コロナ禍により前作『麒麟がくる』の収録・放送期間がズレ込んだため、2021年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』は、史上初の2月に放送開始という異例の事態となった。新1万札(2024年度に流通予定)に肖像が描かれる、「日本資本主義の父」渋沢栄一を主人公としたこの作品、実はスタート前から、いくつかの理由により、視聴率的に大きくコケるのではないかと懸念されている。
まず、渋沢役に抜擢された若手俳優の吉沢亮は、『なつぞら』(NKH)、『半沢直樹』(TBS系)など人気作品に出演歴はあるものの、主演連続ドラマをヒットさせた実績がなく、歴代大河ドラマの主演俳優のなかでもネームバリューがかなり低い部類に入る。ゴールデンタイムで約1年間続く作品を背負うには弱いのではないか……というのは、このキャスティングが発表された時点で各方面から指摘されたことだ。
しかしその点をのぞいても、過去の大河ドラマの傾向と照らし合わせると、『青天を衝け』はコケそうな条件を備えているのだ。果たして、その「条件」とはなんなのか?
綾瀬はるかも玉砕! 知名度の高くない人物が主人公だとほとんどコケる
平成以降、大河ドラマの視聴率は全体的に下がっている。昭和期は30%を【註】超えることはザラにあったが、平成期にその大台に達したのは、『秀吉』(1996年)のみ。これは、テレビ全体の平均視聴率の低下と比例した現象であり、今昔の作品の視聴率を単純比較することはできない点は考慮に入れつつ、論を進めたい。
【註】本稿における「視聴率」は原則として、ビデオリサーチ調べ・関東地区の数字の全話平均とする。
大河ドラマ史上最高の視聴率(39.7%)を記録した『独眼竜政宗』(1987年)は伊達政宗、史上2位(39.2%)の『武田信玄』(1988年)は武田晴信(武田信玄)が主人公。その他、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、大石内蔵助など、日本史のスターを描いた作品は高視聴率を獲得する傾向がある。その一方で、主人公が一般的にそれほど馴染みのない人物、架空のキャラクターの作品はその反対の現象が起きやすい。
近年では、綾瀬はるか主演の『八重の桜』(14.6%/2013年)、井上真央主演の『花燃ゆ』(12%/2015年)がこれに当てはまる。前者は、会津藩砲術師範・山本家の長女・新島八重、後者は長州藩士・杉家の四女である楫取美和という、世間での認知度が高いとはいえない人物が主人公であり、共に視聴率の苦戦が伝えられた。
時代を遡れば、1970年代の作品で唯一20%に届かなかったのは、中村梅之助主演の『花神』(1977年)。同作の主人公は、幕末に維新政府軍の“軍師”として活躍した大村益次郎で、一般的には歴史上の超有名人ではなかった。
そしてこのパターンのもっとも典型的な例が、記憶に新しい大河ドラマ史上最低視聴率(8.2%/2019年)を記録した『いだてん〜東京オリムピック噺〜』だろう。日本人初のオリンピック選手・金栗四三(中村勘九郎)、1964年東京五輪招致活動の功労者・田畑政治(阿部サダヲ)と、功績は偉大ながら、誰もが知る存在……でもない人物を描き、多くの視聴者からの支持を集めることができなかった。
『青天を衝け』で吉沢亮が演じる渋沢栄一は、日本の経済史においては超重要人物であるが、日本史のスターとはいい難い。この点から、『いだてん~』と同じパターンが想定されるのだ。
市川海老蔵もダメだった! 戦国ものの翌年の作品は高い確率でコケる
2020年から2021年の年をまたいで放送された『麒麟がくる』は、明智光秀(長谷川博己)を描いた作品で、織田信長、木下藤吉郎(豊臣秀吉)、武田信玄、今川義元ら錚々たるメンバーが登場した。大ヒットの部類ではないものの、現在までのところ、『いだてん~』でヒト桁台まで落ちた大河ドラマの視聴率を、おおよそ10%台半ばまで戻している。大河ドラマの歴史上、このような“戦国大名オールスター路線”は手堅く数字をとる傾向がある。
過去には『独眼竜政宗』→『武田信玄』→『春日局』(32.4%/1989年)と、3年連続で戦国大名多数登場作品が放送されたこともあり、視聴率面ではこの3年が大河ドラマのピークだった。ただし、さすがにNHKは乱発を避けている様子で、戦国ものの翌年は別の時代を描いた作品を用意して、大河ドラマに多様性をもたせるのが通例だ。しかし、そうすることで結果的に戦国ものの翌年の視聴率は落ちる。
下記にその一例をリストアップしてみた。
緒形拳主演『太閤記』(31.2%/1965年)
→尾上菊五郎(当時・尾上菊之助)主演『源義経』(23.5%/1966年)
滝田栄主演『徳川家康』(31.2%/1983年)
→松本白鸚(当時・市川染五郎)主演『山河燃ゆ』(21.2%/1984年)
緒形直人主演『信長 KING OF ZIPANGU』(24.6%/1992年)
→東山紀之主演『琉球の風』(17.3%/1993年)
竹中直人主演『秀吉』(30.5%/1996年)
→中村芝翫(当時・中村橋之助)主演『毛利元就』(23.4%/1997年)
唐沢寿明&松嶋菜々子主演『利家とまつ~加賀百万石物語~』(22.1%/2002年)
→市川海老蔵(当時・市川新之助)主演『武蔵 MUSASHI』(16.7%:2003年)
……といった具合である。『麒麟がくる』の翌年の『青天を衝け』も、見事にこのパターンに当てはまるのである。
鈴木亮平も撃沈! 幕末以降が舞台だとまずコケる
過去の大河ドラマには、元禄時代が舞台の『赤穂浪士』(31.9%/1964年)、源氏と平家を描いた『草燃える』(26.3%/1979年)、江戸時代中期の物語である『八代将軍吉宗』(26.4%/1995年)のような、戦国大名を描いていなくてもヒットした作品も存在する。しかし、「幕末以降」が舞台の作品は、そうした例外にほとんど当たらないのだ。
菅原文太&加藤剛主演『獅子の時代』(21.0%/1980年)、『山河燃ゆ』(21.2%/1984年)、松坂慶子主演『春の波涛』(18.2%/1985年)、鈴木亮平主演『西郷どん』(12.7%/2018年)
……これら、幕末以降の近代を描いた作品はことごとく、前年の作品が戦国ものであろうとなかろうと視聴率が落ちてくる。前述の『花燃ゆ』や『いだてん~』も、ここに含まれよう。
そして問題の『青天を衝け』は、幕末から明治時代が舞台なのである。
宮﨑あおいが『篤姫』ではねのけてみせた「3大ジンクス」
実は、大河ドラマの歴史上、上に掲げた3つの条件にすべて該当しつつ、その“悪条件”をものともせず大成功した作品がある。それは、宮崎あおい主演の『篤姫』(2008年)だ。当時、一般の人が誰でも知る歴史上の有名人物とはいい難かった徳川家定の正室・篤姫(天璋院)が主人公で、舞台は幕末。前年の作品は戦国ものの『風林火山』だった。にもかかわらず、24.5%という2000年代以降トップの視聴率を記録し、のちに続く「大奥ブーム」の端緒ともなった。
さて、『青天を衝け』は、『篤姫』に続くことができるのか? それとも前例をトレースしてしまうのだろうか……?