歌手で俳優のGACKTが中核メンバーとして広告塔を務め、“GACKTコイン”とも呼ばれる仮想通貨「SPINDLE(スピンドル)」。昨年5月には世界5カ所の仮想通貨取引所に上場したものの、直後に暴落し、多額の損失を抱えた投資家も出ているといわれている。
このスピンドルとは、どのようなものなのか。
「スピンドルは、参加者が自分の資金と引き換えにSPDトークン(スピンドルの通貨記号SPDの通貨引換証)を取得します。それを用いて仮想通貨ヘッジファンドに投資するというICOを行ったのが、2017年10月からです。『プレセール』というかたちで募集を開始し、GACKTのプロモーションもあって人気を高めていました。そして18年5月に世界5カ所で上場しました。
スピンドルの運営会社ブラックスターは17年末に『ホワイトペーパー』と呼ばれる事業計画書を発表しています。ただし、スピンドルのプラットフォームができあがっていないなか、仮想通貨NEM(ネム)巨額盗難事件(コインチェック社から約580億円相当のNEMが不正流出)が発生したことにより、仮想通貨自体の信頼性が落ちてしまったことも大きいのです。今は仮想通貨の価値は下落しました。スピンドルもプレセールではうまく行きましたが、同じく大暴落しました」(ジャーナリスト・伊藤博敏氏/18年8月8日付当サイト記事『仮想通貨「GACKTコイン」大暴落で投資家に多額損失…金融庁が処分の可能性も』を一部修正して引用)
スピンドルの運営元ブラックスターの問題点は、これまでも指摘されてきた。仮想通貨の売買等を事業として行う際には、必ず仮想通貨業者の登録をしなければならないが、ブラックスターは登録していない。もしスピンドルが仮想通貨として売買されていたとすれば、資金決済法違反の可能性が出てくる。
そのスピンドルについて、新たな問題が浮上した。3月28日発売の「週刊文春」(文藝春秋)によれば、ブラックスターは「(スピンドルを)他人に譲渡することを原則禁止しており、2号仮想通貨ではないため(無登録でも)国内販売できる」という旨の意見書を公開しているが、17年に行われた商談会で、GACKTは参加者たちに対して「ちょっと今までとは考えられない儲け方なので」「1000万円を入れたのが2億とかなっているんですよ」などと語り、出資を迫っていたという。
さらに記事によれば、前述のとおり昨年5月にスピンドルが仮想通貨取引所に上場直後に暴落し、投資家に多数の損失者が出た一方、GACKTは上場直後に7000万円を売り抜けたとされているが、もしこれらの報道が事実であれば、ブラックスターおよびGACKTの行為は、問題ないのだろうか。
「GACKTは創業者報酬等で大いに潤っているのではないか」と語るジャーナリストの伊藤博敏氏に話を聞いた。
多額の代理店収入
――ブラックスターは、「スピンドルは他人に譲渡できない仮想通貨だから『2号仮想通貨』にあたらない」と説明しています。
伊藤博敏氏 スピンドルは仮想通貨です。無名の仮想通貨を使ったICO(イニシャル・コイン・オファリング:仮想通貨を使った資金調達)です。ブラックスターがかつて「販売できないから仮想通貨ではない」と主張していた当時、金融庁は売っていいのか悪いのかについて、判断を明確に表明していませんでした。従ってブラックスターの創業者メンバーに対して資金決済法違反に問うのはかなり無理筋です。
実際、「意思決定メンバーのファウンダー(創業者)」にはそれぞれ公開後の一定期間、市場で持ち株を売却しない契約を交わすロックアップをかけていました。ただし一部は販売してよいので、GACKTやブラックスターの宇田修一社長(当時)らは7000万円以上売り抜けたと言われていますが、メンバーごとに「このパーセンテージまでは売ってよい」と認められています。具体的にどれくらいのパーセンテージかはわかりませんが、違法性も含めて簡単にわかるような犯罪はしていないようです。
ブラックスターは法的な備えはしており、金融のプロですから、違法な行為には抵触していないです。ただ、あるとすれば、GACKTには“いくら売ったら、いくら入る”という代理店収入がありますから、この分の税金を納めたかどうかは問われる可能性はあるかもしれません。
