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片田珠美「精神科女医のたわごと」

新型肺炎、一億総“過剰反応”の原因…厚労省は早急にロシュ製検査キットを導入すべき

文=片田珠美/精神科医
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写真:Featurechina/アフロ

 新型コロナウイルスに対する不安が日本中に広がり、社会全体が不安障害になってしまったかのような様相を呈している。「一億総不安社会」とも呼べるほどだ。

 不安は、精神分析では「危険に対する反応」としてとらえられる。危険を察知するからこそ不安を覚えるのであり、それによって身を守る行動をとることができる。「盲目の人は蛇を怖がらない」という意味のことわざがあるが、目の前に危険な事態があることを認識できないと、危険を回避するために必要な対策をとれない。だから、不安は危険を警告するサインであり、自己防衛のために人間にそなわっているのだと考えられる。

 ところが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」という言葉通り、不安が強くなり過ぎて、過剰反応を起こす人が少なくないように見受けられる。

 たとえば、福岡市地下鉄で2月18日、せき込んでいるのにマスクをしていないとして乗客どうしが口論になり、非常通報ボタンが押され、ダイヤが乱れるトラブルがあったという。非常通報ボタンを押した乗客は、自分が感染するのではないかという不安が強く、とっさの判断で行動したのかもしれないが、パニックになって過剰反応を起こした可能性も否定できない。

 それだけ日本社会全体に不安が蔓延しているわけで、これは危険を察知しているからだろう。何しろ、中国では死者が2500人を超えたし、韓国やイタリアでも感染者と死者が増え続けている。イタリアでは、一部自治体が封鎖される事態になったらしい。わが国でも感染者、とくに感染経路が不明の患者が増え続けていることを考えると、こういう反応をするのは、仕方がないともいえる。

 ただ、不安が強くなり過ぎて過剰反応を起こすと、落ち着きがなくなったり、怒りっぽくなったりして、日常生活に支障をきたしかねない。そこで、なぜ不安が強くなるのかを分析し、少しでも不安を和らげるための処方箋を提案したい。

不安が強くなる原因

 これほど不安が強くなる原因として、主に次の4つが考えられる。

1)ウイルスは姿が見えない

2)水際対策が成功しているようには見えない

3)いつまで続くかわからない

4)感染によって受けるかもしれない「バイ菌」扱い

 まず、1)ウイルスは姿が見えないので、どこに存在するのかも、誰が感染しているのかも、わからない。だから疑心暗鬼になり、マスクをせずにせきをしている人が近くにいると不安になる。

 そのうえ、自分自身が感染しているのではないかという不安にもさいなまれる。こういう不安を抱いている方が多いのか、最近患者さんから「自分がコロナウイルスに感染しているかもしれないと思ったら、どこに行けばいいですか?」という質問を受けることが多い。心療内科や精神科に通院中の方は人一倍不安が強いので、そのためかなと思っていたら、眼科の開業医も同じような質問をしばしば受けるらしい。内科医が、糖尿病や呼吸器疾患などを抱える患者の不安に対応するのに疲れ果てているとも聞く。

 姿が見えないウイルスの存在を把握するには、検査(PCR法)でウイルス遺伝子の有無を確認するしかないのだが、この検査の要件がなかなか厳しい。現時点では、風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続き、倦怠感や呼吸困難もある場合でないと検査を受けられない。なかには、風邪の症状と発熱が続いていて、保健所に設置されている「帰国者・接触者相談センター」に電話したものの、結局検査を受けられず、“たらい回し”にされたと感じている方もいるようだ。

 2)水際対策が成功しているようには見えないことも大きいだろう。市中感染が疑われる患者が増えており、水際対策が失敗したのは明らかだ。そのうえ、集団感染が起きたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の乗客のなかには、下船時には陰性だったのに、下船してから帰宅後に発熱し、陽性と判明した方もいる。この方は公共交通で帰宅したそうだが、それが適切だったのかと疑問を抱かずにはいられない。

 3)いつまで続くかわからないことも、不安をかき立てる。武漢が封鎖されてから1カ月が経つが、一向に収束する気配がない。そのため、今後も感染が拡大するのではないか、場合によっては東京オリンピックに影響を与えるのではないかという不安が頭をもたげる。

 自分自身が感染したら受けるかもしれない4)「バイ菌」扱いも、不安を募らせる。武漢から政府のチャーター便で帰国した人あるいは「ダイヤモンド・プリンセス号」の乗員・乗客への対応に当たった医師や看護師らが、職場で「バイ菌」扱いされることがあるらしい。それに対して抗議する声明を日本災害医学会が出したのだが、この話を聞いて、私は暗澹たる気持ちになった。感染の可能性がある人に対応しただけで「バイ菌」扱いされるのだから、自分自身が感染したら、何を言われるか、わからない。こうした「バイ菌」扱いは明らかに過剰反応なのだが、これも不安を増幅させる重要な要因だろう。

不安を和らげるための処方箋

 このように不安をかき立てる要因がいくつもあり、払拭するのは難しい。そこで、不安を少しでも和らげるために次の2つを実行することを提案したい。

A) 検査体制の整備

B) 軽症者に関する報道

 やはり、検査を受けたいのに受けられず、疑心暗鬼になっていることが不安に拍車をかけている。一方、検査を受けて陽性とわかった人を隔離するという対策がきちんと行われているとわかれば、大衆の不安は和らぐはずだ。

 そのためには、まず何よりも検査体制を整備しなければならない。現時点で検査ができる機関は限られているので、それを増やすべきだ。スイスの製薬会社「ロシュ」が開発した遺伝子検査キットを使えば、喉の粘膜をとるだけで簡単に検査できるのに、なぜか厚生労働省は導入しようとしない。

 お金はかかるかもしれないが、国民の安全のため、そして不安を和らげるために必要なことだと思う。1日も早く「ロシュ」の検査キットを導入すべきである。

 日本での感染者を診察した医師の報告によれば、新型コロナウイルスに感染しても、その多くは軽症で回復するという。また、中国の感染者のデータを分析した世界保健機構(WHO)の報告でも、80%以上は軽症で、致死率は2%程度らしい。

 もちろん、高齢者や持病を持った方は重症化することもあるので、気をつけるにこしたことはない。それでも、軽症者が圧倒的に多いのは統計的事実なので、その事実をメディアはもっと報道しなければならない。

 感染者のプライバシーに配慮しながら、どのような症状が出て、何日間くらい続いたのか、どういう治療を受けて回復したのかといったことを伝えるべきだと思う。そうすれば、不安が和らぐのではないか。

 いたずらに不安をあおる報道ばかりでは日本社会全体が「コロナ疲れ」に陥るのではないかと危惧せずにはいられない。

参考文献
ジークムントフロイト「制止、症状、不安」井村恒郎訳(『フロイト著作集第六巻』人文書院)

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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