ANA、役員が夜の飲み会で“裏のCA採用活動”…超大量採用で客室業務サービス低下
「ANAでは役員による裏ルートの採用が珍しくないんです」
筆者に情報提供してくれた現役CA(客室乗務員)は、こう打ち明けてくれた。連載第3回では、ANA(全日本空輸)のCAが「眼鏡着用NG」などの極端な見た目重視を強制されていたことを指摘したが、これは採用過程から始まっていることが明らかになった。この背景には、東京五輪を見据えたANAの大量採用のひずみがある。
六本木で役員が裏のリクルート飲み会
冒頭の現役CAはANA勤務ではない。2018年に大学生としてCAを目指して就職活動中だったという。そんな彼女が同じくCA志望の友達に誘われて参加した東京・六本木の高級居酒屋での飲み会には、当時のANA役員だったA氏が待っていたという。以下はCAの弁。
「飲み会には女子大生が4、5人いて、A氏を囲む会をやっていました。その際にA氏が『君たち、ANAのCAに興味はない?』と聞いてまわっていました。A氏はANAの役員だと自己紹介しており、どう考えてもCAへの内定をエサにした『裏リクルート』の飲み会なんだとすぐに悟りました。参加した⼥⼦⼤⽣もラウンジ嬢や東京ドームのビールの売り⼦などで、かわいらしい感じの子ばかり。60代のA氏が集めたようでしたが、A氏はこの手の飲み会を頻繁に開いているようで、女子大生側の幹事役の女の子も女子集めに協力していたようです。
A氏の発言で印象的なのは、『オレが一言いえば最終面接までは確実に上げられる』とうそぶいていたことです。この幹事役の女子大生は無事にANAに内定をもらい、今でもCAをやっています。食事内容はカニやしゃぶしゃぶをいただいたのですが、飲み会終了後に高級お菓子の詰め合わせをくれたり、至れり尽くせりでした」
筆者は情報提供してくれたCAやこの幹事役のCAが特定されるのを防ぐため、あえて「役員A氏」と匿名にしたが、誰なのかは把握している。飲み会をやること自体は個人の自由だが、それが採用活動にまで影響するとなると、企業幹部として問題があるのはいうまでもない。
面接で不利になるはずの元タレントが多いANA
ANAのCAや地上スタッフには、従来から元タレントや読者モデル経験者などがJAL(⽇本航空)よりも多いと業界では評判だ。複数のJALとANAの関係者への取材によると、通常の採用活動では、面接でこのような「キラキラした肩書」をアピールすると、逆効果だという。理由は、SNSなどで過去の素行がたどられることに加え、本来の業務である保安要員としてCAを志望したという印象が弱まる可能性があるからだ。それを踏まえると、ANAの場合、むしろ元タレントらが少なくないということは、全体から見れば一部とはいえ、⼒のある男性役員による「裏ルート」が存在する可能性が⾼い。先ほどの役員A氏の所業を見れば、さもありなんというところだ。
JALもコネ入社は多いが「飲み会で採用が決まることはありえない」
一方で、JALでもコネ入社が多いのは事実だ。赤坂祐二社長と大川順子副会長の娘がJALのCAなのは社内では周知の事実だが、それ以外で筆者が確認できただけでも、複数の幹部の娘がJALのCAとして働いている。パイロットも同様で、同じ機に搭乗することはないものの、二世パイロットも多いという。JALの現役CAによると、航空業界でコネ入社が多いことには理由があるという。
「基本的に一定時間密室で過ごすわけなので、ハラスメントやもめ事が起きやすい環境のため、⾝内が社内にいるほうが自制が効くとされてきたのです。実際、JALではパイロットでもCAでも、コネ入社の人間ほど社内で悪評が立つのを恐れて妙な言動をとることを控える傾向にあります。
⼀⽅で、JALでは飲み会などで⼥⼦⼤⽣に内定が出るというような話は聞いたことがありません。というのは、裏ルートや元芸能人などのステータスを使ってCAになった子は『自分の背景には幹部がいる』とか『一般人とは違う』などという妙なプライドや優越意識があるため、往々にして職場の秩序を乱す傾向にあるからで、採用段階から人事に敬遠されます」
JALの縁故主義も問題ではあるものの、この職場の秩序を乱す⼀例として、ANAが近年地上スタッフとして採⽤した女性の元タレントを挙げておこう。この元タレントは「パイロット食いで日系航空会社の間では有名だった上、遅刻や欠勤など勤務態度に深刻な問題があった」(ANAの現役CA)という。元タレントを特別扱いで⼊社させることが企業のイメージアップにつながるという考えは浅はかだという典型例だ。
