ビジネスジャーナル > 社会ニュース > 江川紹子が語る池袋暴走事故
NEW
江川紹子の「事件ウオッチ」第126回

池袋「87歳暴走」事故から江川紹子が考える、高齢者運転事故を防ぐために必要な議論

文=江川紹子/ジャーナリスト
【この記事のキーワード】, ,
池袋「87歳暴走」事故から江川紹子が考える、高齢者運転事故を防ぐために必要な議論の画像1※画像はイメーシ。(C)Fotolia

 東京・池袋で、痛ましい交通事故が起きた。

 87歳の男性が運転する乗用車が赤信号を無視して暴走。自転車をはね飛ばして女児(3)と母親(31)を死亡させ、さらに歩行者4人をはねるなどして合計8人が重軽傷を負った。

 これだけの被害を出したのに、運転していた旧通産省工業技術院の飯塚幸三・元院長は逮捕されず、一部報道では名前が伏せられたり、名前に「さん」の敬称がつけられていることが、元官僚に対する「忖度」、あるいは特別扱いであるとして、強い違和感や反発を示すネット民が少なくない。

池袋事故ドライバーは本当に“特別扱い”か?

 報道がこうなったのは、彼が逮捕されていなかったからだ。メディアは通常、逮捕するか指名手配されなければ「容疑者」の呼称はつけない。警察が彼を逮捕しなかったのは、彼もケガをして入院したから。入院が必要な患者の逮捕を見合わせるのは、当たり前のことだ。殺人事件でも、被疑者がケガをして入院すれば、病院から逃げ出さないよう警戒はしても、当人の身柄拘束は回復を待ってから、ということになる。

 交通事故の場合も、原因となった第1当事者が入院した場合、逮捕はせず、回復を待って取り調べを行うが、逃亡や罪証隠滅の恐れなしと判断すれば、任意捜査で処分を決めることになる。

 昨年2月、東京都港区白金で、元東京地検特捜部長の石川達紘弁護士(当時78)が運転する乗用車が暴走。対向車線の歩道を歩いていた男性(37)をはねて死亡させ、通り沿いにある店舗兼住宅に突っ込んで大破させた。石川弁護士も骨折して病院に搬送され、逮捕されていない。取り調べに石川弁護士は、「アクセルを踏み込んだ意識はない」などと容疑を否認。否認すると、とかく「罪証隠滅の恐れあり」とみられがちな日本の刑事司法だが、本件ではその後も身柄拘束されることなく、昨年12月に書類送検された。

 石川弁護士は今年3月に自動車運転処罰法違反(過失致死)と道交法違反の罪で在宅起訴された。その記憶が新しいこともあって、元官僚や元検察幹部は特別扱いという印象が広がって、ネット上では「上級国民」なる言葉も飛び交っている。石川弁護士のケースが、実際のところどういう事情で、こういう展開になったのかはわからないが、重大事故で逮捕されないのは、元官僚や元捜査幹部ばかりではない。

 たとえば、2016年11月に東京都立川市の病院敷地内で、当時83歳だった女性が運転する乗用車が暴走、2人が死亡した事故。女性自身もケガをして入院し、逮捕されていないため、この時も報道は「さん」付けだった。事故は、女性がアクセルとブレーキを踏み間違えたのが原因。警察は女性を書類送検し、検察が在宅起訴。1年半後、東京地裁立川支部が禁固2年の実刑判決を言い渡した。女性は控訴したが、高裁は退けた。

 このように、事故直後には逮捕されなくても、裁判で実刑判決が言い渡されることもあるので、刑事司法が「上級国民」に甘いと即断するのは早計ではないか。

 一方、ケガをしていなければ、第1当事者はかなりの高齢でも逮捕される。

 昨年5月、神奈川県茅ケ崎市の交差点で、90歳の女性が赤信号の交差点に突入し、歩行者ら1人(57)を死亡、3人を負傷させた事故では、運転者の女性はその場で逮捕された。ただし、裁判所は、検察側の勾留請求を却下した。逃亡や罪証隠滅の恐れはないと判断したのだろう。任意捜査の結果、検察は自動車運転処罰法違反(過失致死傷)罪で起訴し、禁錮3年10月を求刑した。

