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江川紹子の「事件ウオッチ」第128回

江川紹子が語る「求められる再審法の改正」―再審の実態と、冤罪救済のために必要なこと

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冤罪救済のための再審法改正を訴えて発足した「再審法改正をめざす市民の会」のHP

 再審に関するルールをきちんと定め、冤罪からの救済を速やかに行えるようにしよう――映画監督の周防正行氏や冤罪の当事者、学者ら呼びかけた「再審法改正をめざす市民の会」が発足し、5月20日に結成集会を開いた。集会には、厚労省郵便不正事件で冤罪の被害を受けた村木厚子・元厚労事務次官もメッセージを寄せた。

放置されたままの再審

 刑事事件の捜査や裁判の手続きを定めた現行の刑事訴訟法は、日本国憲法が施行された後の1948年(昭和23年)7月に公布され、翌年1月から施行された。それから70年の間に何度も改正され、10年前には裁判員裁判が導入されるなど、刑事司法のルールは、当初とは大きく様変わりしている。

 直近の改正では、日本型の司法取引が導入され、日産ゴーン事件などの捜査に活用された。この6月からは、裁判員対象事件や検察の独自捜査事件で、被疑者の取り調べの録音・録画が捜査機関に義務付けられることになった。

 ところが、再審に関わる条文は、この間まったく手つかずのままだ。実はこの規定、旧刑訴とほとんど変わらない。本人に不利益な再審を廃止したくらいで、戦前を今に引きずっている。しかも、どのようなルールで再審請求審を行うかについては、ほとんどまったく規定がない。

 そのために、どんなことが起きているのか?

 たとえば、やる気のない裁判官に当たった場合、ほとんど手続きが進まない。

 1966(昭和41)年に静岡県で起きた強盗殺人事件で死刑判決が確定した袴田巌さんの場合、再審請求を起こしたのが1981(昭和56)年4月。静岡地裁が棄却決定を出したのが1994(平成6)年8月で、13年以上もかかっている。東京高裁を経て、最高裁が特別抗告を棄却したのは2008(平成20)年3月。第1次再審請求でなんと27年もの歳月を費やした。

 西嶋勝彦弁護団長は結成集会の記念講演でもこの問題に触れ、「法律で、(裁判所、検察、弁護人の)三者協議を必ず開かなければならない、と決まっていないのをいいことに、何年もほったらかされていた事件もある。袴田事件もそうで、長時間塩漬けにされた」と憤った。

 「市民の会」共同代表の1人で元東京高裁裁判長の木谷明弁護士は、結成集会でこの問題に関連して、次のような裁判官時代の経験談を披露した。

「再審については『すぐにやらなくてもいい』という先輩裁判官がいた。箸にも棒にもかからないような再審請求はすぐに却下し、難しいものは放置する、と。普通の事件は、終結していない事件数が未済表に載って回されるので、事件が溜まっていると『あの裁判官は無能だ』と思われて恥ずかしい。でも再審請求は『雑事件』の扱いだから、溜まってもそういう心配がない。なので、平気で寝かせ、放っておけばそのうち転勤になる。そうやって、何年も放置されている再審請求事件もあった」

 こうした例を踏まえて、木谷弁護士はこう提言する。

「再審請求を受理したら、2カ月後には弁護人と面談しなければならない、と決めるなどの規則が必要。再審をめぐる法制度は、直すべき点がいっぱいある」

 現在、5件の再審請求事件の弁護人となるなど、いくつもの再審事件を手がけてきた野嶋真人弁護士は、捜査機関に保存されている証拠の開示が、裁判官によって著しい対応の落差がある問題を結成集会でのリレートークの中で指摘した。

「裁判官にも、(証拠開示に)前向きな人と後ろ向きな人がいる。(死刑再審の)名張毒ぶどう酒事件を担当した裁判所は、もっとも後ろ向きだった」

 1961年(昭和36年)に発生した同事件は、1審無罪、控訴審で死刑となり72年に最高裁が上告を棄却して死刑が確定した奥西勝さんが、獄中から再審請求を続けた。第7次で名古屋高裁(小出錞一裁判長)が再審開始を決定したが、検察の異議申立を受けた同高裁(門野博裁判長)が取り消した。第8次請求の途中で、奥西さんは獄中で病死した。現在は、妹が再審請求を起こしている。

 この件では、事件現場となった公民館で警察が押収した、多数の酒瓶王冠類など、裁判に提出されていない証拠の開示を弁護側が求めてきたが、いまだに実現しない。野嶋弁護士は、「誰もが平等に冤罪から救済される権利を持っているはずなのに、法律に(証拠開示の)規定がないために、対応に落差がある。この不平等を解消しなければならない」と訴える。

裁判官の姿勢によって態度を変える検察

 さらに、原審での未提出証拠の取扱いについて、次のように述べた。

「捜査でつくられた証拠は全部検察庁に送らなければならないことになっているが、実際には送られていない証拠が山のようにある。それが、どこに管理されているかがわからない。証拠の保存・保管についてのルールづくりが必要だ」

 このルールがないために、いくら弁護人が「こういう証拠があるはずだ」として開示を求めても、検察側は「見当たらない」として拒むことがある。実際に一生懸命探しても見つからないのか、探し方がなおざりなのか、探す気がないのか、それはわからない。

 ただ、裁判官の姿勢によって、検察官の態度が変わることはままある。

 たとえば、1979(昭和54)年に義弟を殺害したとして懲役10年の有罪が確定した原口アヤ子さんの再審を求める鹿児島・大崎事件。第2次請求の鹿児島地裁は、証拠開示にまったく消極的だった。この時、検察は「第1次再審を超えて証拠は存在しない見込み」と主張。鹿児島県警本部も「証拠は保管していない。過去にあっても、検察庁に送っている」と述べていた。裁判所も「この回答に疑わしい点は見当たらない」として、なんらの働きかけもしなかった。

 ところが、抗告審が行われた福岡高裁宮崎支部が証拠開示を勧告したところ、検察側は五月雨式に213点もの証拠を開示した。このうち30数点は県警からの開示で、後に再審開始に結びつく重要な写真のネガフィルムもあった。この開示の後、検察官は「大崎事件に関する証拠は、もはや存在しない。不見当(見当たらない)ではなく、不存在である」と言い切った。

 ところが……。

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