10月29日にパナソニックが発表した7~9月期の決算は、コロナショックの影響などによって減収だった。その一方、固定費の削減などが貢献し、純利益は前年同期から76億円増の587億円だった。事業分野ごとに見ると、家電(アプライアンス)と自動車関連(オートモーティブ)、および産業向け機器やサービス(インダストリアルソリューションズ)の営業利益が前年同期から増加した。
ただし、先行きは楽観できない。なぜなら、“稼ぎ頭”である事業が見当たらないからだ。その要因の一つとして、デジタル家電を中心に世界全体で加速化する“設計・開発と、生産の分離”に同社の対応が遅れたことがある。また、成長分野として重視された自動車関連と住宅事業は期待された収益を獲得できなかった。すでに、パナソニックは住宅事業をトヨタ自動車と統合した。
同社の業績動向は大阪を中心に関西地域の活力に無視できない影響を与える。有力ITプラットフォーマーが見当たらない日本経済の回復にとっても、同社の業績は重要だ。同社が稼ぎ頭となる事業を確立し持続的な成長を目指すために、経営陣が自社の強みをしっかりと理解して既存の技術と新しい発想の新結合を目指すことの重要性は一段と高まっている。
企画・開発と生産の機能分化の潮流
松下幸之助による電球用ソケットの製造と販売を出自とするパナソニックは、日本を代表する電機メーカーとして民生用から産業用まで幅広い電機機器を生産してきた。その特徴は、設計・開発から生産までの垂直統合を重視したことだ。戦前から同社はラジオや電池を手掛け、1950年代には洗濯機、冷蔵庫、白黒テレビ(三種の神器)を開発、生産し、販売した。高度経済成長期の到来によって、よりより生活を目指す人が家電製品を買い求め、同社の事業規模は拡大した。
それを支えたのが、さまざまな部品などを“すり合わせる”パナソニックの技術力だ。同社以外にも日本の電機メーカーの多くが繊細なすり合わせや組み合わせの技術を強みにして世界的シェアを獲得した。2005年の時点でパナソニックとシャープ、ソニーをはじめとする日本の電機メーカーは、世界のテレビ市場の半分近いシェアを維持した。
しかし、その後の環境変化にパナソニックはうまく対応できず、世界のテレビ市場などでのシェアは低下した。その要因として大きいのが、世界のデジタル家電の生産方式が、ディスプレイや信号処理装置などの“モジュール・ユニット”の組み立て型に移行したことだ。新興国の工業化の進展や技術移転などによって、世界のエレクトロニクス産業では自社内で設計、開発、生産を一貫して行うのではなく、設計・開発と、生産の分離が増えた。
代表例が米アップルだ。同社はiPhoneなど製品の機能を支えるソフトウェア設計と開発、さらにはデザインやマーケティングに注力し、最終製品の組み立ては台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業などに委託している。労働コストが相対的に低い地域で生産しても機能が変わらないのであれば、そうすべきだ。日本でも、中国のメーカーが生産した液晶テレビをプライベート・ブランド商品として格安で販売する小売店などが登場している。対照的に、パナソニックは自社での設計・開発・生産を重視し、機能と価格の両面で他社を凌駕する優位性を消費者に示すことが難しかった。
払しょくが難しい過去の成功体験
見方を変えれば、パナソニックには、かつての成功体験(技術力に支えられた高性能の製品を生み出し、成長を実現した経験)が強く残っているとの印象を持つ。家電に加えて、同社が成長分野の一つに位置づけたEV(電気自動車)向けのバッテリー事業に関しても、同じことがいえるだろう。
データを見ると、パナソニックは日本を代表する世界的な電池メーカーであり、技術力は高い。9月に欧州特許庁(EPO)が公表した報告書によると、2000年から2018年の間、世界の電池関連の特許件数において日本はトップだ。パナソニックは日本最大の電池関連の特許を保有する。同社は世界の電池関連の技術を支える重要企業に位置付けられる。経済のデジタル化、自動車のEV化やCASE化への取り組みによって、より高性能のバッテリー需要が高まる展開を考えると、パナソニックが車載向けをはじめバッテリー事業を重視したことは理にかなった経営判断といえる。
しかし、世界のEV向けバッテリー市場のシェアに関して、パナソニックは中国と韓国の企業に追い上げられている。2011年に創業した中国の寧徳時代新能源科技(CATL)は急速に世界シェアを獲得し、パナソニックとトップを争うまでに成長した。韓国のLG化学もシェアを伸ばしている。中韓勢は、積極的に大規模な設備投資を進めてきた。
中国では、CATLが共産党政権から補助金を支給され、急速に生産能力を拡大してパナソニックが協業してきたテスラに製品を納入し、価格競争をリードしている。中国政府の意向もあり、各国の自動車メーカーは中国で販売するEVにCATLのバッテリーを優先して用いざるを得ない。韓国のLG化学は電池部門の分社化を発表し、意思決定と資金調達の迅速化を目指している。
競争環境が激化するなか、パナソニックが新しい技術の開発を進め、製品への実装を目指す重要性は日々高まっている。しかし、近年のパナソニックの事業運営からは、そうした意気込みが感じづらかった。その一因として、テスラとの協業の問題に加え、“高い技術に裏打ちされた製品は売れる”というある種の思い込みが、さらなる取り組みの遅れにつながり、結果として中韓勢のシェア奪取を許した可能性は軽視できない。
重要性増すソフトウェア創出力の強化
基本的な技術力が高い一方で、世界のEV向けバッテリー市場でのシェアが低下した問題を併せて考えると、パナソニックは強みを十分に発揮できていないともいえる。重要なことは、社会から必要とされる自社の技術が何かを経営者がしっかりと理解し、その強みを伸ばすことだ。その上で、既存の製品や技術と、新しい発想=ソフトウェアの“新結合(イノベーション)”が目指されることによって、同社の業績には相応の影響があるだろう。
近年、パナソニックは家電からの脱却を目指して、社会が欲している発想の実現を目指してきた。その一つとして同社はグーグルのスマートホーム事業(グーグルネスト)に携わった人物を招聘し、ソフトウェア面の強化につなげようとしている。外部からもたらされた新しい発想が既存の技術や製品と結びつくことは、パナソニックがこれまでにはなかった人々の生活様式、生き方の創出を目指す第一歩だ。それがヒットすれば、同社の収益が増えるだろう。
バッテリー関連に関して、パナソニックにはより高性能な製品を支える、新しい技術を生み出す力がある。つまり、バッテリーに関する知識集約的な領域において、同社は世界的な競争優位性を持っている。それは、バッテリーの生産ラインの確立に必要な力とは異なる。パナソニックは産学連携で次世代の電池技術開発に取り組んでいる。
また、日本にはセパレーターなどバッテリーという製品の機能発揮を支える高機能の素材分野などで競争力を持つ企業が多い。そうした要素の新結合を目指すことによってパナソニックは、中韓などから必要とされるバッテリー技術を生み出し、収益を獲得することができるはずだ。
企業は、既存の製品や技術、社内外の発想の新しい結合を実現して稼ぎ頭としての事業を育成し、得られた経営資源をより成長期待の高い分野に再配分していかなければならない。それが企業の長期存続を支える。現在、世界的に、製品の設計・開発と、生産の分離は勢いづいている。そうした変化に対応するためにも、同社トップが自社の強みが何であるかをしっかりと見定め、それを支える既存の要素(技術や製品)と新しいソフトウェア(発想)の新結合を目指す展開を期待したい。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)