片野坂社長以降の大量採用で「JALを落ちた子の多くがANAに」
さて、採用実態に問題があることがわかったANAだが、この最大の要因はANAホールディングスの片野坂真哉社長の体制が始まった2015年4月からのCA大量採用だ。13年9月に招致が決定した東京五輪に向けた国内、国外の増便に対応するため、14年まで6000人程度だったCAが、15年に6646人と増加し、20年にはなんと8598人と約1.3倍に増えている。
募集人数も異常に増え、13年以前は300~500人だったのが、五輪招致決定後の14年度に716人、15年度にはなんと1040人に急増。16年度からコロナ禍で採用がとまる直前の19年度にかけても570~740人と従来比1.5倍の高水準をキープした。
⼀⽅のJALは14年度から16年度は400⼈台で、18年度に640⼈、19年度に800⼈と遅れながら募集人数を拡⼤したが、五輪招致後のANAのCAの採用にかける熱意との違いは明らかだろう。この時期に就職活動したJALのCAが「JALを落ちた⼦の多くがANAに⼊社した印象で、とりあえず⾯接でまともそうなら全員採⽤されていた」と話すのも納得だ。
このような大量採用が、先述の役員A⽒の飲み会を通した裏ルートでの⼊社をこれまで以上に許す風潮につながったとみていいだろう。先述の元タレントや、水泳選手の瀬戸大也氏の不倫相手がCAとしてANAに入社したのは、この大量採用の時期であったことも無関係ではあるまい。
⼤量採⽤、効率主義で教育が追いつかない
ANAの平均勤続年数が約6年半と異常に短いことは、この連載中で繰り返し指摘してきたが、基本的に社員の離職率が高い会社はノウハウが蓄積されない。元から平均勤続年数が短いANAに大量のCAが入社してきたら、教育もままならないだろう。
ところが、ANAでは「効率性重視」の掛け声の下、2018年4月から新卒CAが国内線と国際線を同時に飛ぶように教育フローが変更されたという。連載2回目でも指摘したが、国際線では時差の問題や乗務時間が長いことによる体への負担が国内線よりも大きい。基本的な業務すらままならない新卒CAには荷が重いのはいうまでもない。
JALのCAは入社後1年は国内線を担当し、タイムマネジメントや基礎を学び、仕事の要領をつかむ。この後、国際線のエコノミークラス、ビジネスクラス、ファーストクラスと進む。ファーストクラスの担当は入社4年目くらいで担当するという。確かにこれだと順当に業務を⾝につけた上で時差など体調⾯での慣れもつくので、新卒としては順当な成⻑が⾒込めるというものだ。先のJALの現役CAは、乗客としてANA便に搭乗した際の印象をこう話す。
「明らかに新人のCAに飲み物を頼んだら、片手で渡してきて、お客様に両手で渡すという基本中の基本も教育されていないんだなと思いました。ANAの場合、国際線のステイが1泊と時差ぼけがとれないため、国際線で空酔いしたり、ご飯が食べられなくなっているのを見て可哀そうに思いました」
この様子では、緊急事態が起きた時の保安業務など満足にできるはずがない。ANAの現役パイロットは現状をこう嘆く。
「昔はそれなりのプロ集団だったので、満席でも20分あればお飲み物提供のサービスは終了していたが、今は大量採用と平均年齢が低くなったこともあり、30分かけてもサービス終わるかどうかといったレベルに落ちています。個人のスキルの低下と素人化、客室本部の無理なサービス内容などが理由でしょう」
もっと顧客の安全に配慮した⼈材育成を
ANAのこの国内線、国際線の新人CAへの同時並行訓練は現場からの大不評もあり、20年4月から入社当初の訓練は国内線のみに戻ったという。ただ、筆者がこれまで指摘してきたように、サービスの煩雑さ、機種の多さ、勤務のきつさにより疲労が増加する環境は変わっておらず、サービスの質だけでなく保安要員としてのCAのスキルが向上するはずがない。
これまでANAがCAの見た目を重視している現状を紹介してきたが、保安要員としての教育が「効率主義」の名の下、ろくに検討されていない実態がうかがえる。この連載で繰り返し指摘したように、CAとはサービス要員であるとともに、保安要員でもある。ANAの経営幹部は表面的なイメージアップを図る前に、顧客の安全にもっと配慮した人材育成を真面目に考えるべきだろう。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)