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片田珠美「精神科女医のたわごと」

なぜ三浦春馬さんは亡くなったのか…「他者の欲望」を優先させる底知れぬ優しさ

文=片田珠美/精神科医
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三浦春馬

 自殺した三浦春馬さんの「密着母」との関係について、「週刊文春」(7月30日号/文藝春秋)が報じている。「文春」によれば、小さい頃は引っ込み思案で大人しかった三浦さんに俳優の道を勧め、地元の演劇学校に入れたのは、実父と離婚して女手一つで三浦さんを育てていた母親だったという。三浦さんが俳優としてブレイクすると、母親は個人事務所の社長に就任し、母子の関係はさらに濃密になったようだ。

 もちろん、「ステージママ」と呼ばれるほど熱心な母親のおかげで成功した芸能人はいくらでもいる。“一卵性母娘”と呼ばれたほど母親と密着していた歌手や女優もいるほどだ。なかには、母親の献身がなければ、あれだけの成功はありえなかっただろうと思われる芸能人もいる。三浦さんの母親は、彼の自殺によって誰よりもショックを受けているに違いない。

 精神科医として注目するのは、反抗期がなかったことである。「文春」によれば、三浦さんは2012年に受けたインタビューで次のように語っている。

「ずっと『はるちゃん』と呼ばれています(苦笑)。この前『僕って反抗期とかなかったよね?』と聞いてみたら、『なかったねぇ』」(「婦人公論」中央公論新社)

 思春期・青年期のケースを数多く診察してきた長年の臨床経験から申し上げると、反抗期がなかった人は、親の欲望を満たし、親の期待に応えようと努力する傾向が人一倍強い。

 三浦さんは一人っ子だし、母親は再婚した継父ともその後、離婚している。そういうこともあって、<母の欲望>を気にかけ、母親を悲しませないように、期待を裏切らないようにということを考えていたように私の目には映る。実家への仕送りを欠かさず、金銭的な面で母親を支えていたのは、その表れだろう。

「他者の欲望」ばかり気にかけると…

 三浦さんについては、「周囲に気を遣う」「配慮ができる好青年だった」「責任感が強かった」という証言が多い。これは、<母の欲望>だけでなく、「他者の欲望」を常に気にかけ、それを満たそうとしてきたからではないか。

 もちろん、フランスの精神分析家、ジャック・ラカンの「人間の欲望は他者の欲望である」という言葉通り、誰でも程度の差はあれ「他者の欲望」を察知し、あたかも自分の欲望であるかのように満たすことによって、認められ、愛されようとする。

 なかには、「他者の欲望」を満たすことによって、相手から気に入られ、ほめられることに大きな喜びを見出す人もいる。逆に、「他者の欲望」を気にかけることも察知することもなければ、「空気が読めない」「自分勝手」などと非難されかねない。

 とくに子どもは、親の欲望を察知し、満たすことによって、親から認められ、愛されようとする。そういうことを誰でも知らず知らずのうちにやっている。子どもは親の庇護や愛情がなければ生きてゆけないので、親の気持ちを読み取り、それにできるだけ添うようにするのだ。

 たとえば、病院や診療所を経営する親は、子どもが医者になって跡を継いでくれることを願うものだが、そういう親の欲望を子どもが敏感に察知して「大きくなったら、お医者さんになる」と言うことがある。これは、医者に限った話ではない。親が子どもに就いてほしいと願っている職業を、子どもが敏感に察知して「大きくなったら、○○になる」と言うこともあるだろう。

 だから、「他者の欲望」を満たそうとすることが必ずしも悪いわけではない。むしろ、「他者の欲望」を察知する能力に長けた人は、三浦さんのように周囲から「気が利く」「気配りができる」などと評価されることが少なくない。

 ただ、「過ぎたるは及ばざるがごとし」で、「他者の欲望」にとらわれてばかりいると、自分の欲望を持てなくなる。場合によっては、自分が本当は何がしたいのかも、何になりたいのかも、わからなくなる。

自分の欲望を持てたときもあったのだが…

 三浦さんの場合、自分の欲望を持てたときがなかったわけではないようだ。引退を考えるまで精神的に追い詰められたとき、生まれ育った茨城に戻って農業の仕事に就くことを決意し、「農業学校」を探し始めたが、母親に説得されて思いとどまったという。また、自らの意思で英語を学ぶためにイギリスに留学したこともあったが、同じホームステイ先だった中国人のルームメイトは「事務所から早く帰国するよう急かされ椅子に座って泣いていた」と証言している(「文春」)。

 もちろん、三浦さんの将来のためによかれと思って、所属事務所は帰国を促したのだろう。だから、誰も責められない。ただ、三浦さんが自分の欲望を押し殺し、「他者の欲望」を優先したことによって、その後、窮屈な思いをするようになったのかもしれない。

 しかも、三浦さんは完璧主義でストイックだったらしいので、「他者の欲望」を満たそうとし続けたあまり、自己肯定感が低くなった可能性も考えられる。前出の中国人のルームメイトは「自分に自信がなさそうだった」と明かしている(「文春」)。これは、100点満点でないと気がすまない完璧主義がわざわいして、いくら頑張っても自分は周囲の期待に応えられないと自分を責めるところがあったからではないか。

 そもそも人は1つの原因だけで自殺するわけではない。いくつもの複数の原因が積み重なった結果、自殺という悲劇を招くので、「他者の欲望」を満たそうとしたことも、そのうちの1つにすぎないだろう。もしかしたら、まるきり的はずれかもしれない。

 ただ、「他者の欲望」を満たそうとする三浦さんの優しさがなかったら、自殺せずにすんだのではないかと思うと、残念でならない。ご冥福を心からお祈りいたします。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献

Jacques Lacan  “ Ecrits ” Seuil 1966

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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