中国「スターリンク遮断」の戦慄シナリオ…台湾有事の前に民間機・船舶が落ちるリスク

●この記事のポイント
・中国が台湾周辺でスターリンク通信の遮断シミュレーションを実施し、軍事目的の高出力ジャミングが民間機・船舶の通信やGPSに深刻な影響を与える可能性が指摘されている。
・台湾と近接する沖縄・先島諸島にも妨害電波が漏れ出す恐れがあり、航空運航の混乱、港湾物流の遅延、防災無線や携帯網の障害など、日本の生活インフラにも被害が及ぶ懸念が高い。
・電磁波妨害は「空のインフラ汚染」を引き起こし、経済・物流・防災の基盤を広範に麻痺させるリスクがある。企業は通信断絶を前提にBCPを再設計する必要性が強まっている。
中国の軍事系研究チームが台湾周辺におけるスターリンク通信ネットワークの「完全遮断」シミュレーションを実施したとの報道が海外メディアで大きな注目を集めた。研究は、中国人民解放軍の装備開発部門に近い大学を中心としたチームによるものとされ、論文には「戦時における敵の衛星通信インフラを、最小コストで無力化する手法」と記されている。
背景には、ウクライナ戦争が突きつけた現実がある。ウクライナ軍は前線の通信、砲撃支援、ドローン運用までスターリンクを活用し、ロシア軍の戦術を大きく変えた。ある欧州安全保障研究者は「スターリンクは戦争の運用思想そのものを変えた。中国が最も警戒するのは“台湾版ウクライナ”の再現だ」と話す。
しかし、スターリンク遮断の試みには軍事的な副作用がある。台湾海峡—東シナ海は世界でも屈指の過密空域であり、民間機・船舶・通信網が錯綜する。その環境で高出力ジャミング(妨害電波)を展開することは、軍事目標だけでなく、民間インフラを巻き込む「広域リスク」を生む。
●目次
見えない恐怖:航行安全への「無差別攻撃」
中国研究チームが描く遮断技術の要点は、「面制圧型ジャミング」だ。スターリンクは地表から見える数百~数千の衛星で構成されるため、特定ユーザーだけを除外して妨害することは極めて困難だ。そのため広範囲に強力なノイズを照射し、星座(コンステレーション)全体への接続を阻害するアプローチが最も現実的とされる。
●民間機・船舶にも直撃する
現在、国際線旅客機の大半は機内通信のほか、運航管理に衛星通信を利用している。スターリンク自体を直接使っていなくても、空域に放たれる広帯域ノイズは周辺のKu帯・Ka帯衛星通信にも影響を与える可能性が高い。
国際航空運航の専門家である山崎慎一氏はこう指摘する。
「航空機は複数の通信手段を持つため即墜落には至らないが、衛星通信のロストは運航管理の遅延・経路変更を招く。台湾海峡や沖縄周辺は迂回が難しく、混乱は瞬時に広がる」
実際、日本の航空交通量は東アジア域内で年間40万便規模。台湾・香港・シンガポールを結ぶ主要航路は、世界有数の混雑空域だ。ここで通信障害が発生すれば、欠航・遅延の連鎖が不可避となる。
●GNSS(GPS)妨害と“セット運用”の脅威
中国はすでに、黄海・東シナ海でGPS妨害(GNSS spoofing)を複数回行ったと報告されている。スターリンク遮断と同時にGPSを乱せば、船舶の位置情報・貨物追跡が狂う。海事アナリストの高山亮介氏は言う。
「台湾海峡は世界の半導体物流の“動脈”です。船舶の位置がわずかに狂うだけで衝突リスクは急増し、日本企業への供給遅延は瞬時に広がる」
国際海運は世界貿易の90%を担う。台湾周辺海域への物流依存度が極めて高い日本にとって、これは単なる軍事シナリオではなく経済安全保障の根幹に関わる問題だ。
日本への「電波スピルオーバー」:不可避の巻き添え
台湾と日本の距離は、想像以上に近い。与那国島は台湾本島からわずか110キロ。台湾全域を覆うレベルの高出力ジャミングは、指向性アンテナを使ったとしても物理的に日本側へ漏れ出す(スピルオーバー)。
●沖縄の空が「機能不全」に陥る
沖縄本島・石垣島・宮古島周辺では、国際線・自衛隊機・海保航空機が密に運航している。ここに通信妨害が及ぶと、
