UAE、国民を火星移住と発表…大林組、木星入口までの宇宙エレベーター実現へ構想着手
新国立競技場も完成し、2020年の東京オリンピックは開会に向けて秒読み段階に入ってきた。クーベルタン男爵が唱えたように、オリンピックはスポーツの記録を競うだけではなく、さまざまな文化や技術の交流の場でもある。食文化や伝統芸能で海外からの客人をおもてなしすべく、わが国では官民挙げての準備が進んでいる。
7月から8月という夏場の開催となるため、暑さ対策にも注目が集まっている。マラソンや競歩は北海道での開催となったが、東京周辺ではミスト散布はいうに及ばず、清涼感を演出する香りを織り込んだ扇子の配布など、日本の最先端技術と伝統文化を融合させての「おもてなし」の工夫が随所に張り巡らされる予定である。
なかでも圧巻と思われるのは「宇宙ビジネス」の出発点にしようとの試みであろう。国内外で宇宙への関心が急速に高まっている流れを受け、東京オリンピックの開会式では、人工流星群が東京の空を五色豊かに彩る予定だ。オリンピックの歴史上、初の試みである。「もはや花火の時代ではない」というわけだ。すでに岡山県や広島県での実験が進んでおり、トヨタ自動車が中心的な役割を演じている。同社幹部によれば、「自動車だけを製造していては食っていけない」という。
トヨタは東京五輪の開会式では空飛ぶ車で聖火台への点灯も準備しており、流星群の演出と組み合わせ、新たな宇宙ビジネスへの野心的な取り組みを次々に明らかにしている。結婚式や各種イベントを盛り上げるため、これからは花火の代わりに流星群を広めようという発想に違いない。軌道に乗れば、日本発の新宇宙ビジネスになる可能性を秘めている。
通信衛星、アメリカと中国だけで5万機が計画
近年、宇宙ビジネスの範囲は想像を超えるスピードで拡大を続けている。観測衛星だけで現在2000億円の市場が形成されており、今後は毎年10%の成長が想定されているほどだ。何しろ、大型衛星に使用されているデジタルグローブの解析能力では、地上にあるものが31cmまで鮮明に識別できる。小型衛星コンステレーションの場合でも、低軌道から地上にある3~5mの物体の解析が可能という。こうした衛星の力を活用し、GPS機能を高めることで、自動車メーカーは自動運転の領域を確実に拡大しようと目論んでいる。また、ドローンの性能も飛躍的に伸びると期待は高まる一方だ。
通信や放送用の衛星も打ち上げが飛躍的に増加している。昨今話題の5G(次世代通信システム)用の通信衛星は、アメリカと中国だけですでに5万機の打ち上げが計画中である。静止衛星や大容量の通信衛星はいうまでもなく、小型の衛星コンステレーションも20年だけで1万機を超える打ち上げが予定されている。
加えて、測位衛星もGPS(現在は第2世代)の利用が拡大するにつれ、欧州の「ガリレオ」、ロシアの「グロナス」、中国の「北斗」、日本の「準天頂」など、世界各国が打ち上げにしのぎを削っている。日本では「みちびき」が有名だが、23年には7機体制で通信の安定と性能向上を目指す計画である。
こうした宇宙ビジネスへ積極的に進出している企業はトヨタに限らない。無重力体験を売り物にするスペース・バイオ・ラボラトリーズ、赤潮や黒潮の観測を専門に漁業支援サービスを得意とするウミトロンなど、多くの企業が多様なサービスを提供している。
また、中東地域で油田開発の掘削リグで実績を上げてきたアストロオーシャンでは、このところ休眠中のリグが増えてきたため、洋上から打ち上げるロケットや宇宙機の発射台建設事業に参入するようになった。キヤノン電子は和歌山に新たな宇宙観測基地を建設し、得意の電子望遠鏡技術で解析する電子データを売り出そうとしている。宇宙観光も視野に入ってきており、PDエアロスペースでは近未来の宇宙旅行を視野に宇宙空間ホテルの整備に余念がない。しかし、世界が最も注目している宇宙ビジネスのパイオニアは、後述するとおり大林組であろう。
洋上からの衛星ロケット打ち上げ
30年までに小型衛星の打ち上げ市場は13兆円に達すると予想される。ところが、約半分に相当する6兆円分は供給不足になる模様だ。要は、小型ロケットの開発や製造は急ピッチで進んでいるのだが、打ち上げ施設が追いつかないのである。これではせっかくのビジネスチャンスが活かされない。
そのため、新たに登場するようになってきたのが海洋掘削リグの再活用である。現在、海洋掘削リグは市況低迷の影響で40%が待機状態に陥っている。その結果、作業量はピーク時の半分に減少。中古市場に至っては1基数億円にまで下落してしまった。ロシア、インド、カザフスタンといったロケット打ち上げ基地の老舗ではいずれも満杯状態で、新たな受注ができない。
そこで、地上ではなく洋上からの衛星ロケットの打ち上げという可能性が模索されるようになったというわけだ。大林組は海洋掘削リグを活用したロケットの海上打ち上げビジネスで世界をリードする立場を確立した。実は、中国も同じ考えに立ち、海上発射台の建設に邁進している。今後は、この分野での日中の競合が加速しそうである。
