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江川紹子の「事件ウオッチ」第169回

議論呼ぶ、SNSによるトランプ氏追放と「表現の自由」その両立のために…江川紹子の提言

文=江川紹子/ジャーナリスト
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Twitterアカウントが永久停止され、ホワイトハウスの公式Twitterアカウントから声明を動画で公開したトランプ大統領。

 トランプ大統領の支持者らが連邦議事堂に乱入し、大統領選の結果を確定する手続きを妨害する事件を引き起こした後、これまでトランプ氏の声を全世界に拡散する拡声器の役割を担っていたSNSが、一斉に同氏の排除に動いた。

突然「トランプ氏追放」へと振り切った対応に動いたSNS各社

 Twitter社は、すぐに同氏の個人アカウントの12時間停止を決め、その後、永久停止を発表した。トランプ氏は米大統領の公式アカウントを使って発信を再開したが、同社は即刻それも削除した。

 Facebook(以下、FB)とInstagramもアカウントの無期限停止を発表。ザッカーバーグCEOは「少なくとも大統領権限の移行が完了する2週間後までは停止する」としていたが、事件から10日後には復活させた。ただし、FBでのトランプ氏の肩書は「米国大統領」ではなく、「政治家候補者」となっている。

 また、Amazonのクラウドサービス(AWS)は、トランプ支持者らが愛用する新興SNSのParlerのサービス提供を打ち切った。「暴力的なコンテンツの削除を求める度重なる警告を無視した」というのがその理由。これに対しParlerは、「政治的動機で自由な言論を奪われた」と主張し、サービス停止は反トラスト法(独占禁止法)違反に当たるとして、Amazon社を提訴した。

 こうしたSNS側の対応については、賛否の声が上がっている。とりわけTwitter社の「永久停止」措置に対しては、トランプ氏に批判的なドイツのメルケル首相の批判的な見解が明らかにされて話題になった。

 確かに、SNS各社の対応にはいささか唐突感がある。なぜなら、これまでトランプ氏の事実を軽視する情報発信に加担し、陰謀論の拡散のパートナー役を務めてきたのが、ほかならぬSNSだからだ。今回の対応は、「野放図」という極に振り切っていた振り子が、「トランプ陣営追放」という別の極に振り切れたように思える。

 実際、昨年春まで、SNS上では政治家の発言は野放し状態といえるものだった。トランプ氏は、Twitterなどでしばしば虚偽の情報を発信。その真偽を確認する新聞などのメディアを「フェイクニュース」呼ばわりしてきた。今なお、「選挙に不正があった」と信じる共和党員が7割以上にのぼるなど、陰謀論を広げるのにSNSが果たしてしまった役割は大きい。

 デマを広げるに任せる態度に対し批判は絶えなかったが、SNS各社は「(削除は)議論のための重要な情報を隠すことにつながる」(2018年1月、Twitter社)、「民主主義では政治家の発言を人々が目にすることが重要」(FBザッカーバーグCEO)などとして取り合わなかった。

 このようなSNS各社の姿勢に変化を迫ったのが、昨年始まった新型コロナウイルスの蔓延、米大統領選、そして黒人差別に抗議するBlack Lives Matter運動だった。さすがにデマを放置できなくなったのである。

トランプ氏による虚偽情報や陰謀論の拡散に加担してきたTwitter、Facebook等のSNS

 2019年3月、新型コロナウイルスが感染拡大するなか、感染防止策に否定的な発信を続けていたブラジルのボルソナロ大統領の発信を、Twitter社が初めて削除した。

 アメリカでも同年5月、トランプ大統領が大統領選での郵便投票が不正の温床になるという趣旨のツイートをしたのに対し、Twitter社は「郵便投票についての事実を知って」という警告メッセージをつけ、クリックするとファクトチェックのページに誘導されるようにした。

 これに対し、トランプ氏は大統領権限で対抗。SNS運営会社による投稿の削除を牽制するための大統領令に署名した。この時トランプ氏は、「検閲は自由への脅威だ」とTwitter社を批判し、大統領令は「言論の自由を守るためだ」と主張している(もっとも、トランプ氏が常に「自由の保護者」であるわけではなく、若者に人気の動画投稿アプリ「TikTok」については、「安全保障上の理由」があるとして、米国内での使用を禁じる大統領令を発した)。

 同じく昨年5月には、ミネソタ州ミネアポリスで白人警察官の制圧で黒人男性が死亡した事件を機に、差別に抗議するBLMのデモが活性化した。トランプ大統領は、このデモ参加者を「ごろつき」と呼び、「略奪が始まれば銃撃も始まる」などとツイートした。Twitter社はこれに「暴力を賛美するものだ」との警告表示をつけた。

 一方、この時点でなんの対応もしなかったFBに対しては、批判が集まった。人権団体の呼びかけで、大手企業がFBへの広告出稿を拒否。FB社内では、社員によるストライキが起き、退職する人も出てきた。

 そうした動きに押され、FBも重い腰を上げた。「政治家や政府関係者の発言であっても、暴力の扇動や、投票を妨げる可能性があると判断した場合は、その投稿内容を削除する」(ザッカーバーグCEO)として方針を転換したのだ。そして8月には、米フォックス・ニュースで新型コロナウイルスに関し「子どもはほとんど免疫がある」と語ったトランプ氏のインタビュー動画を削除した。

