今週公になった日産自動車とホンダの経営統合に向けた協議。背景には、台湾・鴻海精密工業(ホンハイ)が日産の買収に向けた動きを強め始めたことを受け、日産がそれを回避するためにホンダとの経営統合に大きく傾いたことがあるといわれている。そのホンハイ側で日産買収の責任を担い前面に立って動いているのが、日産の元副COOで2019年に同職を退任・退社した関潤氏だ。関氏が退任した時の社長兼CEOは現職の内田誠氏だが、「関氏は日産で居場所をなくし、事実上、追い出された」(自動車メーカー関係者)との見方もあり、元経営ナンバー3が古巣に買収を仕掛けるという異例の展開がにわかに注目を集めている。
経営統合の協議が持ち上がった背景には、日産の業績不振がある。日産の2024年4〜9月期連結決算は、売上高は前年同期比1.3%減の5兆9842億円、営業利益は同90.2%減の329億円、経常利益は同71.9%減の1161億円、純利益は同93.5%減の192億円。当初は3000億円の黒字予想だった25年3月期通期の純利益を「未定」に修正し、前述のとおり大幅な人員削減などのリストラ策を発表。販売不振が続く米国では約1000人が年内に退社する見込み。
中長期の経営計画の見直しも余儀なくされている。3月に発表した中期経営計画「The Arc(アーク)」では26年度にグローバル販売台数を23年度から100万台増となる440万台に、営業利益率を6%以上に引き上げるとしていたが、11月には撤回した。
業績不振の大きな要因が海外事業の悪化だ。特に前年まで好調だった北米市場で電気自動車(EV)の販売が失速してハイブリッド車(HV)人気が盛り上がるという変化が生じ、HVを販売していない日産の売上が低迷。販売台数を維持するための販売奨励金への依存が高まり、これが収益悪化要因となり4~9月期の北米事業の営業損益は赤字に陥った。
市場で不安視されているのが資金繰り面だ。日産は25~26年3月期に約1兆円の社債の償還を迎える。また、23年に仏ルノーとの資本関係を見直してお互いの株の15%を持ち合うかたちにした際、ルノーはそれまで保有していた日産株をいったん信託銀行に信託しており、日産は今後買い戻す必要があり、現時点で6億8600万株、約2500億円相当が残っているとされ、その買い戻し資金も必要となる。日産は9月末時点で約1兆4000億円の手元資金を持っているため、すぐに資金繰りに窮する可能性は低いとみられているが、昨年3月には米格付け会社S&Pグローバル・レーティングが日産の長期発行体格付けを「トリプルBマイナス」から投機的水準となる「ダブルBプラス」に引き下げ、今年11月にはムーディーズ・ジャパンが日産の発行体格付けの見通しを「安定的」から「ネガティブ」に変更(格付け自体は「トリプルBマイナス」で据え置き)するなど、格下げ圧力が強まっている。そのため、社債発行時に大きな上乗せ金利が必要となるなどして資金調達コストが上昇する懸念がある。
日産とホンダに温度差も
体力が弱ってきた日産に目をつけたのが、16年にシャープを買収したホンハイだ。ホンハイはEV事業を将来的な成長の柱に据えており、技術力と海外販路を持つ日産への出資を通じてそれらを手に入れることが目的とされる。その動きを受けて日産は、ホンハイによる出資および経営参画を回避するため、8月に車載ソフトウエアと部品の共通化などについて包括的な業務提携をしたホンダに対し、経営統合を持ち掛けたと報じられている。
自動車業界に詳しいジャーナリストの桜井遼氏はいう。
「ホンハイの動きが日産とホンダを突き動かしているという見方は、実態としては少し言い過ぎの感があります。ホンハイはタイの石油公社と合弁で立ち上げる予定だったEV工場の建設が中止になったり、生産受託を見込んでいた米国の新興EVメーカーが相次いで破たんしたりと、世界的な需要低迷も影響してEV事業は思うようにいっていません。そうしたなかで日産に目をつけ、ルノーが信託している日産株の買い取りをルノーに打診していますが、ルノーはこの信託された株を日産の了承なしに他社へ売却できない契約になっているため、この交渉は事実上、意味がありません。そして、ホンハイが日産を買収できる可能性はかなり低いと考えられます」
日産とホンダが経営統合を目指す真の狙いは何か。
「日産は大きな売上増につながる起爆剤となるような新車種の発売の予定があるわけでもなく、関氏やCOOだったアシュワニ・グプタ氏など幹部も相次いで退社して、かつてのゴーン氏のような再建を任せられる人材がいるわけでもなく、再建の策が見えません。ホンダと一緒になれば財務面ではかなりラクになるのに加え、まだ社長を続けたいという意向の内田氏としては、経営統合で株価が上がればトップのポジションに座り続けることができます。
