2020年11月、村田製作所の株価が大きく上昇した。外国人投資家が日経225先物を買い戻したことによって同社の株価が押し上げられたことに加え、セラミックコンデンサを筆頭とする電子部品と電池分野における同社の成長期待が高まっていることは見逃せない。
その背景には、新型コロナウイルスの感染の拡大によって、今後の世界経済に大きな影響を与える“メガ・トレンド”が明らかになったことがある。コロナショックを境に、経済のデジタル・トランスフォーメーション(DX)が加速している。中長期的に世界全体でIT関連の投資は増えるだろう。また、環境対策をはじめ高性能な電池への需要も高まっている。
村田製作所はセラミックコンデンサや樹脂多層基板の事業に加え、電池事業の育成に取り組んでいる。現在の世界経済の環境変化は同社にとって追い風だ。同社がセラミック関連の技術を磨き、次世代の電池関連の技術を確立できれば、成長期待は一段と高まるだろう。それは、同社だけでなくわが国産業の競争力向上にも重要な役割を果すはずだ。
競争力を発揮する村田製作所のセラミックコンデンサ
セラミックコンデンサの世界最大手である村田製作所は、加速化する世界経済の環境変化に対応する力を持つ、日本を代表する企業だ。特に、同社のセラミックコンデンサの競争力は世界的に高い。
同社の競争優位性は、直近の決算から確認できる。2020年4~6月、コロナショックの影響によって村田製作所の売り上げと受注高は落ち込んだが、その後の業績は反転している。2020年度上期の売り上げは7,520億円であり、前年同期の実績(7,609億円)近辺まで回復した。また、最終利益は前年同期の実績を上回った。四半期ベースの受注高はコロナショック以前の水準を上回った。製品別に売上高を確認すると、セラミックコンデンサは自動車のペントアップディマンドや、世界的なテレワークの浸透によるパソコン需要を取り込んだ。また、5G通信に対応したコネクティビティモジュール(通信ユニット)や基盤への需要も高まった。
別の角度から、村田製作所の決算を考察すると、同社は世界経済のデジタル・トランスフォーメーションという“メガ・トレンド”にうまく対応できている。重要なことは、新型コロナウイルスの感染が発生したことによって、人々が移動を制限しつつ経済活動を行わなければならなくなったことだ。その結果、ネットショッピングやオンラインでの就業、教育をはじめ情報通信技術が経済に与える影響が一段と高まった。そうした変化がパソコン、サーバーなどへの需要を高めた。村田製作所のセラミックコンデンサ事業はそうした変化に確実に対応している。同社の競争力は高いだけでなく磨きがかかっているというべきだ。
米中と異なり、日本の経済には移動制限がかかるなかでの経済活動を支えるITプラットフォーマーが見当たらない。しかし、村田製作所のように世界経済のDXを素材や部品、ユニット面から支える企業がある。それは、日本の産業が世界経済のメガ・トレンドに対応し、持続的な成長を目指すために欠かせない。
さらなる成長に向けた電池事業の重要性
それに加えて、村田製作所が、中長期的に需要が拡大すると考えられる電池関連の技術開発に取り組んでいることも重要だ。電池の利用拡大が期待される典型的な産業が自動車だ。中国を筆頭に世界の自動車産業がEV開発を重視し始めた。EVに用いられているリチウムイオン電池は、かつては日本が優位性を誇った分野だった。しかし、現在では車載向けバッテリー分野で中国のCATL(寧徳時代新能源科技)と韓国のLG化学が急速にシェアを高め、日本企業の優位性は低下している。
EV化を皮切りに、世界の自動車産業では、中長期的にはネットワーク空間と自律的に接続して走行する自動車開発(CASE化)が進む。長期の展開として、自動車が都市空間に組み込まれ、移動する生活やビジネスの空間としての役割を担うことも想定される。そのために安全かつ安定したパフォーマンスを発揮できる電池関連技術の確立は欠かせない。環境対策としても電池技術の重要性が高まっている。再生可能エネルギーのより有効な活用に向けて蓄電池への注目が高まっているのはその一例だ。また、宇宙開発の分野でも電池の重要性が高まっている。
村田製作所は、次世代の電池技術の確立に取り組むわが国を代表する企業だ。村田製作所はセラミック関連の技術を応用し、微細化と高容量化の2つの軸から“全固体電池”の実用化に取り組んでいる。主要な部品を固体で作る全固体電池は、リチウム電池に比べ安全性が高く、小型化にもつながるとして注目されている次世代の電池技術だ。
2020年度中に村田製作所はウエアラブル端末向けの全固体電池の量産実現を目指している。それは、同社にとって新しい成長事業の確立だけでなく、同社のモジュール事業のさらなる成長につながる可能性がある。なぜなら、全固体電池の実現によって、電池が電子ユニットを構成する一つの部品として扱われ、さらなる小型化など顧客ニーズへの対応が可能になるからだ。次世代の電池関連の技術確立は、村田製作所がセラミックコンデンサに次ぐ稼ぎ頭を確立し、長期の存続を目指すために重要だ。
村田製作所の競争力を支えるセラミック技術
セラミックコンデンサや全固体電池の開発に共通するのが、微細なセラミック原料を生み出す村田製作所の技術力だ。つまり、競合相手がまねできないセラミック技術が高い参入障壁となり、村田製作所の競争優位性を支えている。
中国や韓国の企業は、日本をはじめ海外企業からの技術移転を重視して携帯電話や5G通信基地、半導体などの世界シェアを高めてきた。特定の機能を確立した製品は、競合企業に分解されて模倣される。その結果、市場では価格競争が進む。
それに対して、村田製作所は世界のセラミックコンデンサ市場で40%のトップシェアを維持している。2014年度以降の営業利益率は10%を上回り、傾向としては上向いている。それを支えているのが、原材料の段階から品質の向上に努め、他社がまねできない多様な製品を生み出す事業運営体制だ。品質が安定した微細なセラミック原料の生産には、設備もさることながら組織に受け継がれてきた製造技術とその向上・習熟が欠かせない。そうした力に磨きをかけることによって、同社はiPhone の小型化や薄型化などに関するアップルからの要求に応えた。
言い換えれば、村田製作所には、原材料のレベルから多種多様な顧客ニーズに対応する懐の深さがある。それが同社の利益率の高さを支えている。重要なことは、常に最先端の製品が必要とされるわけではないことだ。例えば、ワイヤスイヤホンなどのウエアラブル端末と、自動車に搭載されるバッテリーやコンデンサのサイズは異なる。企業に求められることは、多様な需要に機敏に対応して、着実に収益を獲得するしなやかな事業体制を確立することだ。
村田製作所の競争力がどう推移するかは、日本経済に無視できない影響を与えるといっても過言ではない。同社がセラミック関連の技術を磨き、電子部品に加え中韓の企業が生産する車載バッテリーを凌駕する電池を開発できれば、日本経済の屋台骨である自動車産業にも大きな変化をもたらすだろう。村田製作所のセラミック技術は、多くの企業を巻き込んだイノベーション(新結合)に発展する可能性を秘めている。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)