 このように、逃亡や罪証隠滅の危険性が現実的でない被疑者については、任意捜査が原則。それにもかかわらず逮捕・勾留したようなケースがあれば、そちらを批判の対象にすべきだろう。今回の池袋のケースも、罪証隠滅などのおそれが認められなければ、退院後は任意の取り調べとなるのではないか。

 また、逮捕・勾留されても、不起訴となったケースもある。

 2016年10月、横浜市港南区で集団登校中の小学生の列に軽トラックが突っ込み、1人が死亡、7人が負傷した事故では、運転の男性(当時87)がその場で逮捕された。しかし、「どこを通って事故現場まで行ったのか覚えていない」「どうやってぶつかったかわからない」などと述べたため、責任能力を見極めるために3カ月の鑑定留置が認められ、精神鑑定が行われた。その後釈放され、不起訴処分となった。

 事故を起こした第1当事者への処分は、被害の大きさだけでなく、当人の状況によっても変わる。今回の池袋の事故で、飯塚元院長の処分がどうなるかは、今後の捜査と裁判次第。これだけ注目された事件なので、メディアはできるだけ丁寧に続報を伝えてほしい。

増える高齢者運転事故、求められる対策

 それにしても、高齢ドライバーによる死亡事故は後を絶たない。

 警察庁の統計を見ても、交通事故の発生、死傷者数は減り続けているのに、高齢運転者による死亡事故は例外で、下げ止まっている。さらに、昨年の年齢層別死亡事故の数値を見ると、10年前の発生数を100として計算する指数は、全体的には66まで減ったのに、80~84歳については114、85歳以上は196へと増加している。年齢層別免許保有者10万人当たり死亡事故件数は、85歳以上が16.27とダントツに高い(次いで高いのは16~19歳の11.43。もっとも低い35~39歳は2.84)。

 2017年の交通安全白書の特集「高齢者に係る交通事故防止」によれば、75歳以上の運転者が起こす死亡事故の原因は、ハンドル操作を誤ったり、ブレーキとアクセルの踏み間違いなどの「操作不適」がもっとも多い。

 死亡事故に至らなくても、アクセルとブレーキの踏み間違えによる高齢者の事故は頻繁に、そして全国各地で起きている。最近の報道から拾ってみると……

▽3月2日、愛知県春日井市のドラッグストアに、男性(75)が乗った乗用車が突っ込み、70代と80代の女性客2人と女性店長1人の合わせて3人がけが。

▽同月16日、千葉県船橋市のコンビニ外壁に、男性(66)の乗用車が衝突したが、けが人はなかった。

▽同月27日、福島県郡山市のスーパーに、男性(83)の乗用車が突っ込み、女性店員が腰を打撲する軽傷。

▽同月31日、香川県観音寺市のクリーニング店に、男性(67)の乗用車が突っ込み、女性客(74)が軽傷。

▽4月1日、岡山県津山市のスーパーに男性(70)の乗用車が駐車場の車止めを超えて、店のガラスに衝突。店のイートインコーナーにいた女子中学生3人が、手に軽いけが。

▽同月10日、千葉県市川市のコンビニに男性(70)の乗用車が突っ込み、店員2人と買い物客1人が救急搬送された。いずれも軽傷。

▽同月11日、大阪府松原市のコンビニに男性(78)の乗用車が突っ込み、店内にいた男性1人が顔や手に軽傷。

▽同月12日、愛知県弥富市のリサイクルショップに、男性(82)の乗用車が突っ込んだ。けが人はなかった。同店には、3月にも80代の別の男性の車が突っ込む事故があった。

▽同月20日、北海道むかわ町のホームセンター屋外売り場に、会社役員男性(82)の乗用車が突っ込み、店長と店員の2人をはねた。いずれも軽傷。

 警察は、2009年から運転免許更新時に75歳以上を対象に認知機能検査を行っている。記憶力・判断力が低いと判断された場合は、専門医の診察を受け、認知症と診断が出た場合には、免許が取り消される。そのほか、高齢者に運転免許返納を促し、昨年は過去最多の29万人が自主返納した。

 しかし、検査時には異常なしとされ、その後に事故を起こすケースもかなりある。20日付東京新聞によれば、認知機能検査を受けたドライバーで死亡事故を起こした人は、2018年中に414人に上る。今回の池袋の事故を起こした飯塚元院長も、2017年の免許更新時に検査を受け、異常はなしだった、という。

