中国のほか、国境を接する韓国でも新型コロナウイルスによる肺炎患者が増加するなか、北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は、韓国で感染が広がっていることを詳しく伝える一方、「幸いにも、わが国にはまだ新型コロナウイルスによる肺炎は入ってきていない」と強調している。が、その実、北朝鮮では2月に入り、新型コロナウイルス感染者が増加し、すでに1000人を超えており、死者は少なくとも10人に達しているとの情報が伝えられている。
金正恩指導部は感染の拡大に強い危機感を抱いており、2月8日の建軍記念日の軍事パレードを中止にしたほか、例年とは違って、金正日党元総書記の誕生日(16日)を祝う中央報告大会も開かれなかった。さらに、金日成元主席の生誕記念日である4月15日の「太陽節」を記念して毎年4月に開催され「平壌国際マラソン大会」を中止にしたことも明らかになっている。
北朝鮮国内では感染拡大により、国境封鎖しており、中国からの物資も滞りがちで、食料品や日常生活用品の価格が上昇するなど、市民は北朝鮮指導部の無策ぶりを嘆くばかりだという。
北朝鮮問題専門サイト「デイリーNK」によると、北朝鮮の政府機関で対中貿易を担当する係官2人が1月中旬、中国遼寧省丹東市でウイルスに感染、北朝鮮に帰国後、首都・平壌で新型肺炎を発症。医療従事者が感染し、一般市民にも拡大。国遼寧省の大学に留学していた20代の北朝鮮の男子学生と、この学生の母親の50代女性が発熱と咳を訴え、入院して隔離されたが、1月下旬に死亡したという。
感染は朝鮮人民軍にも波及しており、米国の衛星画像で、平壌市郊外の軍事基地などでの軍事パレードの訓練が実施されていたことがわかっているが、2月8日の建軍記念日の閲兵式も中止に追い込まれるなど、事態は深刻化している。軍兵士は同じ兵舎で寝食を共にしており、濃厚接触が起こりやすく、今後も新型コロナウイルスの感染が拡大するとみられる。
貴重な外貨源であるマラソン大会すら中止
最高指導者の金正恩朝鮮労働党委員長は1月26日の記念行事参加以降、ほぼ3週間姿を見せなかった。2月16日の金正日党総書記の誕生日には、ようやく腹心の幹部だけを連れて、金元総書記と金日成元主席の遺体が安置されている平壌の錦繍山太陽宮殿を参拝するのにとどまり、大規模な慶祝行事は行われなかった。
一方、中国・北京にある北朝鮮専門旅行会社「高麗ツアー」などは21日までに、自社ホームページで「北朝鮮内の協力者から平壌国際マラソン大会が中止になったという連絡を受けた」と伝えた。中止の理由については、「新型コロナウイルス感染を防ぐための国境封鎖の一環」と説明した。
同マラソン大会は、2014年からは外国人の参加も認められている。今年は4月12日に開催される予定だった。昨年の大会には前年より約2倍多い、1000人あまりの外国人が参加したとされる。今年は中国や韓国など隣接した地域で新型コロナウイルスの感染が拡大していることから、大会を開催して多くの外国人が入国することを懸念したものとみられる。マラソン大会は貴重な外貨源だが、それも中止するほど、北朝鮮では新型コロナウイルスの流行が深刻化しているためとみられる。
このような鎖国状態を続けるなかで、物価はうなぎ上りだ。デイリーNKによると、1月初めに4200北朝鮮ウォン(100北朝鮮ウォンは1.2円)だった小麦粉は6175北朝鮮ウォンに5割以上値上がりし、9350北朝鮮ウォンだった大豆油は1万5570北朝鮮ウォンと7割の割高に、5250北朝鮮ウォンだった砂糖は6400北朝鮮ウォンと22%も値段が上昇した。
その一方で、中国に密輸するはずだったスケトウダラが輸出できなくなり市場に逆流したことで、1キロの価格が3000〜4000北朝鮮ウォンも下落し、1万500北朝鮮ウォンで売られているなど、値崩れもが激しく、市民生活を直撃しているほどだという。貿易の9割以上を中国に依存する北朝鮮は、このままだと国が持たない状況が現実化している。
北朝鮮の防疫担当部門は市民に対して「水は沸かして飲め、手を洗え、(他地域への)住民の移動を禁止する」と通達。現地の市民は、市場で抗生剤と解熱剤を市場で購入して、感染に備えているものの、市民の間では「中国でも治療できないのなら、わが国(北朝鮮)では完全に不治の病だ。わが国はもう終わりだ」との言葉も聞かれているという。
(文=相馬勝/ジャーナリスト)