前立腺がん治療において手術後7年の非再発率が99.1%――。
そんな驚異的な成果を示す論文が、2月28日付けの医学誌「ジャーナルオブコンテンポラリーブラキセラピー(Journal of Contemporary Brachytherapy)」に掲載された。電子版には、それに先立つ1月19日に掲載されている。
論文を発表したのは、前立腺がんに対する小線源治療のパイオニアである岡本圭生医師である。今回、公表された最新の論文は、2005年から16年の期間に、同医師が中間リスクの前立腺がん患者397人に対して実施した小線源治療の成績を報告したものである。
前立腺がんは、原則として低リスク、中間リスク、高リスクに分類される。診断ではPSA検査が広く用いられている。これは前立腺がんの腫瘍マーカーで、PSA値が4ng/ml を超えると前立腺がんの疑いがあり、精密検査の対象となる。精密検査により前立腺がんと診断された場合、PSA値が10ng/mlから20ng/mlの範囲に入ると、分類上、中間リスクの条件をひとつ満たすことになる。ほかにもがんの悪性度や進行度によっても、リスク分類が分かれる。
ちなみに中間リスク前立腺がんは、前立腺がんのなかでもっとも頻度の高いリスク分類になる。中間リスクでは、一般的な外科手術(ロボット手術)や外部照射放射線療法を受けた場合、30%程度が完治せず再発することが知られている。
前立腺がんは“死の病”ではなくなった
小線源治療は、放射線を放つ放射性物質を包み込んだシード線源と呼ばれるカプセルを前立腺に埋め込んで、そこから放出される放射線でがん細胞を死滅させる治療法だ。1970年代に米国で始まった療法で、その後、改良を重ねて日本でも今世紀に入るころから実施されるようになった。
岡本医師は、岡本メソッドと呼ばれる独自の小線源治療を開発し、昨年12月まで滋賀医科大学医学部附属病院で治療に携わっていた。その間、1238例の小線源治療を実施した。17年に同誌に発表した論文では、リンパ節転移を起こしたケースを含む高リスク前立腺がん患者における5年後の非再発率が95.2%とする治療成績を発表していた。
今回、中間リスクの前立腺がん患者の7年後の非再発率が99.1%と報告されたことの意味を、もう少し掘り下げてみよう。
前立腺がんの治療には、小線源治療のほかに全摘出手術や外部照射療法などがある。なかでも現在、もっとも広く行われているのが、ロボットを使った全摘出手術である。小線源治療の場合、ホルモン治療や外部照射を組み合わせて治療を行う場合もある。
実際、岡本医師による治療でも特に治療導入の初期症例であった186例(46.9%)の患者にホルモン療法が適用されていた。しかし、12年からは、中間リスクの患者に対するホルモン療法は、治療上のメリットがないことと副作用の観点から中止とした。また、外部照射についても岡本メソッドの完成、つまり小線源治療そのものの技術精度が高まったことにより、行う必要がなくなったと論文で報告している。
現在の岡本メソッドでは、中間リスクの患者に対しては、ホルモン療法も外部照射療法も併用する必要がないという。これも古典的な小線源治療とは異なる点である。つまり、中間リスクの前立腺がんでは小線源治療だけで完治することを実証したわけであるが、その鍵となったのは岡本メソッドが一般的な小線源治療に比べて高い線量を安全に投与できる方法であるからだという。もちろん、岡本メソッドの完成後は重篤な合併症もみられていない。
前立腺がんがみつかると、「思い切って切りましょう」とアドバイスする医師が多い。しかし、全摘出手術の非再発率は決して高くはない。今回の論文で対象とした中間リスク前立腺がんの非再発率は、医療機関によっても異なるが、おおむね70%ぐらいである。しかも、全摘出手術の場合、尿漏れなどの合併症が残ることも少なくない。
これに対して最新の論文で明らかになった岡本メソッドの再発例は3例のみであった。2例がリンパ節への転移で、1例が骨への転移だった。ただ、この3例についても「潜在的転移」の可能性が高い。「潜在的転移」というのはがんを発見した時点で、転移が検査上のデータには現れなかったが、すでに転移していた状態を意味する。
前立腺がんと診断される患者の数は、年々急増している。しかし、岡本メソッドの完成により、転移がない限り完治が当たり前の疾患になったといえる。さらに患者の立場でいえば、
治療後の再発が極力少ない治療や医師を見つける努力が大切といえよう。
(文=黒薮哲哉/「メディア黒書」主宰者)