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“国産”エルピーダメモリを倒産させた坂本幸雄元社長、中国半導体大手の副総裁に就任

文=有森隆/ジャーナリスト
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坂本幸雄氏(写真:AP/アフロ)

 11月16日付日本経済新聞朝刊に掲載された中国・北京発の以下記事が波紋を広げている。

<中国半導体大手の紫光集団は11月15日、かつて日本の半導体大手であったエルピーダメモリ(現マイクロンメモリジャパン)の坂本幸雄元社長(72)を、高級副総裁に起用すると発表した。(略)日本子会社の最高経営責任者(CEO)も兼務する。紫光は、中国の半導体産業の競争力向上を目指す中国政府の後押しを受けている。坂本氏の起用は、同氏が持つ多くの経営ノウハウや人脈を最大限活用する狙いとみられる。(略)紫光の趙偉国董事長兼CEOは「坂本氏の加入は紫光のイノベーションの力を増強することに疑いはない。グローバルでの成長と、事業の現地化戦略を体現するものだ」と強調した。坂本氏も「日本事業を全力で拡大し、紫光のグローバル成長を支援していく」とのコメントを発表した>

 この記事を書いた記者は、坂本氏がどんなことをやって、多くの人に迷惑をかけたのかを知っていたのだろうか。坂本氏がエルピーダメモリの経営危機に際して、敵前逃亡し、自殺者まで出たことをきちんと知ったうえで、この記事を書いているのだろうか。

 まず、新会社設立をめぐるドタバタ劇から再現することにする。書く側が、物忘れが上手である必要はない。

サイノキングテクノロジー社設立に関するドタバタ劇

 2012年2月に経営破綻した半導体メモリー大手、エルピーダメモリの社長だった坂本氏が、日本の技術と中国の資金を活用して先端半導体の開発・量産に乗り出す、と2016年2月に報じられた。NHKが2月20日午後6時のニュースで、続いて2月22日付日経新聞朝刊が伝えた。「本当なのか」と首をかしげる向きが少なくなかった。これまでも大ボラを吹いて、メディアを手玉にとってきた過去があるからだ。

 やっぱりというべきだった。2月24日午後1時から開催される予定だった次世代メモリー設計開発会社発足の記者会見は中止になった。中止の理由は報道に対する対応に追われているからだという。事前にメディア、それも日経新聞に情報を流して前景気を煽るのが坂本氏の常套手段だが、墓穴を掘ってしまったようだ。日経の記事はこんな内容だった。

坂本氏が社長を務める半導体設計会社はサイノキングテクノロジー。日本と台湾の技術者合計10人で立ち上げ、今後は日台と中国を中心に設計や生産技術の担当者を採用して1000人規模の技術者集団にする。新会社は中国安徽省合肥市の地方政府が進める約8000億円をかけた先端半導体工場プロジェクトに中核事業として参画する。サイノ社側が次世代メモリーを設計し生産技術を供与する。第1弾として、あらゆるものがネットワークにつながる「IoT」分野に欠かせない省電力DRAMを設計し、早ければ17年後半に量産する>

 青写真は壮大だったが、発足会見は中止に追い込まれた。日経の記事は、<サイノ社が設計・生産技術に特化し、数千億円規模の投資が必要な半導体工場の資金負担は中国に任せる国際分業の新しい形態を模索する>となっている。「模索」の段階で、坂本氏は大風呂敷を広げ過ぎたのではないのか。

「サイノキングテクノロジーリミテッド、およびサイノキングテクノロジージャパン株式会社のCEO(最高経営責任者)には、私、坂本幸雄が就任しました。サイノ=中国の、キング=王、つまり『中国で圧倒的に優れたDRAMを作っていきたい』というコンセプトのもとに生まれた会社です」

 サイノキングテクノロジージャパンのHPで、坂本氏はこう書いていた。「今後、日本と台湾とで、計二百数十名のengineerを採用していきます。このメンバーの経験と技術力を核とし、2017年中に日本、台湾、中国合わせ、1000人規模のエンジニアを有するメモリー開発会社にする計画です」と坂本氏は綴る。しかし、会社概要に資本金の記載がないのである。この一点をもってしてもケッタイな会社、不可解なプロジェクトだということがわかる。

再建請負人が倒産させたエルピーダメモリ

 坂本氏は1970年に日本体育大学体育学部を卒業し、高校野球の監督になるという夢が破れ、義兄の紹介で半導体メーカーの日本テキサス・インスツルメンツ(TI)社に入社した。体育会系で半導体に関する知識もなく、倉庫係として資材の出入庫から学び始めたというのが、自慢だ。

 徹夜もヘッチャラというタフな働きぶりが認められ、TI副社長に上り詰めた同氏は、その後、半導体事業の再建請負人となる。神戸製鋼所の半導体本部長、台湾の半導体メーカーの日本法人、日本ファウンドリー(のちのUMC JAPAN)社長を務めた。