 高齢者の認知機能や身体能力には個人差が大きく、自家用車を運転しなければ移動ができない、という地域も多く、一定年齢上は強制的に免許を取り上げる、というわけにはいかない。

 運転が不可欠という環境でなくても、運転を続けている高齢者も少なくない。認知機能の衰えを認められていなかったり、自尊心の問題もあって、家族が免許返納を説得するのも、そうそう簡単ではないだろう。

 私も、高齢ドライバーの車に同乗して怖い思いをしたことがある。関西で行われたある仕事の場でご一緒した80代の男性が、新幹線の駅まで車で送ってくださるという。何度も遠慮したのだが、「どうしても」と言われ、これ以上固辞すると気分を害される雰囲気もあったので、「では」と助手席に乗った。

 しかし、その方は駅までの道順がよくわからないらしく、走り出してから(!)カーナビを操作し始めた。私は不安を感じ、「クルマを停めてください」と叫んだが、男性は「大丈夫、大丈夫」と気にも留めない。大丈夫でないのは明らかで、あれよあれよという間に車は左に流れ、そのまま側溝に脱輪した。スピードが出ていなかったので大事には至らなかったが、学校のすぐ側でもあり、タイミングが悪ければ、とぞっとした。

 そのような失敗をしたのに、男性はその後も運転を続けていると聞いた。誰もそれを止められないらしい。家族など近しい人が免許の返納を勧めても、聞き入れないのだろう。自分の認知機能や注意力、そのほかさまざまな機能の衰えを自覚できなかったり、プライドが高い人の場合は、家庭や周囲の人の説得を期待するだけでは限界があると思う。

 公共交通機関の整備や地域の助け合いなどで、高齢者が車を運転しなくてもいい環境をつくっていくことも必要だが、高齢化人口減少が進むなかでは、それもなかなか難しい。そうした努力を続けることは必要だが、それと合わせて新たな対策が必要ではないか。

 たとえば、最近は各自動車メーカーが、自動ブレーキの開発に力を入れていると聞く。報道によれば、EUや日本など40カ国・地域が、新車への自動ブレーキ登載義務化を合意し、2020年から適用される。EUでは、法定速度を超えると自動的にブレーキをかけるか減速する装置の搭載も義務化されるとも報じられている。

 一定の年齢を超えた高齢者の運転免許は、そうした装置が搭載した自動車のみの運転を認める、としたらどうか。オートマ限定免許があるのだから、自動ブレーキ搭載車限定免許も可能ではないか。

 そのためには、クルマの買い換えが必要になる家庭も多いだろう。生活するのにクルマが必要な地域や、収入が低い場合は、一定の補助をして買い換えを促す。それによって自動車関連産業の内需が拡大し、景気対策としての効果もあるかもしれない。逆に、都市部の場合は、そうした補助は行わず、公共交通機関やタクシーの利用を促すような対策をしていけばいい。

 さらに、高齢者の運転免許有効期間の短縮を考えてもいいかもしれない。現在、一般の有効期間は5年だが、71歳以上は3年間と短くなっている。それを、たとえば76歳以上はさらに短縮する。そうすれば、認知機能検査を毎年、もしくは2年に1度受けることになる。認知機能の低下が早めにわかれば、免許取り消しなどにして事故の未然防止につなげられる。

 ネット上では、高齢者の免許は早く取り上げて、タクシーを使わせたり、高齢者は公共交通機関が整った都市部への移住をさせればよい、といった意見を少なからず見るのだが、あまりに想像力が足りなさすぎる。タクシーが数多く走っている地域ばかりではないし、お年寄りにも居住の自由がある。住み慣れた所から移住させるだけで認知症になったり、症状が悪化する人もいる。望んでいない人に移動を強いるのは、人権侵害にほかならない。

 高齢者の移動の自由や生活の質をできるだけ保ちつつ、技術の進化を取り入れ、制度を改善して事故防止策を考えていく。そういう複眼的な発想や議論が大事だと思う。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


Facebook:shokoeg

Twitter:@amneris84

池袋「87歳暴走」事故から江川紹子が考える、高齢者運転事故を防ぐために必要な議論のページです。ビジネスジャーナルは、社会、, , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!