・運航遅延・欠航の連鎖
・航空管制との音声通信の一時途絶
・ドローン・小型機の墜落リスク
・防災行政無線の混信
などが現実味を帯びる。
携帯電話網への影響も懸念される。2022年、中国の軍事演習時に台湾で発生した通信遅延の一部は、周辺海域での電波干渉とみられている。
●法制度は「後追い」のまま
電波の妨害は、ITU憲章で明確に禁止されている。しかし軍事行動“名目”で行われた場合、実効的に止める手段はほぼない。
電波政策に詳しい元総務官僚・松井直樹氏は、こう警鐘を鳴らす。
「日本は“受け身の法制”から脱却し、電磁波攻撃の監視・可視化、外交的抗議の即応体制を整える必要がある。いまのままでは電波空間の主権すら守れません」
ミサイルより厄介な「電磁波汚染」という新たな戦争
鎮静化して見えるが、実は最も深刻な問題は「電磁波環境の汚染」である。
●スペクトラム(周波数帯)の“飽和”
妨害電波はスターリンクに限らず、周辺の衛星通信・気象衛星・放送衛星・海上通信に広く影響を与える。現代社会は、あらゆるインフラが電波によって同期されている。ジャミングによって周波数帯が“ノイズの海”に沈むと、
・気象衛星データの欠落
・海底地震観測の誤作動
・広域防災通信のロスト
・航空・海運のサービス拒否(Denial of Service)
といった事態が生じる。
「デブリは片付けようと思えばできるが、電磁波汚染は“即時かつ広範”で発生し、影響がどこまで広がるか予測が難しい。21世紀のインフラ戦争で最も危険な領域です」(松井氏)
衛星破壊(ASAT)兵器がデブリ汚染を引き起こすのに対し、電磁妨害は“見えないデブリ”を発生させるという指摘さえある。
●「空(電波空間)」は公共財
国際社会では電波は“共通資源(スペクトラム)”として扱われる。軍事目的であっても、その利用は本来厳格に制限されるべきものだ。しかし、台湾有事のような局面では、大国が自国の安全保障を優先する形で電波管理規範を逸脱するリスクが高まる。
企業が直ちに備えるべき「通信ブラックアウト」
台湾有事というと、ミサイルや上陸作戦が想像されがちだ。しかし近年、国防省・外務省が行うシナリオ分析では、最初の一撃は「通信・位置情報インフラの麻痺」とされるケースが増えている。
●サプライチェーンの“不可視リスク”
特に製造業と物流業にとって、次の3つは深刻だ。
・貨物位置の追跡不能
・東アジア空域の航空混乱による輸送遅延
・海上輸送ルートの不確実性拡大
半導体・電子部品の調達遅延は、日本の製造企業に致命的な影響を与える。2021年のコロナ期にコンテナ不足でサプライチェーンが混乱したことは記憶に新しいが、通信障害はそれをはるかに上回る規模で供給網を揺るがす。
●企業のBCPは「通信の喪失」を前提に
BCP(事業継続計画)策定に詳しい戦略コンサルタントの高野輝氏は、こう提言する。
「企業のBCPは“物流の途絶”だけでなく、“通信途絶”を前提に再設計すべきです。特に台湾依存度の高い業界は、通信断絶時の情報共有体制を構築する必要があります」
実際、2024年に内閣府が発表した経済安全保障関連の調査でも、日本企業の約6割が「台湾海峡危機がサプライチェーンに深刻な影響を与える」と回答している。
中国のスターリンク遮断シミュレーションは、単なる技術論ではない。そこには“戦争の最前線”が地上から空へ、そして電磁空間へと移りつつある現実が刻まれている。
電波空間は国家だけでなく、民間社会・企業活動の生命線だ。その「環境汚染」が引き起こす混乱は、ミサイル攻撃の影響をしのぎ、経済・交通・市民生活のすべてに波及する。
台湾海峡にミサイルが飛ぶ前に、私たちの通信網が沈黙する――。その可能性に、いまこそ真剣に向き合うべき時が来ている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)











