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カリスマ経営者・本田宗一郎が守り通した「常識を打ち破る人生哲学」と意外な人間性

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※画像:『1分間本田宗一郎 常識を打ち破る人生哲学77』(岩倉信弥/著、SBクリエイティブ/刊)

 日本を代表する経営者として、本田宗一郎を思い浮かべる人は多いだろう。

 1948年、本田技術研究所を継承し、本田技研工業株式会社を設立。創業者の本田宗一郎氏は、藤澤武夫氏と二人三脚でホンダを世界的メーカーへと成長させた。一代で「世界のホンダ」を築くという、すさまじいばかりの功績を本田氏はどのように作りあげていったのか。

 『1分間本田宗一郎 常識を打ち破る人生哲学77』(岩倉信弥/著、SBクリエイティブ/刊)は、常識を打ち破り続けた仕事人・本田宗一郎の哲学が垣間見えるメッセージを77個紹介している。

 現在は人生のキャリアの積み方は多様化しているが、高度経済成長期における社会人の人生モデルといえば、会社に入り、課長や部長と出世を重ねていくことだった。そんな時代に、本田氏は「うちは、私を含めて全員が社員」という姿勢を貫いているのは出色だ。本書では、こんな話を紹介している。

 三重県である会議が開かれた時のこと。昼になり、管理職の1人が松坂牛の老舗「和田金」に案内しようとしたところ、本田氏は「和田金って、50人も一緒に食事できる部屋はあるのか」と尋ねた。和田金へ行くのは本田氏と一部の管理職だけで、あとは弁当だった。それを知った本田氏は「じゃあ、俺も弁当にする」と答えたと言う。

 本田氏の仕事への要求は厳しいが、「社長だから」「重役だから」といった特別待遇は大嫌いだった。

 「課長、部長、社長も、包丁、盲腸、脱腸も同じだ。要するに符丁なんだ。命令系統をはっきりさせるために符丁があるんで、人間の価値とは全く関係ない。人の偉さというのは、いかに世の中に奉仕したかということだ」と本田氏は言った。

 幼い頃、お金のあるなしで差別をされた経験から、「人間誰でも皆、平等でなければならない」と考え、それを経営者となってからも守り通した。

 「マネスンナ」「知恵を出せ」を耳にタコができるほど聞き、「これ世界一か?」「どこにもないだろうな?」といった、とてつもない高い要求に、「ああだ、こうだ」とできない言い訳をすると、「バカヤロー!」と返される。1964年、ホンダに入社し、本田氏が社長を引退するまでの10年近く、手が届くところ、声が届くところで、モノづくりの何たるかを直接叩きこまれてきたのが、著者の岩倉氏だ。

 そんな岩倉氏だからこそ、見ることができた本田氏の人間性と哲学が、本書からは確かな手触りとして伝わってくるのである。
(新刊JP編集部)

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※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。