「世界販売目標600万台は、体質目標として掲げていた。現在は目標としていない」――。ホンダの岩村哲夫副社長は4月28日の決算発表記者会見で、伊東社長が掲げた世界販売計画をあっさりと撤回した。ホンダは、リーマンショックを機にした金融危機や、東日本大震災、タイの洪水による減産から回復した12年9月、伊東社長が16年度に四輪車の全世界販売台数を600万台以上にすると高らかに宣言、グローバルな自動車メーカーとして生き残るための拡大戦略を掲げた。
しかし、11年度の四輪車販売台数は約310万台。これをほぼ倍増させるという拡大戦略による弊害と見られる事態が、14年度に相次いで表面化することになる。ホンダの主力車種「フィット」のハイブリッドカーで、発売から約1年間で5回もリコール(回収・無償修理)が発生。他の国内自動車メーカーを含めて、新型車投入から1年間で5度のリコールは「前例がない」(業界筋)とされる。
これを受けてホンダでは、伊東社長などが役員報酬の一部を返納するとともに、新型車投入計画を一時凍結し、開発中のニューモデルの品質確認を徹底。新型車投入が計画より大幅に遅れたことによって、販売計画も大幅に下方修正せざるを得なかった。最も影響を受けたのは国内販売だ。14年度当初の国内販売計画は103万台と、初の100万台超を狙っていた。しかし、四半期決算発表ごとに計画を下方修正、最終的に14年度国内販売台数は前年同期比7%減の79万台と、当初計画とは程遠い実績に終わった。
販売台数が計画を大幅に下回ったのは、新車投入計画の遅れ以外にも原因があるとされている。世界販売計画600万台という「急激な販売増に向けて開発や生産の現場に大きな負担がかかり、疲弊している」(ホンダ系サプライヤー)ことだ。フィットの品質問題でも「設計・開発部門に過度な負担がかかっていることが原因のひとつ」(同)との見方は少なくない。
厳しい業績見通し
15年3月期連結決算(米国会計基準)はフィットやタカタ製エアバッグの品質問題などの影響もあり、純利益が同8.9%減の5227億円と減益に陥った。ホンダでは、拡大戦略を主導してきた伊東社長が6月開催の定時株主総会で退任、八郷隆弘氏が新社長に就任する。伊東社長の退任決定を機にグローバル販売台数600万台の旗を降ろしたホンダだが、今期の業績見通しも厳しい。
国内販売では、昨年末から「レジェンド」「グレイス」「N-BOXスラッシュ」「ジェイド」「S660」と相次いで新型車を投入、15年度になってからも「ステップワゴン」を発売したのに続いて、5月には「フィット・シャトル」を投入。それでも国内販売計画は77万台程度と14年度を下回る。
ホンダは「需要のある場所で生産」することを徹底、グローバルな自動車メーカーでありながら国内生産に占める輸出比率が極端に低い。このため、国内販売の低迷で国内工場稼働率が悪化すると、収益率が一気に悪化する。ホンダのグローバルでの生産能力は現在500万台を超えるが、15年度の販売計画は約465万台にとどまる。
加えて、北米市場におけるタカタ製エアバッグの品質問題が拡大して品質関連コストが増えることや、主力である北米市場で販売にも影響が及ぶリスクもある。16年3月期(米国会計基準)の通期業績見通しは売上高が同9.5%増の13兆8500億円と過去最高を予想するものの、営業利益では品質関連費用などを計上することから、同1.3%増の6600億円と微増を予想する。売上高営業利益率は0.4ポイントダウンして4.8%にとどまる見通し。
「八郷社長就任1年目から下方修正するわけにいかない」(ホンダ幹部)との思惑もあって、確実に達成できる目標にしたとの見方や、拡大一辺倒の伊東路線から決別する意志の表れと見る向きもある。
高い技術力を背景に、グローバルな自動車メーカーに成長してきたホンダ。新社長に就任する八郷氏が「量ばかりを追う」拡大戦略をどう軌道修正していくのか、その手腕が問われる。
(文=河村靖史/ジャーナリスト)