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空飛ぶクルマが変える地方経済の未来…倉敷・水島から始まる”令和の空の産業革命”

2026.05.18 05:55 2026.05.17 20:27 経済
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=山崎慎一/航空・海事アナリスト

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●この記事のポイント
空飛ぶクルマ(eVTOL)の商用運航を2027〜28年に明記した政府ロードマップ改訂を受け、国内市場2030年7,000億円超の成長を展望。倉敷・水島のMASCが120回超の実証飛行と「SCAI28」で先行する背景、バーティポート・運航管理・既存産業代替の3つのマネタイズ層も解説。

 2025年の大阪・関西万博で4機のeVTOL(電動垂直離着陸機)がデモ飛行を披露したとき、多くのメディアは「夢が現実になった」と報じた。しかし現場に立ち会った事業者の率直な感想は、やや異なる。万博では来場者輸送は実現せず、実証飛行の展示にとどまった。機体開発や制度整備が想定より遅れていることが明確になった一方、この後ろ倒しを悲観的に捉えるだけでなく、万博で得られた知見と現実の進捗を踏まえ、実現性を高めるための発展的な改訂として位置づける見方もある。

 それを受けて経済産業省・国土交通省は2026年3月、官民協議会の場で「空の移動革命に向けたロードマップ」を改訂。空飛ぶクルマの商用運航開始時期を2027年から2028年と明記し、2030年代前半には遠隔操縦による旅客輸送の導入、2030年代後半には自動・自律運航の一部実現という段階的なロードマップを描いた。「夢物語」が「期限付きの事業計画」に変わりつつある。

 市場規模についても、現実的な数字が並び始めている。PwCコンサルティングの推計では、国内市場は2030年に約7,000億円、2040年に約2.5兆円に成長する見通しだ。内訳を見ると、2040年時点で物資輸送サービスが全体の54%を占め、旅客輸送サービスが27%と続く。機体製造よりも輸送サービスの市場が大きく、また旅客より貨物が先行するという構造は、地方部でのユースケースを考えるうえで示唆に富む。

●目次

 

なぜ「倉敷・水島」が先進地になれるのか

 国内で最も着実に実証を積み上げてきた地域の一つが、岡山県倉敷市の水島地区だ。ここを拠点とする一般社団法人MASC(マスク)の歩みは、単なる地域おこしにとどまらない産業戦略の色彩を帯びている。

 MASCの活動拠点である倉敷市は水島工業地帯を擁する製造の集積地で、戦時中に航空機製作所と試験飛行場が存在した歴史がある。2017年の設立以来、2021年には岡山県笠岡市においてEHangのeVTOL機「EH216-S」の国内初飛行を成功させ、その後、瀬戸内地域を中心に全国で120回以上の実証飛行を重ね、日本における空飛ぶクルマ実証の中核的存在となっている。

 さらに直近では、中国・ドイツ合弁のオートフライト社製貨物機(最大350㎏搭載、1充電で最大250㎞飛行可能)を3機目として導入。2028年ごろを目標とする事業化プロジェクト「SCAI28」を始動し、岡山県瀬戸内市の牛窓と香川県の小豆島を結ぶルートでの遊覧飛行も視野に入れている。MASCの井上峰一理事長は「瀬戸内に1兆円規模の航空宇宙産業を興す」と宣言しており、地域ビジョンの高さが際立つ。

 水島地区の優位性は、歴史と地理の掛け算にある。自動車・航空機部品の製造基盤が長年にわたって集積しており、機体を「乗る」だけでなく「造る・保守する」拠点としてのポテンシャルは高い。加えて、瀬戸内海には約700の島々が点在し(有人島だけで約160)、フェリーや橋で代替できない移動ニーズが明確に存在する。

 空飛ぶクルマ産業の産業政策に長年携わってきた経験を持つ航空・海事アナリストの山崎慎一氏は次のように指摘する。

「実証飛行の回数を重ねることはもちろん重要ですが、それ以上に『誰のために飛ばすか』というユースケースの具体性が、地域の競争力を左右します。倉敷・水島は瀬戸内の地理的課題と製造業の強みが重なる数少ない地域です。ここでの成功モデルが日本の標準になりうるでしょう」