 その手腕を買われて2002年、DRAMで世界第3位のエルピーダメモリの社長に招かれた。エルピーダは1999年に日立製作所とNECのDRAM(半導体を使用した記憶素子)事業を統合して発足。その後、三菱電機の事業も譲り受け、国内唯一のDRAMメーカーとなった。2009年に改正産業活力再生法(産活法)の適用第1号に認定され、300億円の公的資金を得た。

 だが、サムスン電子とSKハイニックスなど韓国勢とのシェア争いに敗北。市況悪化も重なり、12年2月に会社更生法を申請した。負債総額は4480億円に上った。法的処理の過程で、坂本氏は“計画倒産”を仕組んだのではないか、との悪評を買った。自ら管財人に就いて、米半導体大手マイクロン・テクノロジーにエルピーダメモリを売却した。13年7月、マイクロンによる買収が完了。エルピーダはマイクロンメモリジャパンに社名を変更した。

 倒産のあおりを受けて連鎖倒産した中小企業の経営者が自殺した。株券が紙きれになった株主は激怒。「経営破綻が予見できたのに、その直前に資金調達計画を発表。会社が存続するかのようにみせかけたのは不当だ」として、坂本氏ら旧経営陣を相手取り1億5000万円の損害賠償請求訴訟を起こした。

 しかし、坂本氏は批判なんかどこ吹く風。『不本意な敗戦 エルピーダの戦い』(日本経済新聞出版社)を出版。自分の経営は間違っていなかったと自画自賛した。当然、被害者の怒りは増幅した。

エルピーダ争奪戦

 2016年1月4日放送の『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)は、同番組放送開始10周年の特別番組だった。「よくも悪くもいろいろあった10年。挑戦を続けるプロたちを描く」というテーマで放送され、坂本氏が登場した。NHKは同番組で全盛期の坂本氏を取り上げていたから、エクスキューズをするために再び取り上げた、と噂された。

「日経ビジネス」(日経BP社)も坂本氏には優しかった。取材メモをひっくり返してみたら、2012年2月2日に坂本氏は2011年4~12月期決算を発表している。<坂本社長は「資金繰りに問題ない」と語った>と同誌は書いている。同じ会見に出た朝日新聞は<資金繰りは厳しい>と報道していた。まずいと思ったのだろう。日経の記者は2月27日の倒産会見で坂本氏に「決算発表では『資金繰りに問題ない』と言っていたではないか」と詰め寄った。すると坂本氏は「3月末までは大丈夫と我々は考えていたが、その先はリファイナンス(金融機関からの借り換え)が難しいとわかった。今が(会社更生法申請に)ベストタイミングだと判断した」と言ってのけた。「経営責任」の四文字が欠落しているような姿だった。日経グループは坂本氏を「名経営者、戦う経営者」と持ち上げてきた。

 会社更生法の申請にあたって主要取引銀行の三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、みずほコーポレート銀行、住友信託銀行(いずれも当時の行名)の同意を取り付けていなかった。金融団は寝耳に水だったようだ。

 エルピーダメモリには公的資金が注入されていた。2010年に会社更生法を申請した日本航空では当時の西松遙社長は引責辞任したが、坂本氏は居座った。前出『プロフェッショナル』では「最終責任を全うするために坂本は苦渋の選択をした」などと、かっこいいナレーションを彼の姿にかぶせていた。

 エルピーダは経済産業省の役人のインサイダー疑惑の舞台になった会社でもある。2012年2月27日の倒産会見で坂本氏は「(メディアが)どこかから聞いてきた話をすぐ記事にしたことが、どれだけ我々の提携環境を阻害したことか」と痛烈に批判。本来成功したはずの提携交渉が進展しなかったのはマスコミのせいだと八つ当たりし、会場に失笑が漏れた。報道によって「提携がダメになった」との批判は、天に唾するようなものだったからである。

 たしかに坂本氏はモーレツ経営者だったが、経営力には疑問符をつける向きが多かった。

「パソコン用DRAMは価格が急落したが、スマートフォン用は十分収益を挙げていた。エルピーダは旧来のパソコン用の生産ラインのまま。スマートフォン時代に取り残された。戦略ミスが倒産の最大の原因だ」(業界関係者)

 取引銀行は「実効ある再建計画を打ち出せなかった」と不信を口にした。エルピーダメモリの米マイクロンによる買収は、最初から不可解なことばかりだった。倒産したエルピーダの坂本社長が管財人となり売却先を決めたため、“出来レース”の疑惑がつきまとった。坂本社長と親密な関係にあるマイクロンを支援先に決定したことから、こうした批判が沸き起こった。

<ヘッジファンドのリンデン・アドバイザーズやオウル・クリーク・アセット・マネジメント、タコニット・キャピタル・アドバイザーなど社債権者20社は「エルピーダの企業価値は、管財人(=坂本氏)が査定した2000億円ではなく、3000億円に上る」と主張。マイクロンへの売却提案は透明性を欠いているとして、独自の再建案を東京地裁に提出した。