中国は現代版シルクロードと呼ばれる「一帯一路構想」を推進している。アジアとヨーロッパ、そしてアフリカや南米にまで道路、鉄道、港湾などインフラ整備を進め、新たな巨大な経済圏を生み出そうというものだ。最近では、サイバー空間から宇宙にまで拡大する意図を鮮明にしている、まさに「宇宙シルクロード」プロジェクトである。
この構想を実現する上で、重要な役割を期待されているのが「宇宙エレベーター」にほかならない。材料となるカーボンナノチューブの開発が進んだため、宇宙エレベーターの実現は今や秒読み段階に入ったといっても過言ではない。日本は50年を目標に宇宙エレベーター建設計画を進めている。建設場所はエレベーターの長さを最短にでき、台風や雷など自然災害のない赤道上の公海が想定される。
JAXAのH-2AロケットやNASAのスペースシャトルと比べ、宇宙エレベーターであれば物資輸送コストは大幅に軽減される。しかも、化学燃料を使い大気圏脱出に大きな推力とエネルギーを必要とするロケットと違い、宇宙エレベーターの場合は宇宙空間では太陽光や太陽プラズマを電力に変換して推力にできるため、エネルギー効率が格段に高まるメリットがある。
その上、オゾン層の破壊もあり得ないし、宇宙ゴミも発生しない。大林組は火星への入り口となる地上から5万7000kmを超え、木星への入り口となる9万6000kmに達する宇宙エレベーターの構想を進めている。時速500kmで移動するため、宇宙ステーションには3~4日で到達できる。日本政府の支援の下、完成目標は50年である。
しかし、後発の中国は「45年に完成させる」と宣言。49年に共産党国家の建国100周年を迎える中国の大胆な試みである。日本のネックは1基10兆円から20兆円と見られる高額な建設費である。中国は100兆円規模の資金を投入する意向を示しており、先行していた日本は厳しい開発競争に直面している。平和な宇宙開発という観点からいえば、日中の協力が欠かせないと思われる。20年3月末に国賓として来日する予定の習近平国家主席であるが、安倍首相との間で宇宙の共同開発にどのような協議を展開するのか、大いに期待と注目が寄せられている。
半世紀前、こうした宇宙開発は旧ソ連が先頭を走っていた。その後、1970年代にはアメリカが取って代わった。筆者の友人でもあった未来学者アーサー・クラーク氏が宇宙エレベーターを最初に提唱した人物である。アメリカの航空宇宙産業界はNASAの支援を受け、その実現に取り組んだ。しかし、財政難のため2010年についに計画を断念してしまった。
その後、アメリカに代わって、宇宙エレベーター開発に参入してきたのが中国である。19年6月、スペインのマドリードで開催された「宇宙エレベーター開発研究国際会議」に大デレゲーションを送り込み、主要な研究発表を行ったのは中国であった。欧米や日本と比べ、宇宙開発にかける中国の本気度と凄みを感じさせられる。「宇宙シルクロード」は単なるスローガンや夢物語ではなさそうだ。
UAE、国民の1割を火星に
もちろん、宇宙ビジネスに本気で取り組んでいる国はほかにも存在する。例えば、中東のアラブ首長国連邦(UAE)である。17年、「世界政府サミット」の場において、同国政府は国家プロジェクトとして「2117年までに国民の60万人を火星に移住させる」と発表した。2019年12月2日のUAEの建国記念日レセプションでも駐日大使が同様の発言を行い、日本人の間で、UAEの宇宙ビジネスを強く印象づけたものである。ちなみに、UAE初の国産衛星は三菱重工業が受注している。日本とUAEの宇宙ビジネス協力は着実に進んでいる。
同国の指導者は言う。
「現状のような地球温暖化が進めば、人類も地球も遅かれ早かれ終末を迎える。できる限り早く、地球以外の惑星への移住が必須となる。火星には水も確認されており、気象条件も悪くない。重力も地球の3分の1程度で、月よりはるかに暮らしやすい」
最初は国民の1割だが、順次すべての国民を火星に移住させるという。国を挙げての地球脱出計画を正式に発表したのはUAEが人類の歴史上初のことである。火星にはレアメタルが豊富に存在していることが確認されており、精錬作業を必要としない貴金属の宝庫と目されている。小国とはいえ、中東世界で資源開発に成功してきたUAEならではの宇宙資源開発戦略が読み取れる。
世界最高の高さ163階のブルジュ・ハリファを擁するUAEでは、20年のドバイ万博の機会に同タワーを使った宇宙エレベーターの模擬デモンストレーションの準備も進めている。もちろん、アメリカも中国も火星には着目しており、今後は火星探査レースや移住計画が加速するに違いない。
「銀河鉄道999(スリーナイン)」で宇宙への旅立ちに想像力で先鞭をつけた日本のがんばりが求められる。幸い、わが国にはJAXAの技術的蓄積もあれば、日本学術会議のマスタープランも存在する。加えて、トヨタや大林組など大企業とALEなど新興企業の協力が実現すれば、日本発の宇宙ビジネスの飛翔が大いに期待できそうだ。
(文=浜田和幸/国際政治経済学者)