一方のホンダは昨年、量産型EVの開発、SDVやAIなど次世代デジタル技術の面で頼りにしていた米ゼネラルモーターズ(GM)との提携が解消となり、こうした領域をすべて単独で進めるのはさすがに厳しいため、新たなパートナーを見つける必要がありました。そうしたなかで、すぐに手を組める相手としては日産しかいなかったというのが実情でしょう。つまりホンダとしては、今、日産に潰れてもらっては困るということで救済的に経営統合をするという意味合いが強いです。
ただ、ホンダはOBの声が強く株主にも一定数入っており、OBのなかでは日産と一緒になることに反発も強いため、すんなりとは進まないでしょう。一方で年間生産台数400万台レベルでは単独で世界で生き残っていくのは難しいことはOBをはじめホンダの関係者は認識しているでしょうから、消去法的に日産との経営統合を選択するという流れになるかもしれません」(桜井氏)
自動車メーカー関係者はいう。
「世界でEVシフトが失速してHVの需要が急拡大するなか、次世代エネルギー車としてEVに注力してきた日産はHV開発に出遅れ、北米市場にHVを投入できていないこともあり、これが業績低迷の原因になっている。一方、ホンダはHVについてはトヨタに次いで世界シェア2位だが、EVは弱く、EV事業で協業できる相手がほしいということで、両者が接近している。ただ、両者間の温度差は大きく、日産が経営危機の一歩手前の状況になりホンハイによる買収リスクを抱えているのに対し、ホンダはEVでの出遅れや二輪車依存などの課題を抱えてはいるものの、短期的に経営面で大きな懸念材料を抱えているわけではない。EVの協業相手は日産でなくてもよく、昨年に米ゼネラルモーターズ(GM)との量販EVの共同開発を中止したばかりで、他社との資本関係にまで踏み込んだかたちでのアライアンスには消極的なこともあり、少なくとも今年の夏頃までは日産との資本提携や経営統合は念頭になかったとみられる。
もし仮に経営統合が実現すると販売台数ベースでは世界3位の自動車連合に浮上するものの、今のガタガタの日産の経営を踏まえれば“世界ビッグ3”というには、程遠いだろう。また、1999年にルノーが筆頭株主となって以降のカルロス・ゴーン時代、日産は新車種の投入を後回しにして研究開発費をはじめとするコストカットによって利益を捻出してきたのに対し、ホンダは自動車業界のなかでも“車屋”“技術者集団”のカラーが濃いメーカーであり、両者の社風は水と油。そのため、かたち上は経営統合を果たせても、うまくいくかは未知数であり、協議の段階で破談となる可能性も高い。日産はホンハイによる買収リスクを抱えて弱い立場にあるため、今後はホンダ主導で協議が進むとみられている」
「弱者連合になるだけ」
「仮に経営統合が成立しても弱者連合になるだけ」(自動車メーカー関係者)との見方も強い。
「現在、トヨタグループにはスバル、スズキ、マツダが入っていますが、トヨタは一定程度の比率で出資するにとどめて資本関係はそれほど強くないなかで、価値ののある分野は部分的に提携するという形態です。一方、経営統合となると事実上の合併に等しく、会社同士が融合することになりますが、社員のエリート意識が強い日産と“技術屋集団”のホンダでは社風をはじめ何から何まで180度違うため、うまくいくのかは疑問です」
日産の生え抜きの技術者だった関氏
注目されているのが、ホンハイで日産の買収案件の責任者を務めているのが日産出身の関氏だという点だ。18年に会長に就いていたゴーン氏が逮捕され、19年には後任の西川廣人氏も不当な報酬が発覚して辞任。これを受け、内田社長兼CEO―アシュワニ・グプタCOO―関潤副COOによるトロイカ体制が発足したが、直後に関氏は辞任。関氏は日本電産に移り社長に就任し、22年に退任後はホンハイの最高戦略責任者(CSO)に転じていた。
「関氏は日産の役員時代にルノーとの資本関係見直し協議などのなかで、ルノー経営陣の不興を買い、ナンバー3の副COOというポストに押し込まれ、日産に残っても将来はないと考えていたとされます。加えて、日産の生え抜きの技術者である関氏としては、商社出身の中途入社である内田氏がトップに就任し、自身は中途半端なポストを与えられたことに不満があったといわれており、業界内では『事実上、日産から追い出された』という受け止め方をされています。
関氏は立場的にホンハイでEV事業の責任者にあるので、会社の意向に従って日産への買収を進めている面もあるでしょうし、以前から日産の生え抜きである関氏は日産のトップとして同社の舵取りを担いたいという思いを持っているとみられており、そうした個人的な思いもあるかもしれません」(桜井氏)
全国紙記者はいう。
「日産のナンバー3だった関氏が古巣を買収しようとしているわけで、前代未聞といっていい。もっとも、関氏はEVの技術とビジネスに精通していることから、ホンハイではEV事業の拡大を担うポジションにいるが、単に立場的に日産案件を任されることになっただけではないでしょうか」
(文=Business Journal編集部、協力=桜井遼/ジャーナリスト)