国内IT・通信機器大手の富士通が、5G通信分野におけるNTT・NECとの連携をはじめ、他企業との提携などに“オープン”な姿勢をとり始めた。それは富士通が、「オープン・イノベーション」を重視し始めたことを示す。ある意味、それは自前主義による業績拡大は難しくなったという経営陣の危機感の表れといえる。
その背景の一つとして、富士通が国内の需要を重視するあまり、“ガラパゴス化”から抜け出すことが難しい時期が続いたことがある。それに加えて、同社は世界の半導体産業における設計・開発と、生産の分離という変化にも対応することが難しかった。その上にコロナショックが発生し、同社を取り巻く事業環境は一段と厳しくなっている。
今後、富士通に求められることは、経営陣が世界経済の変化を冷静に理解し、組織全体での変化への対応力を高めて社会から必要とされるモノやサービスを生み出すことだ。そのために、オープン・イノベーションの重要性はさらに高まる。同じことは富士通にとどまらず、わが国の多くの企業にも当てはまるはずだ。コロナショックによってIT関連技術の重要性が一段と明確になった状況は、日本企業に残された数少ないチャンスだ。
国内IT企業がたどったガラパゴス化
近年、富士通の収益は減少傾向にある。それが意味することは、同社が社会から必要とされるモノやサービスを生み出すことが難しくなっていることだ。
背景の一つとして注目したいのが、携帯電話事業などのガラパゴス化だ。ガラパゴス化とは、国内(限られた範囲の市場)では通用するが、機能や価格面での競争力を中心に世界各国の市場では通用せず、最終的に淘汰される恐れが高まることをいう。
富士通の携帯電話事業がガラパゴス化に陥った一因として、日本の人口規模がある。日本には約1億2000万人が生活している。つまり、各企業は国内の事業によってそれなりの収益を獲得することができる。それは、国内市場があるからなんとかなるという意味での内向きの志向、あるいは現状維持を正当化する根拠を、富士通をはじめとする国内企業に与えた。
その考え方に基づいて、大手の電気通信事業者(通信キャリア)は、国内での事業を重視して、各メーカーに機器の開発を求めた。良い例が1999年に開始されたNTTドコモ(以下、NTT)の携帯電話インターネット接続サービスである「iモード」だ。NTTは富士通をはじめ各社にiモードに対応した機種開発を求めた。iモードのヒットは各企業に成功体験を与え、新しい取り組みを進める意識は低下したといえる。その結果、日本の通信・携帯電話市場は、ある意味で世界の市場から隔絶され、世界規模でのIT化に乗り遅れた。その結果、富士通は海外事業を強化する必要性を認識しつつも、国内事業を重視し続け、変化への対応が遅れた。
対照的な例が、一時世界大手の携帯電話メーカーだったフィンランドのノキアだ。ノキアはスマートフォンの登場によってシェアを失い、業績は悪化した。その状況下、ノキアは携帯電話事業に見切りをつけ、通信機器メーカーとして事業を立て直した。迅速な事業戦略の修正と実行を支えた一因として、フィンランドの人口規模(550万人程度)が影響しているだろう。ホームカントリーでの需要が小さい分、ノキアは常に世界経済の変化への対応を最優先して事業を運営しなければならない。それは5G通信機器市場での富士通とのシェアの差を生み出した一因といえる。
世界の半導体マーケットでの競争力低下
それに加えて、世界の半導体市場において富士通が競争力を高めることが難しかったことも見逃せない。1990年の時点で富士通は世界の半導体市場において第6位のシェアを獲得していた。しかし、その後は韓国のサムスン電子などが世界の半導体市場で競争力を発揮し始めた。そうした変化に富士通はうまく対応することはできなかった。
朝鮮戦争が休戦した後の韓国では資本の蓄積が十分ではなかった。また、韓国の人口は約5100万人(2020年)だ。当初からサムスン電子は日本からの技術移転を重視し、それを用いて世界市場でシェアを獲得することを重視した。そうした事業運営体制が、世界の半導体市場におけるサムスン電子のトップシェア獲得を支えている。ノキアのケースからもいえることだが、常に企業経営者に求められることは、世界規模での競争を念頭に置き、製品やサービスの開発とそれを支える事業体制を整備することだ。
その後、世界の半導体産業では、企画・開発と生産の分離が加速し始めた。特に、2007年にアップルがiPhoneを発表したことは、ファブレス化を勢いづけた。米国ではクアルコムなどが半導体の設計や開発に注力し、自社製品の生産を台湾のTSMCに委託することが増えた。消費者のニーズの変化は加速し、各国企業が変化に対応するためにオープンな姿勢で開発や生産を進めることの重要性は増した。
そうした変化が進む中で富士通は2014年に半導体生産事業からの撤退を発表した。その目的は、設備投資の負担軽減、業績の安定をめざすこと、および、成長分野への生産要素の再配分だった。
ただ、その意思決定は遅かったのみならず、踏み込み不足だった。半導体生産事業の売却は資本の効率性を高めるためには重要だ。それに加えて当時の富士通経営陣が、半導体の企画・開発の重要性が高まっていることをしっかりと認識できていれば、ソフトウェア開発の面から半導体事業を強化し、成長事業に位置付けることは可能だっただろう。
しかし、実際に同社はそこまで踏み込めなかった。つまり、当時の富士通にとって、事業運営の根本的な発想を、自前主義からオープン・イノベーションに切り替えることは容易ではなかった。それだけ、ガラパゴス化が組織運営に与えた負の影響は大きかったといえる。
コロナショックがもたらしたチャンス
ただし、これまでの取り組みの遅さなどを理由に将来を悲観することは適切ではない。なぜなら、コロナショックの発生によって世界経済の環境変化が加速し、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の重要性が一段と高まったからだ。中長期的により高速な通信技術や、保存や演算の能力が高い半導体への需要は高まるだろう。スマートフォンやタブレット型PCをはじめとするIT機器に関しても同じことが言える。先行きは楽観できないが、富士通にとって業績を立て直し、成長を目指すチャンスはある。求められるのは、オープン・イノベーションの実現に向けた経営陣の徹底した取り組みだ。そう考えると、同社の経営トップが6G通信などの新しい分野において、他企業との連携を重視し始めたことは重要だ。
また、現在の世界経済は、政府が市場での競争にある程度の関与を行いつつ、一国の産業としての競争力向上を目指すという修正資本主義に向かい始めている。その上で、各国はデータの保護や通信規格の国際統一などにも対応しなければならない。一つの企業が自社の価値観、経営風土、技術をよりどころにして世界規模での競争に対応することは一段と難しくなっている。
富士通をはじめ国内企業に求められることは、柔軟な姿勢で、前例を排して、世界から必要な発想、技術を取り込み、それらの新しい結合を実現しようとする組織の整備だ。そのために必要な制度の改革などに関して、国内企業はより積極的に政策当局に対応を求めなければならない。NTTを中心に“電電ファミリー”の復活が目指されていることは、それを象徴する動きといえる。
すでに5G通信分野で日本は中国、韓国、欧州勢に遅れた。その挽回を目指すことは現実的ではない。6Gなど次世代の通信やIT関連技術の分野で富士通が国内外の人材や技術を引き寄せ、これまでにはない製品を生み出すことができれば同社の社会的な重要性は高まるだろう。そうした展開を現実のものとすべく、富士通の経営陣があきらめることなく、新しいことに取り組む組織風土を醸成し、社会から必要とされる製品やサービスを生み出すことを期待したい。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)