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キヤノンとファナックの業績悪化は、日本の精密機械技術が世界から取り残された証し

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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キヤノン本社(「Wikipedia」より/Centpacrr)

 新型コロナウイルスの感染拡大による世界的な需要の低迷によって、多くの企業の業績が悪化している。特に、デジタルカメラやオフィス向け複合機を手掛けるキヤノン、汎用型の産業用ロボットなど工場の自動化(ファクトリー・オートメンション、FA)関連の機器を製造するファナックの業績悪化は見逃せない。

 両社には、精密な組み立て技術が強みという共通点がある。長い間、精密機械は日本の“お家芸”だった。その象徴であるキヤノンファナックの業績悪化は、日本経済全体が加速化する世界経済の環境変化にうまく対応できていないことを示唆する。その一方で、海外では5G通信機器や5ナノの最先端半導体の製造分野を中心に業績拡大を実現する企業がある。精密な組み合わせ技術を強みとしてきた日本企業は海外企業の後塵を拝している。

 今後、米中対立の先鋭化など世界経済を取り巻く不確定要素は増大する。キヤノンやファナックなど日本企業を取り巻く経済環境の変化は一段と加速化するだろう。日本企業は、あきらめず、粘り強い姿勢で新しい技術を生み出し、変化をチャンスに変えなければならない。

精密機械メーカーの業績悪化と先行き不安

 これまで、キヤノンは世界のデジタルカメラ市場や複合機、レーザープリンター市場などで高いシェアを誇ってきた。また、ファナックや安川電機は、汎用性の高い産業用ロボットなどFA関連機器の需要を取り込んで成長を遂げてきた。いずれにも共通することは、精密な組み立て技術に強みを発揮してきたことだ。それは、2012年12月以降の日本経済の回復を支えた要因の一つだ。

 しかし、2020年4~6月期のキヤノンやファナックなどの決算を見る限り、日本の精密な技術力が世界経済の中で優位性を発揮することは難しくなっている。キヤノンに関しては、事業ポートフォリオの分散化の遅れが響いた。スマートフォンの普及によってデジカメの需要が低下した。また、新型コロナウイルスのパンデミックが予想外に発生し、オフィス機器需要も落ち込んだ。需要の低下を補うだけの成長事業を同社は育成できておらず、四半期ベースではじめての最終赤字に陥った。

 ファナックは新型コロナウイルスの感染拡大による自動車や航空機需要の大幅な低下に直撃された。中国では補助金政策が追い風となって自動車の生産が回復し、新車販売台数は前年同月比で増加している。しかし、中国以外の市場では生産と販売ともに壊滅的というべき状況だ。航空機大手米ボーイングは追加のリストラが必要なほど収益力と財務力が低下している。

 キヤノンファナックをはじめ、精密な組み立て技術を強みとしてきた企業の業績悪化は、日本経済の成長力が弱まっていることと言い換えてよい。日本には米中の大手ITプラットフォーマーのような成長期待の高い分野が見当たらない。また、コロナショックは日本がIT後進国であることを明確にした。それに加えて、これまでの経済成長をけん引した産業の競争力が低下している。そう考えると、今後の日本経済の回復はかなり緩慢なものとなる可能性が高い。

深刻な最先端分野での技術開発の遅れ

 見方を変えれば、日本は世界経済の変化に対応し、付加価値を生み出せる技術を確保できていない。海外に目を向けると、5G通信関連を中心に、最先端の情報通信やIT機器関連分野の設備投資が増加している。それは、日本企業が注力してきた分野とは違うところで世界経済の成長をけん引する動きが進んでいるということだ。

 半導体の受託製造大手である台湾のTSMCや同事業の強化を重視する韓国サムスン電子は回路線幅5ナノメートルの半導体生産ラインの強化に向けて設備投資を積み増している。その背景には、5G通信の普及が通信基地やスマートフォン向けを中心に、より高性能かつ微細なICチップへの需要を高めるとの見方がある。

 最先端の微細なICチップの生産技術をめぐる国際競争は激化している。ポイントは、企業の一つの取り組みが優勝劣敗を大きく左右する状況が鮮明になっていることだ。米インテルは7ナノメートルの半導体の量産体制の確立に手間取り、投入時期が2022年あるいは23年まで遅れる。その一方、米AMD(アドバンスト・マイクロ・デバイス)はTSMCへの生産委託によってCPUの供給体制を整え、インテルよりも有利な競争ポジションを確保した。また、米国では画像処理に強みを持つエヌビディアの台頭も著しい。

 現状、5ナノのチップ生産に使われるEUV(極端紫外線)露光機(ステッパー)はオランダのASMLのみが量産に成功している。1990年代にステッパー市場で高いシェアを誇ったニコンは、ASMLに追いつくだけの技術を確立できていない。また、キヤノンはステッパー事業から撤退している。その影響ははかりしれない。もし、ニコンやキャノンがひたむきに、粘り強く先端技術の開発と実用化を目指すことができたなら、状況はかなり違っただろう。ある意味では、1990年代初頭にバブルが崩壊し急速に景気が悪化する中で、日本企業は新事業の育成に負担しなければならないリスクから目を背けてしまった。言い換えれば、あきらめるのが早すぎた。その結果として、日本企業の強みは変化に取り残されてしまっている。

企業に必要な変化をチャンスに変える発想

 ファナックは米エヌビディアと提携し、「スマート・ファクトリー」の実現などを目指してきたが、収益減少をカバーするには至っていない。他方、コロナショックや米中の対立先鋭化などによって、世界経済の変化のスピードは急速に高まっている。気づいた時には状況が一変し、技術力や発想が陳腐化してしまったというのが多くの企業に共通する実感だろう。

 だからといって変化を恐れ、新しい取り組みに背を向けても何も始まらない。変化の激しさが増す状況こそ、日本企業にはチャンスだ。重要なことは、コロナショックによって5G通信をはじめとするITインフラの整備、医療・創薬など人々の健康を守ることの重要性がはっきりした。企業経営者は自社の強みを認識し、重要性が高まる分野でこれまでにはない新しいモノやサービスを、世界に向けて供給することを目指すべきだ。口で言うほど容易な取り組みではないことはわかっている。しかし、それ以外に、企業が需要を生み出して持続的に、長期の存続を目指すことはできない。

 世界経済のデジタル化によって、さらに高性能のICチップの重要性は高まる。それがわかっているからこそ、米国は5G通信分野で台頭してきた中国のファーウェイの覇権強化を阻止すべく、制裁を強化して対中半導体供給網を断ちたい。それは、日本にチャンスだ。どういうことかといえば、半導体が微細になるほど、高品質な素材や、より微細かつ精密な生産技術が求められる。現在、キヤノンもファナックも苦戦を強いられてはいるものの、精密な技術をさらに磨き、IT先端分野での活用を目指すことによって成長を目指すことはできるだろう。

 既存の(機能が確立された)製品や装置は分解され、模倣されてしまう。中国は補助金政策や買収した海外企業からの技術移転を一段と強化し、半導体などの自給率向上に取り組んでいる。そう考えると、日本企業に求められることは、あきらめず、ひたむきに需要の高まりが期待される分野でのより微細、正確、かつ新しい技術の開発に取り組み、それを実現することだ。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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