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電通の本社ビル売却が象徴…テレビ広告需要の減退、企業の都心オフィス脱出の始まり

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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電通本社ビル(「Wikipedia」より)

 広告代理店大手の電通グループが、東京都港区にある本社ビルの売却を検討しているという。その背景には、社会の構造変化が急速に進んでいることがある。近年、電通は働き方をはじめ多くの改革に取り組んできた。そこにコロナショックが発生し、同社のみならず社会全体でオフィスの必要性が低下した。また、同社の場合、主力収入源である広告需要も落ち込んでいる。同社としても、本社ビルの売却を検討するほど事業環境が変化している。

 就業空間(働く環境)をオフィスからリモート(テレ)ワークにシフトすることによって、個々人が無理なく業務を遂行できる環境を実現することも可能になる。今後、電通経営陣がどのようなビジネスモデルを確立し組織全体を糾合できるか、中長期的な事業運営に重要な影響を与えるはずだ。

電通本社ビル売却検討の背景

 電通が本社ビルの売却を検討する背景には、大きく2つの要因が指摘できる。まず、新型コロナウイルスの感染発生によって、同社のオフィスは余剰になった。同社は感染対策としてテレワークを導入し、その結果オフィスに出社する人が減ったからだ。

 企業にとって、本社ビルはその強さの象徴だといえる。ある若手ビジネスマンは、「東京の都心に大きな本社ビルをもつ企業で働くことは、自らに一定の達成感をもたらすだけでなく、両親の安心を得られるという点でも重要だ」と話していた。つまり、企業にとって本社ビルの所有は、その社会的な信用などを左右する要素となってきたわけだ。

 しかし、テレワークの普及によって、そうした価値観は急速に変化している。多くの人が、テレワークがもたらしたワーク・ライフ・バランスの改善に意義を見いだしている。企業が本社ビルの所有にこだわる必然性は低下しているといってよい。企業がそうした時代の流れに抗うことはできない。

 もう一つ理由として、電通の収益悪化がある。2019年度の最終損益は約809億円の赤字だった。2020年12月に電通が公表した業績予想では2020年度の最終損益も赤字の見通しだ。その背景には、広告をはじめマーケティングに関する需要が、SNSなどを手掛ける大手プラットフォーマーなどインターネット関連企業に流れたことがある。電通が公表した『2019年 日本の広告費』によると、2019年の国内テレビCM(広告)費は約1.9兆円だったのに対し、インターネット広告費は約2.1兆円だった。

 また、電通がより高い成長を見込んで強化した海外事業は、現地企業との競争激化などによって苦戦した。それに加えて、新型コロナウイルスの感染拡大によって電通のクライアントである企業などは、製品のプロモーションや販促イベントなどを実施することが難しい。その状況下、電通の収益動向は不透明だ。電通にとって、不安定感高まる事業体制を立て直すために本社ビルを売却し、収益性の改善と、より成長期待の高い分野に経営資源を再配分することの重要性は高まっている。

­世界的なオフィス需要の変化

 また、電通が本社ビルの売却を目指しているのは、世界的な経済環境の変化への対応という側面もある。コロナショックの発生を境に、世界的にオフィスの需要には下押し圧力がかかった。それは米国の株価推移から確認できる。2021年1月中旬までの過去1年間の株価変化率は、S&P500インデックスが16%超上昇したのに対して、S&P500に含まれる不動産セクターは7%以上下落した。つまり、不動産関連の事業を運営する企業の収益には、オフィス需要の低下など下押し圧力がかかっている。

 ただし、不動産業界の動向を細かく見ると、オフィスと住宅市場の状況は対照的だ。米国では雇用環境が厳しいにもかかわらず、住宅価格は上昇している。それが意味することは、オフィスから住宅に就業の場が移り、住宅需要が堅調だということだ。言い換えれば、テレワークによって、自分のスタイルで成果を実現でき、生産性も高まることに多くの人が気づいた。

 それは米国に限らず、世界的な変化だ。2020年4月以降のわが国では、多くのIT新興企業が拠点を置いた東京都渋谷区「ビットバレー」でオフィス空室率の上昇が鮮明化した。ITスタートアップ企業にとって重要なことは、優秀なプログラマーやクリエイターが、高いモチベーションをもってプロジェクトに注力することだ。そのために、オフィスが重要とは限らない。コストの問題を考えれば、オフィスを手放し、浮き出た経営資源を従業員の福利厚生に使ったほうが良いとの考え方もあるだろう。また、同年夏場以降は港区でもオフィス空室率の上昇が顕著だ。東証一部上場企業が多い千代田区や中央区でもオフィス空室率は上昇している。

 このように考えると、電通が本社ビルの売却を検討する背景には、コスト圧縮や収益改善の目的に加えて、個々人のさらなる創意工夫の発揮を目指す取り組みの一つとしての側面がある。ある意味では、コロナショックの発生によって企業の成長にとっての個の力(個性、個人の能力)の重要性は一段と高まったといえる。

今後、一段と重要性を増す個々の力の糾合

 ワクチンの接種などによって世界経済が新型コロナウイルスへの集団免疫を獲得したとしても、テレワークは止まらない。つまり、世界経済がコロナショック発生以前と同じ環境に戻ることはできないだろう。テレワークの定着によって、通勤やビジネススーツの需要は低下する。外出の頻度低下によって、外食や宿泊、交通など一部産業の需要はコロナ禍以前の水準に戻らない展開が想定される。

 注目したいのは、電通がそうした環境の変化にどう対応し、業績改善を実現するかだ。もともと同社は無から有を生み出してきた。電通が蓄積してきたノウハウをデジタル技術と融合することによって、新しい満足感や驚きを社会に与えることは可能だろう。

 そのためには、個々人の新しい発想の重要性が一段と高まる。例えば、SNSなどでイベントやスポーツの魅力を発信した上で消費者に実体験の場を提供し、需要を喚起することは可能だ。現在、世界的に人々の活動は制約され、社会的なストレスは高まっている。感染の収束とともに、観光、フェスなどのイベント、スポーツ観戦や実践に関するペントアップディマンドは発現するだろう。電通は、デジタル技術とリアルな体験(感情)の融合によってそうした需要を手に入れなければならない。

 そのために、個々人の発想がより良く発揮される就業環境の整備と、個の力を組織全体として束ねる事業体制の確立は喫緊の課題だ。電通には独立独歩で事業の開拓と収益の獲得を目指す人が多いといわれる。テレワークによってそうした考えは強まる可能性がある。電通に求められるのは、独立心に溢れる人を組織に糾合し、相応の達成感を共有して無理のない形で、持続的に事業の開拓と成長を目指すことだ。そのために経営陣がどのようなビジネスモデルを目指すかが問われる。

 コロナショックの発生によって、働き方改革をはじめとする電通の改革は加速しているとみるべきだ。どのような企業も、時代の流れには抗えない。本社ビルの売却が長期の視点での事業運営にどういった影響を与えるか、電通のさらなる取り組みに注目したい。それは、多くの日本企業の事業運営体制の変革にも無視できない影響を与えるだろう。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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