――GACKTが熱心にスピンドルを宣伝したのは、代理店収入を狙ったためですか。
伊藤 そうです。GACKTはスピンドルで一番儲けたと思います。恐らく、数億から10億円ほどの金額が懐に入ったものと推察しています。それは広告塔や創業者利益よりも、代理店収入でしょう。本人がスピンドルを売って得た収入ではなく、契約上ではスピンドルを他人に売ったら、いくらかがGACKTに入るという契約は結んでいました。
今回の報道で、GACKTが「代理店になったほうがいいと思います。仮想通貨の販売手数料(コミッション)は異常で25%入るんです」とセミナーで語っていたことが明らかになりましたが、GACKTにとって代理店収入は美味しかったと想像できます。スピンドルは、プロ野球選手、ミュージシャン、資産家などから100億円を集めたと言われています。そのうち、GACKTも相当がんばってセミナーを開催し、会社経営などに携わっている出資者候補に対して熱心に勧誘し、集めたでしょう。
ただ、GACKTが勧誘していた時点、つまり2017年12月あたりですが、仮想通貨の定義や何が違法行為なのか、決まっていなかったのですから、これを後付けで資金決済法違反に問うのは、よほど強引にもっていかなければできません。
もし、GACKTがそれだけの多額な収入を税務署に申告していなければ、普通に脱税になります。
GACKTは創業者メンバー
――今回の「文春」報道では、金融庁がスピンドルについて「刑法上の詐欺の可能性があるのでは」との発言がありました。
伊藤 あの慎重な金融庁が、こんな大胆に踏み込んだ発言をするとは疑うべきかもしれません。私が昨年1月時点で金融庁へ聞いた時は、「スピンドルはいいとも悪いとも言えない。書く方が判断してください」とのコメントでした。
――GACKTはブラックスターのメンバーなのですか。
伊藤 創業者メンバーです。「意思決定メンバーのファウンダー(創業者)報酬等」と題されたエクセル表には、宇田修一ブラックスター前CEO 5%、平井政光現CEO 3.5%など14人の名前が並び、GACKT 2.0%、ふみさん 0.5%となっていた。この「ふみさん」が野田文信氏であり、野田聖子前総務相の夫です。
――そこで焦点となるのは、多数の投資家に損失が出たことに対して、GACKTに責任があるかどうかです。
伊藤 ICOは新興宗教の世界と似ています。夢を売る世界で、GACKTを信じてみんなお布施をしました。そこで訴えても難しいでしょうね。それに仮想通貨はみんな下がりましたから、GACKT一人の責任ではないです。ただ、今回、録音が出ましたから、それをもとにGACKTに勧誘されて騙されたと訴訟を起こす方法はあるのでしょうけれど、訴えてもお金が返ってくることが難しいから、訴訟が起きていないのではないでしょうか。
総崩れの仮想通貨
――仮想通貨業界の現状について教えてください。
伊藤 もう総崩れでしょう。かつての成功体験をみな忘れるほど下落し、関心も薄れています。「ブロックチェーン」という技術的な将来性や信頼性は高まっていますが、「仮想通貨は通貨の代わりを果たさないのでは」と言われつつあり、値上がりする仮想通貨が台頭しないと関心は萎むでしょう。一時期は、エストニアが開発計画を発表していた仮想通貨も縮小しています。
今となっては変動が激しいジンバブエドルやトルコリラで決済するよりは、仮想通貨を使うというレベルでしょう。一時期、銀行口座を持てない裏社会の人々も仮想通貨に参入していましたが、今は撤退しています。みんなが信用すれば使い勝手が良いのが仮想通貨ですが、これからの仮想通貨の将来性は見えないですね。ICO銘柄はほとんど下落した今、難しく、儲かるICOはありません。
――しかし、GACKTはなぜこんなにスピンドルに入れ込んだのでしょう。
伊藤 GACKTは新しいものが好きで、ときとして革新的な考え方を抱くのです。仮想通貨により、新時代が到来すると信じたと思ったことでしょう。それが彼のモチベーションの原点でした。先端を走っているという心情と推察しています。
――ありがとうございました。
(構成=長井雄一朗/ライター)