全国で加速する「空の争奪戦」――各地の戦略を読む

 倉敷だけが動いているわけではない。現在、全国の自治体と企業が「先行エリア」の座を競う構図が鮮明になっている。

 大阪・関西エリアは、万博後の勢いをそのままビジネスに転化しようとしている。JALと住友商事の合弁会社Soracleは2026年に大阪・関西エリアでの実証運航を予定しており、2027年の商用運航につなげることを目標として掲げている。大阪は観光都市としての発信力があり、大阪湾・瀬戸内海での運航ネットワーク形成が期待されている。

 愛知県は「世界のトヨタ」のお膝元として、製造産業の強みを空へシフトさせる戦略を採る。愛知県には次世代空モビリティの機体開発を行うスタートアップの研究開発拠点が集積し、名古屋商工会議所は産業集積に向けた構想を提言している。また静岡県ではスズキとSkyDriveの連携による機体製造の動きも生まれており、中部地方全体で製造業エコシステムの空への転用が加速している。

 首都圏では不動産との融合が進む。東京都は2025年10月、「空飛ぶクルマ実装プロジェクト」1期の実施事業者としてJALを代表事業者とするコンソーシアムと野村不動産を代表事業者とするコンソーシアムを選定。三井不動産は築地市場跡地の再開発エリアでバーティポートを整備する構想を発表している。ビル屋上や再開発地での「空のインフラ」が地上不動産の価値を変える可能性がある。

注目すべき3つのマネタイズポイント

 技術の話よりも「どこにビジネスチャンスがあるか」を知りたいという声は多い。現時点で浮かび上がる収益源を整理すると、次の3層に分けられる。

第1層:バーティポート開発と不動産価値の転換
ビル屋上・遊休地・空港隣接地への充電設備付き離着陸場の整備は、既存不動産の用途変換を促す。高度150〜450メートル程度の低空域に専用ルートを設定する計画が進んでおり、既存空港やヘリポートを最大限活用しながら、都市部のビル屋上などに小規模なバーティポートを設置することで利便性向上を図る方針だ。

第2層:運航管理・MaaSプラットフォームの覇権
ReAMoプロジェクトが空飛ぶクルマ運航管理システム(AATM)を開発し、万博デモフライトで国内初の実機を用いた有効性検証を行い、一定の有効性が確認された。気象データ、5G/6G通信、予約プラットフォームを束ねるMaaS事業者の存在感は今後高まる一方だ。

第3層:既存産業のリプレイスと拡張
ドクターヘリの補完、過疎地物流、観光遊覧など、ヘリコプターや船便の代替需要は確実に存在する。事業開始フェーズでは富裕層やアーリーアダプターによる観光・移動用途が中心となるが、利用者が増え機体性能向上や運用コスト低減が進めば、タクシーのような一般的な移動手段への転換も見えてくる。

技術の壁は越えた…残る「制度」と「民意」の課題

 国交省の型式証明取得、航空法上の運用要件、自治体条例の整備――。技術開発よりも「制度の壁」のほうが目下の難所だという声は業界関係者から多く聞かれる。万博では制度(航空法・電波・消防等)・運用要件や交通管理・インフラ面の課題が顕在化した。さらに、騒音・景観・プライバシーをめぐる住民の合意形成は、制度以上に時間を要する可能性がある。

「2027〜2028年の商用運航開始は、限定的なエリアでの『先行事例づくり』と理解すべきです。重要なのはその後のスケールアップを見据えた制度設計と社会受容性の醸成を、同時並行で進められるかどうか。成功した地域モデルを政策に反映させる速度が、日本全体の競争力を左右します」(山崎氏)

「空飛ぶクルマ」という言葉には、SF的なキャッチーさがある。しかし本質は、過疎化・高齢化・物流コストの増大という構造的な地方課題に対する、インフラ投資の新しい形だ。大都市のデモンストレーションで完結させるのではなく、倉敷・水島のような熱量と産業基盤を持つ地域が真剣に取り組むことで初めて、「令和の空の産業革命」は絵に描いた餅から現実の経済成長へと転化する。そのカウントダウンは、すでに始まっている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=山崎慎一/航空・海事アナリスト)

公開:2026.05.18 05:55