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江川紹子の「事件ウオッチ」第127回

天皇即位で検討されている恩赦とはーー江川紹子が考える、その意味と必要性

文=江川紹子/ジャーナリスト
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天皇即位で検討されている恩赦とはーー江川紹子が考える、その意味と必要性の画像1天皇皇后両陛下(写真:ロイター/アフロ)

 新たな天皇の即位に伴い、政府は10月に行われる「即位礼正殿の儀」に合わせて恩赦を行う方針、と報じられている。過去には恩赦によって選挙違反者を大量復権させて批判された例もあり、犯罪被害者の感情への配慮などから、今回は軽微な犯罪に限定して行われる、と見られている。

過去の実施事例と変遷

 昭和から平成への天皇代替わりの時に比べても、規模が縮小するのは必至。それでもなお、皇室関連イベントに伴う恩赦を実施する意味や必要性があるのだろうか。

 恩赦とは、「行政権によって、(1)国の刑罰権を消滅させ、(2)裁判の内容を変更し、又は(3)裁判の効力を変更若しくは消滅させること」。具体的には、刑事裁判で確定した刑罰を、政府が減免したり、有罪によって失った資格を復権させたりする。一定の罪や時期を政令で定めて該当者を一律に行う「政令恩赦」(大赦、減刑、復権)以外に、特定の者に対して個別審査をしたうえで行われる「個別恩赦」(特赦、減刑、刑の執行の免除、復権)がある。

 「大赦」は、制令によって特定の罪の有罪判決の効力を失わせたり、裁判中の者には免訴の判決で手続きを終わらせる効力がある。

 個別恩赦は、中央更生保護審議会の審査と判断に基づいて行われ、「特赦」はやはり有罪判決の効力を失わせる。個別恩赦は、政令恩赦と同様に国家的な慶弔時に行われる「特別基準恩赦」と、そうしたイベントとは関係なしに毎年行われている「常時恩赦」がある。特別基準恩赦の制度は、政令恩赦が行われる際、その要件から漏れた者を、政府が定めた基準によって救済するのに使われるが、単独で行われることもある。

 戦後に行われた政令恩赦(日本国憲法発効以前は勅令恩赦)と特別基準恩赦は、次の12回(▼は特別基準恩赦のみ、△は政令恩赦のみ、○はその両方)。

 ○第2次大戦終局(1945)
 ○日本国憲法公布(1946)
 △終戦と憲法公布時の修正(1947)
 ○平和条約発効(1952)
 ○皇太子(現上皇)立太子礼(1952)
 ○国際連合加盟(1956)
 ▼皇太子(現上皇)結婚(1959)
 ○明治百年記念(1968)
 ○沖縄復権(1972)
 ○昭和天皇大葬(1989)
 ○天皇(現上皇)即位(1990)
 ▼皇太子(現天皇)結婚(1993)

 こうして見ると、社会の大きな変革等に伴う恩赦は沖縄返還が最後で、平成の時代はもっぱら皇室関連の慶弔時に行われ、今回もそれに続くものとなる。

 昭和から平成への代替わりでは、2度に渡って約1,267万人が恩赦の恩恵を受けた。しかし、大葬恩赦では公選法違反者も救済され、約1万5,000人が公民権を回復。即位の礼の際の恩赦でも、同じ年に行われた衆院選で罰金刑を受けた選挙違反者が数多く救済された。1993年の天皇陛下ご結婚の際の特別基準恩赦でも、救済された者の7割が公選法違反者だった。

 今年の夏には参議院選挙が行われるが、そこでの違反者がまたも恩赦で救われるようなことになれば、「恩赦の政治利用」の批判は免れない。

 社会体制が大きく変わった時に、過去の法令によって処罰された人たちを恩赦で救済することは、大きな意味を持つ。たとえば、1945(昭和20)年の戦争終結や翌年の憲法公布に際しての恩赦では、陸軍刑法や海軍刑法違反(敵前逃亡の罪など)、治安維持法違反等で有罪となった人たちが大赦によって救われた。サンフランシスコ講和条約批准に伴う恩赦では、占領目的阻害行為処罰令違反などが、沖縄復帰恩赦でも米国統治下の沖縄に適用されていた刑罰規定で定められた罪が恩赦の対象になった。

 また、かつては死刑のように究極的な刑罰が、恩赦によって減刑されたこともあった。旧少年法では、死刑を課されないのは、犯行時16歳未満の少年に限られた。戦後に制定された少年法では、犯行時18歳未満の者には死刑を課すべき時は無期懲役に減刑すると定めている。旧法時代に刑が確定した犯行時17歳だった死刑囚が、現少年法施行後に個別恩赦されたり、サインフランシスコ講和条約批准に伴う恩赦で無期懲役に減刑された。ただ、恩赦による死刑囚の救済は、1947年に福岡市で発生した殺人事件で死刑判決が確定した2人のうちの1人が、1975年に個別恩赦となったのが最後だ。

 国会で政府は死刑と無期懲役の恩赦について、次のように答弁している。

「死刑確定者に対する政令恩赦による減刑ですが、昭和22年以降、最後の減刑令の昭和27年までで14名ということでございます。それから、個別恩赦については、11名がこの間減刑を受けておりまして、最後が昭和50年でございます。無期刑受刑者については、政令恩赦について減刑がなされたことについては記録が発見できず、判明をいたしませんでした。ただし、個別恩赦につきましては、昭和22年から昭和34年まで86名が減刑を受けているということが判明しております。

 個別恩赦につきまして、死刑確定者については昭和50年以降、それから無期刑受刑者については昭和34年以降、減刑の例はございません」(2008年5月23日衆議院法務委員会での保坂展人議員・現世田谷区長の質問に対する西川克行・法務省保護局長【当時】の答弁)

 その後、犯罪被害者等基本法が制定され、被害者の声に耳を傾けることが強く求められるようになり、死刑や無期懲役刑だけでなく、被害者がいる事件に関して恩赦が行われることは、ますます非現実的になっている。

 そんなこんなで、恩赦の規模は小さくなり、しかも沖縄返還以降、恩赦によって集団的、一律的な救済が求められるような、大きな法体系の変化があるわけでもない。

 そんな今の時代に、天皇の代替わりを理由に、軽微な犯罪に絞ってわざわざ恩赦を行う意味はどこにあるのだろうか。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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