2020年1月に持ち株会社制へ移行する電通は、持ち株会社・電通グループの副社長執行役員に、元総務事務次官で人気アイドルグループ・嵐メンバーの櫻井翔の父親、櫻井俊氏が就任すると発表した。櫻井俊氏は現在、電通の取締役執行役員を務めている。
「広告代理店の主な業務は、クライアント企業から商品やサービスの広告・PR業務の委託を受け、CMなどの広告物を制作し、それをメディアやインターネット上で放送・表示させることで商品・サービスを広く世間に認知させるというものです。特に広告業界国内最大手として突出したナンバーワンである電通は、在京テレビ局をはじめ多くの大手メディアに“広告枠”を確保できる力があり、それが電通の強さの源泉になっています。
さらには、タレントのキャスティング力という面でも競合他社に対して優位な地位にあり、東京五輪の広告・プロモーション活動を一手に担い、多くの電通社員が五輪大会組織委員会に出向するなどして五輪運営においても重要な役割を担い、国とも強固なつながりがあります」(広告業界関係者)
まさに櫻井親子は現在の芸能界・マスコミ界において名実ともにトップに君臨することになるが、企業間競争の公平性に問題が生じかねないとの懸念を指摘する声も聞かれる。
「“特別な企業”のトップに、先日の『天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典』では国内アーティストを代表して天皇陛下に奉祝曲を歌うなど“特別なタレント”である嵐メンバーの父親が就任すると、どういう事態が起こるのか。たとえば、電通が受託した大手クライアントの広告案件や東京五輪関連のイベント等において、もし電通副社長である櫻井俊氏の力や存在がなんらかのかたちで影響して、嵐が優先的に起用されるようなことが起これば、他のタレントや芸能事務所が排除され、不利益を受ける可能性も想定できます。その意味で、やはり今回の人事には業界内でも疑問の声が多く聞かれ、企業倫理的に問題があるといえるのではないでしょうか」(別の広告業界関係者)
“政府側”だった元事務次官が大企業経営陣に就任
では、法的には問題はないのだろうか。弁護士法人ALG&Associates執行役員の山岸純弁護士は次のような見解を示す。
「法的になんらかの問題があるわけではありません。ただし今後、電通が『国内最大手』『大手メディアにも大きな影響力を持っている』『広告枠の確保やタレントのキャスティング力という面で、競合他社に対して優先的な地位にある』というような点を利用して、電通の取引先(メディアなど)に対し、『イベント、舞台、番組などで嵐を起用すること』をなんらかの方法で“強要”するならば、独占禁止法が規制する『優越的地位の濫用(独占禁止法19条、一般指定14号)』違反として取締りがなされる可能性があります。
さらに、『他のタレントの出演機会が排除される』という弊害があるかもしれません。もっとも、売れない芸能人の“ゴリ推し”ならまだしも、嵐を起用してもらって喜ばないメディアは少ないでしょうから、なかなか立証は難しいと思います。
少し話は変わりますが、かつて欧米ではマイクロソフトなどのウェブブラウザ大手に対する独占規制が始まり、今はグーグルなどのネット検索大手やアマゾンなどの物流大手による独占を排除する動きが活発です。この“流れ”でいうなら、日本における大手広告会社についてもこのような世界的潮流にしたがい、これまで挙げられてきている独占問題・弊害を解消するため、本来であれば政府主導で規制しなければならないところです。
しかし、“政府側”であった元事務次官が独占を問題視される企業の経営陣ともなれば、この“流れ”に逆行することは明らかです。このような大きな観点から、今後も元事務次官による電通経営体制を注視していかなければなりません」
(文=編集部、協力=山岸純/弁護士法人ALG&Associates執行役員・弁護士)