スターリンク一強は本当に安全か?KDDI・ドコモ・ソフトバンクが同時採用の明暗

●この記事のポイント
・衛星通信市場でスターリンクが急速に優勢となり、日本の通信3社も相次ぎ採用した。低軌道衛星による高速通信が評価される一方、依存集中によるリスクが懸念されている。
・スターリンクは多数の低軌道衛星を使い、山間部・離島・災害時にも安定して使える点が大きな魅力だ。日本でも基地局のバックアップや遠隔地域の通信改善に活用が広がっている。
・一強状態が続く中で、価格変更や故障時の影響など依存リスクが課題となる。今後はHAPSや競合衛星の台頭によって競争環境が再形成され、通信の多様性確保が鍵となる。
衛星通信の主役として世界で急速に存在感を高めているのが、イーロン・マスク氏が率いる宇宙開発企業SpaceXが提供する、衛星インターネットサービス「スターリンク」だ。日本の通信3社も相次いで採用を決め、市場は事実上の一強状態になりつつある。本記事では、スターリンクの仕組みから利点・リスク、日本企業への影響までを分かりやすく整理する。
●目次
宇宙を使う通信インフラの基礎
衛星通信とは、宇宙空間に打ち上げた通信衛星を介して、地上と宇宙を経由してデータを送受信する仕組みを指す。通常の携帯電話は地上に設置された基地局と通信するが、山間部や海上など基地局が届かない地域では通信が不安定になりやすい。この弱点を補うのが衛星通信で、地球全体をカバーできる点が特徴である。近年では高度の低い「低軌道衛星」が注目され、旧来の高軌道衛星より通信遅延が小さく、スマートフォンとの直接通信も可能になりつつある。こうした技術革新が、衛星通信を再成長分野へ押し上げている。
衛星通信の重要性が高まった背景には、自然災害の増加や人口減少、地上インフラの維持費増といった社会的課題がある。特に日本では台風や地震で基地局が停止するリスクが常にあり、通信の“最後の砦”として衛星通信が再評価されている。
また、スマートフォンの普及により「どこでもつながること」が生活インフラとして不可欠になった点も大きい。世界的にはIoT機器が急増し、地球規模で通信網を整備する必要性が高まった。こうした状況の中で、米スペースXが低コストで高速な衛星インターネット「スターリンク」を提供し、市場構造を一気に塗り替え始めたのが現在の姿である。
多数の低軌道衛星をつなぎ、高速通信を実現
スターリンクの仕組みは従来の衛星通信とは大きく異なる。まず、高度550km前後の超低軌道に数千基規模の小型衛星を配置し、地球全体を“網の目”のように覆う。次に、ユーザーは専用アンテナやスマートフォンから最寄りの衛星へ信号を送る。衛星同士はレーザー通信で相互接続され、データは短距離で地上に戻るため通信遅延が小さい。最後に、受信データは地上局を経由してインターネット網に接続される。
この「多数の低軌道衛星を連携させるネットワーク構造」によって高速・低遅延・広範囲という性能を実現している。こうした技術基盤が、スターリンクの世界的なシェア拡大を支える原動力である。
災害・過疎地・海上でも“つながる”強さ
情報通信の専門家で工学博士の岡崎大輔氏は、スターリンクの最大の利点について、「地上インフラが不要で、ほぼどこでも通信できる点にある」と語る。山間部や海上の船舶でも専用端末を設置すれば高速通信が利用でき、災害時の通信手段としても信頼性が高い。
さらに、「低軌道衛星を大量に運用することで通信遅延は40ms前後に収まり、動画視聴やオンライン会議にも耐えられる水準となっている。スペースXは自社ロケットで打ち上げを行い、コスト削減を徹底しているため、従来の衛星通信より安価に提供できる点も強み」と指摘。日本の通信会社にとっては、既存の基地局だけではカバーしにくい地域を低コストで補完できることがメリットとして大きい。
一方で、スターリンクへの依存が高まることにはリスクがあると懸念する。
「特定の企業が通信衛星インフラを事実上独占すると、価格変更や仕様変更の影響を受けやすくなる。また、宇宙ごみ(スペースデブリ)や衛星の故障、軍事衝突などによって衛星網に支障が出れば、広範囲の通信品質が一気に低下する可能性もある。さらに、スターリンクが世界的に優勢な一方で、アマゾンのKuiperやASTスペースモバイルといった競合の商用化が遅れており、市場競争が不足しつつある点も問題だ」(岡崎氏)
日本の通信3社が同じ衛星サービスを採用したことで“単一障害点”が生まれた面も否めず、今後は複数回線のバックアップ確保が重要になる。
KDDI・ドコモ・ソフトバンクが採用、HAPSも台頭
日本ではKDDIが先行してスターリンクを採用し、山間部の基地局バックアップとして運用を開始した。続いてNTTドコモとソフトバンクも採用を発表し、2025年以降に商用利用が本格化する見通しである。ソフトバンクは衛星通信に加え、高度20kmを飛行する無人航空機を使った「HAPS(空飛ぶ基地局)」の開発にも力を入れ、低コストかつ広域に通信網を展開する新たな方法を模索している。
さらに、離島の観光地や建設現場ではスターリンクの携帯端末が利用され、従来比で通信コストが3〜5割減った例もある。実利用はすでに広がっており、衛星通信が地域の通信課題を解消する手段として定着しつつある。
総務省情報通信政策研究所の特別研究員の一人は「スターリンクは技術的優位性が際立つが、依存度が高まると通信の多様性が損なわれる」と指摘する。また「日本の通信3社が同一衛星基盤を採用した判断は合理的だが、バックアップとしてHAPSや他の衛星通信サービスの確保が必要だ」と述べる。衛星通信がインフラ化するほど、複数手段を持つことの重要性が増すとの見方が広がっている。
衛星通信市場は今後も年率10%前後で拡大するとみられ、スターリンクの優勢は続きそうだ。とはいえ、アマゾンのKuiperが2026年の商用化を計画しており、競争環境が再形成される可能性もある。日本ではHAPSや国産衛星の研究開発が加速し、災害対策や遠隔地のインフラ整備で活用が広がるだろう。衛星通信は地上ネットワークを補完する「第3のインフラ」として存在感をさらに高めていくと考えられる。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)











