、施設建設で抜群の実績を示す同社への運営委託が今後も着実に増え続けるとみられている。

 受注の変動が大きい「建てたら終わり」の施設建設と異なり、施設運営は安定的な収益源となる。従って「ゴミ処理施設運営受託事業は、中長期的に収益面での安定的な伸びが期待できる。それが株式市場における日立造船の強み」(証券アナリスト)というわけだ。実際、同社はゴミ処理関連施設の保守・運用サービスで売上高全体の42%(14年3月期)も稼ぎ出しており、業績の安定性は高い。

●陸に上がった造船会社


 日立造船は幕末の英国人貿易商、E・H・ハンターが1881年に創業した大阪鉄工所がルーツであり、関西における洋式造船業のパイオニアといわれ、明治時代後期には日本初の洋式捕鯨船とタンカーを建造するなど日本三大造船所の1つに数えられた。その後、1936年に日立製作所の子会社となり、43年に社名を現社名に変更。しかし46年の財閥解体第2次指定により日立製作所グループから離脱したが、社名は変更しなかった。