 社債権者グループのメンバーは、スポンサーを選定する入札手続きについて、「全くの出来レース。マイクロン以外のスポンサー候補にはデューデリジェンス(資産査定)に必要な情報が提供されなかった」と強く批判。「坂本氏はマイクロンから再建後のポストを用意されており、あらかじめ手を握っていたマイクロンに有利になるようにスポンサーの選定手続きを進めたのではないか」と“密約説”を口にした>(2012年8月28日付「日経ビジネスオンライン」記事)

 エルピーダの争奪戦には一時、東芝や韓国SKハイニックスが参戦。米中ファンド連合も伏兵として現れ、激しい駆け引きが演じられた。だが、舞台裏を追うと、支援企業は最初からマイクロンに決まっていた出来レースだったことがわかってくる。

 出来レースを可能にしたのは、2009年から導入されたDIP型と呼ばれる新しい会社更生手続きだった。DIPは「占有継続債務者」と訳されている。破綻企業の経営陣が退陣せず、更生計画に関与するのが最大の特徴である。DIP型では破綻した企業の社長が管財人になる。一人二役である。管財人は、支援企業の選定に大きな影響力をもつ。もし、公平性などない人物が管財人になれば、スポンサー選びは意のままだ。

 再建のスピードを上げるために導入されたDIP型会社更生手続きが、経営者の保身のための出来レースに悪用されることがあるなどということを、これを導入した司法官僚は考えていなかったに違いない。

裏切りの数々

 まず、株式市場を欺いた。2012年2月23日に、「3月28日に臨時株主総会を開催し、日本政策投資銀行の優先株の償還に備えるための減資などの議案を付議する」と発表した。資金不足を回避して、会社を存続させる意思表示と受け止めた株式市場に安堵感が広がった。

 ところが、取引所の営業日で数えると2日後の2月27日に会社更生法を申請した。市場はパニックに見舞われ、翌28日には、売りが殺到して売買が成立せずストップ安。29日の前場(午前中)の終盤に5円でやっと売買が成立した。直後に4円まで下げたが、その後切り返し、終値は7円。247円安、97.2%のマイナスだった。3月28日に上場廃止となり、株券はただの紙屑となった。

 次に欺かれたのが銀行団だ。2月23日、銀行団に返済期限の近づいた融資の3カ月間の繰り延べを求めるなど、自力での事業継続への意欲を見せていた。それなのに翌24日には、主要4行の口座から預金、250億円が引き出され、取引がなかった、りそな銀行に移し替えられた。融資と預金が相殺されないようにするための措置だ。資金を確保した上で、事前の調整どころか、正式な通告すらないまま、27日に更生法の申請に踏み切った。銀行には「寝耳に水」。金融機関との信頼の糸は完全に切れた。

 マスコミの信用も失った。27日の倒産会見で坂本氏は「(メディアが)どこかから聞いてきた話をすぐ記事にしたことが、どれだけ我々の提携環境を阻害したことか」と痛烈に批判。本来成功したはずの提携交渉が進展しなかったのはマスコミのせいだと八つ当たりして、失笑を買ったことはすでに書いた通りである。

 エルピーダは2009年に改正産業活力再生法(産活法)の適用第1号に認定され、300億円の公的資金を得ていた。倒産で最大277億円のツケが国民に回ったことになる。公的資金を焦げ付かせた企業のトップが続投した例は皆無である。会社更生法の申請代理人の弁護士は「半導体業界は高度の専門性が必要。(坂本氏に)再建を全うしてもらうことが経営責任につながる」と述べたが、彼にどのような高度の専門性があったのだろうか。

「日経ビジネス」(2019年12月2日号)は<元エルピーダメモリの坂本氏を起用 中国がDREM国産化に執念>という記事を載せた。

<国内のオフィスに最大100人程度の設計者を集め、中国・重慶市で量産するDRAMを設計する。日本の半導体産業の栄枯盛衰を知る坂本氏の起用からは、中国のDRAM国産化への執念が垣間見える>

 エルピーダの倒産時にメインバンクのバンカーは「坂本さんには技術の先を見る目がなかった」と吐き捨てた。同記事では<坂本氏は周囲から「会社を潰した張本人」と見られてしまう>と書かれているが、詳述したように坂本氏は会社を潰し、敵前逃亡した張本人なのである。

(文=有森隆/ジャーナリスト)

有森隆/ジャーナリスト

有森隆/ジャーナリスト

早稲田大学文学部卒。30年間全国紙で経済記者を務めた。経済・産業界での豊富な人脈を生かし、経済事件などをテーマに精力的な取材・執筆活動を続けている。著書は「企業舎弟闇の抗争」(講談社+α文庫)、「ネットバブル」「日本企業モラルハザード史」(以上、文春新書)、「住友銀行暗黒史」「日産独裁経営と権力抗争の末路」(以上、さくら舎)、「プロ経営者の時代」(千倉書房)など多数。

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