 大統領選が近づくなか、トランプ氏のツイートには次々に「警告」の表示がつけられた。これに対して共和党側は「検閲だ」などと強く反発。一方の民主党は、SNS運営会社の規制を強化すべきだと主張し、対立した。Twitter、FB、GoogleのCEOが上院公聴会に呼び出され、双方の立場から追及を受けた。とりわけ共和党議員は、3CEOを「言論の自由に対する最大の脅威であり、自由かつ公正な選挙に対する最大の脅威だ」と呼び、規制を批判した。

 しかし、選挙結果がトランプ氏の敗色濃厚となると、トランプ氏の発信はさらに先鋭化。その結果、「不正」を叫ぶツイートには相次いで「警告」がつき、FBの「選挙を盗むな」と題するグループは削除された。

 議事堂襲撃事件の後、Twitter社はトランプ氏のアカウント永久停止のほか、トランプ支持の陰謀論者グループ「Qアノン」に関する7万以上のアカウントを削除した。こうした同社の対応からは、暴力によって民主主義を否定しようとする、今回の事件がもたらした衝撃の大きさがうかがえる。

SNS各社による今回の措置について、どのような手順と基準で行われたものかを明らかにすべき

 ただ問題は、そうした停止・削除にいたる手続きが、誰によって、どのような手順と基準に沿って行われたのかが不透明なことだ。また、自社のサービスが陰謀論やテロリズムを広めてしまったことへの反省や検証がなされているのかどうかもよくわからない。

 ドイツのメルケル首相らの批判も、そこにある。

 一部のトランプ支持者は、メルケル氏の意見を誤解し、歓迎しているようだが、同氏は言論の野放図な自由を奨励しているわけではない。むしろドイツ政府はSNSの言論規制には積極的だ。2018年にはSNS対策法を施行させた。

 同法によれば、ナチなどの違法組織のマークの使用、国家を重大な危険にさらす暴力行為の称揚、ヘイトスピーチなど、法律で禁じられている表現に関しては、SNS運営会社に削除義務を課している。違反した場合は、最大5000万ユーロ(約63億円)の制裁が科される。

 広報官による記者会見でのやりとりを読むと、メルケル氏の意図は、トランプ氏の野放図な発信を認めよ、というものではないことがわかる。その趣旨は、表現の自由の制限は、「法律に沿って、議会によって定められた枠組みの範囲内」で行われるべきで、「SNSを運営する企業経営者によって決められるべきではない」ということだ。つまり、企業が経営者の方針により、恣意的に表現の自由に枷をはめる、ということに警鐘を鳴らしたものだ。

 ただ、国によって価値観や法体制は異なる。表現の自由を重視するアメリカでは、国家による表現規制には極めて慎重だ。

 そんななかで、Twitter社をはじめとするSNS各社が、トランプ氏や陰謀論グループなどの発信を止めたのは、緊急措置としてはやむを得なかったし、適切な対応だったと思う。

 トランプ氏の弾劾を阻止しようとする人たちによる行政機関の襲撃計画や、ペンス副大統領、ペロシ下院議長ら要人の殺害予告もなされている、と報じられている。バイデン新大統領の就任式が迫るなか、これ以上の暴力沙汰を防ごうとすれば、Twitter社のように大きく構えた対応にならざるを得なかったのだろう。

 とはいえ、今や情報インフラとして公共性を持つSNSを運営している各社が、基準や手続きが不透明なまま、発信や情報の制限に関する重要な決定がなされることはあってはならない、と思う。事後的ではあっても、今回の措置について、どのような手順と基準で行ったものかは、明らかにしてもらいたい。

 そのうえで、凍結が行き過ぎと思われるアカウントについては解除していく是正措置がなされるべきだろう。今回のように、振り子が両極に振り切る極端な対応を、もう少し穏やかな振幅に戻す努力も必要だ。

 トランプ氏のアカウント削除のやり方については、再検討の余地があると思う。今回の措置で、一般人は彼の過去ツイートも見ることができなくなった。そうなると、アメリカ大統領という公的立場の人の発言を過去に遡って検証することができない。彼の発信をなんら制限せず、デマが拡散するにまかせたTwitter社の無策についても検証がしにくい。これはまずいのではないか。

 確かに、トランプ氏の発言を逐次保存したり、翻訳したりしたアカウントはある。それらをたどれば、ある程度はフォローできるが、こうした歴史的な原本である元の発信を保存し、誰もがアクセスが容易な状況にしておくのが、SNS運営会社の責任だろう。新聞であれば、過去のインタビュー記事も、一定の料金で見ることができる。同様の仕組みを考えてほしい。

 Twitterは、日本ではLINEに次いで利用者数の多いSNSだ。ヘイト表現や誹謗中傷の投稿を禁じるルールはあるものの、そのルールが実際にどのように運用されているのかはわからない。国のルールも曖昧だ。その結果、在日韓国・朝鮮人に「国に帰れ」と求めたり、気に入らない相手に「死ねば」といった言葉を浴びせる発信は後を絶たない。ヘイト表現を繰り返しているアカウントが放置され、それに抗議していたアカウントが凍結された、という抗議の声もある。

 民間企業の経営判断なのだからすべて企業任せ、ルールの運用も恣意的にやっても構わない、とは思えない。SNSの情報インフラとしての公共性を考えれば、ルールの運用、その基準や手順について、もっと透明性を高めるべきだ。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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