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江川紹子の「事件ウオッチ」第176回

江川紹子が見た、不安なる菅首相記者会見…「IOCのみが五輪開催権限を持つ」の繰り返し

文=江川紹子/ジャーナリスト
江川紹子が見た、不安なる菅首相記者会見…「IOCのみが五輪開催権限を持つ」の繰り返しの画像1
緊急事態宣言の発出を決定し、記者会見を行った菅首相だが、肝心の質問に正面から答えることはなかった(写真は首相官邸のTwitterより)

「IOC(国際オリンピック委員会)は、東京大会を開催することをすでに決定しています」

 菅義偉首相は、4月23日に行われた記者会見で、繰り返しこう述べた。「開催はIOCが権限を持っております」とも強調した。

「権限を持つのはIOC」…肝心の判断を任せきりにしている菅首相

 確かに、日本政府に大会中止を決定する「権限」はない。IOCが東京都、JOC(日本オリンピック委員会)と交わした「開催都市契約」は、圧倒的にIOCが強い権限を持つ。戦争や内乱、その他「本大会参加者の安全が理由の如何を問わず深刻に脅かされると信じるに足る合理的な根拠がある場合」に、IOCは「本大会を中止する権利を有する」が、東京都など日本側から中止を申し出る規定は書かれていない。

 しかし、入国管理の権限は、日本政府にある。日本政府が、新型コロナウイルスの感染拡大防止を理由に「開催は無理だ」と言うのに、IOCがそれでも開催を強行することは、法的には可能でも、事実上はできるわけがない。

 実際、昨年3月、大会の1年延期を決めたのは、安倍晋三首相(当時)とIOCのバッハ会長の電話会談だった。そこで安倍首相が「1年程度延期を軸に検討をいただきたい」と申し入れた、と報じられている。

 さらに日本政府は、世界各国に向けて日本の状況を説明し、理解を求めることもできる。入院治療が必要なコロナ患者が入院できずに自宅で死亡し、医療提供体制が逼迫しているためにがん患者の手術を延期せざるを得ない状況になっていることを説明し、それでも「日本はなにがなんでも五輪を開催しろ」と主張する国はあるだろうか。

 日本の人々の命や健康を守るのは、日本政府の責任だ。IOCは、そうした責任を負わない。そればかりか、関心もなさそうである。東京や大阪には3度目の緊急事態宣言が出されることについても、バッハ会長は「ゴールデンウイークと関係しているもので、東京五輪とは関係ない」と、実に他人事然としている。

 そのようなIOCに、肝心の判断を任せきりにし、「安心・安全」という抽象的な言葉を繰り返すばかりの菅首相の対応こそが、日本の人々をさらに不安にさせているのではないか。

記者会見での質問に正面からは答えずに、「水際対策」を挙げるのみの菅首相

 今や国民の多くは、今夏のオリ・パラ開催を支持していない。各種世論調査では、聖火リレーが始まっても、今夏のオリ・パラ開催実施を支持する声は2~3割程度で、「延期・中止」を求める声は7割、という状況が続いている。

 菅首相が、本当に「安心・安全」なオリ・パラを実現したいのであれば、開催・中止の判断に日本政府がしっかりかかわり、その姿勢を国民に示すことだ。

 ところが記者会見では、2人の記者がオリ・パラ開催について尋ねたにもかかわらず、菅首相の答弁は従来の繰り返しで、具体的な対策についても「海外からの観客を入れない」という、すでに公表されているものを挙げるのみだった。そこで私は関連質問として、次の2点について聞いた。

・何とかやりたいのはわかるが、「このような状況になったら中止もやむを得ない」という判断基準のようなものは、総理のなかにあるのか。あるとすれば、何か

・各国のオリンピック委員会や競技団体の関係者、さらに多数の報道陣が世界中から来るということが考えられる。新たな変異ウイルスが持ち込まれない、あるいは国内にそれが広がらないために、具体的にどのような対策を考えているか

 これに、菅首相は答えなかった。その答弁は、開催権限や海外からの観客を受け入れないことなどを繰り返したほかは、「水際対策」を挙げるのみだった。

「水際対策、厳しく行っています。そこについては、PCR検査を来る前に受ける、日本で受ける、そして日本の中でオリンピック会場、行動もすべて、そこは行動についてもしっかり抑制するように、そこのところの通勤だけ、選手村と例えば競技会場に行く特別の交通機関とかバスとか、そういうなかで行くとか、そういうことを今、ひとつずつ決めているところです。ですから、変異株を持っていらっしゃる方が日本には入ることができないように水際でしっかり止めています」

 報道陣は選手村に宿泊するわけではないだろうから、ホテルなどの宿泊施設と競技場を結ぶバス等を準備し、公共交通機関を利用したり、町中に出ないようにしてもらう、ということだろうか。

 それは結局のところ、外国プレスなど、関係者の1人ひとりが自覚をもって、協力することが前提の“あなた任せ”の対応に近い。そうした自覚のない行動をする者が出ないと、どうしていえるのか。

 昨年12月、イギリスから入国した外国通信社の男性社員が、政府が要請する14日間の自宅待機期間中に会食に参加し、複数の会食参加者が発症した事例もある。参加者は、英国で流行している変異株に感染していた。問題発覚後、通信社社員は退社し帰国したため、確認はできていないものの、彼から感染したものと見られている。

 この社員は空港検疫での検査は陰性だった。このように、水際で食い止めるのは、限界がある。

 4月25日付け読売新聞は、オリ・パラで入国する選手ら外国人関係者に対する政府の対策案の概要を報じた。このように、政府が重要な政策や判断を同紙のみに先出しする広報の手法を、現政権も安倍政権から引き継いでいるようだ。観測気球を上げて、世論の反応を見るためでもあるのだろう。

 選手らには、毎日の検査や行動範囲を限定することを条件に、通常は必要な14日間の待機を免除し、入国翌日から練習を認めるという。活動計画を遵守する旨の誓約書を出してもらい、違反がわかれば大会参加の資格証明書剥奪などのペナルティがあるという(ただし、この証明書はIOCが発行するものなので、果たして日本政府に剥奪権限があるのか疑問だ)。

五輪開催を断念する「プランB」も用意し、国民に説明すべきではないか

 一方、読売新聞の同記事によれば、選手・コーチ以外に主催団体や報道関係者など、その他の関係者として来日する外国人は約8万人に達すると見込んでいる。彼らに対しては、「14日の待機を原則」としながら、「大会運営に必要な場合」などは「待機期間の3日間への短縮や、入国直後からの活動を認める」と例外も用意されている。行動範囲の限定などに違反が発覚すれば、やはり資格剥奪の措置をとる、というが、これだけ多くの人の行動を把握するのは無理だろう。発覚しなければそれまでだ。

 同紙は「海外からウイルスが持ち込まれるリスクはほぼ除外できる」という政府関係者のコメントを紹介しているが、認識が甘すぎるのではないか。最悪の事態を想定して対策を考えるのが、危機管理というものだろう。机上の案という懸念が拭えない。

 選手・コーチを合わせれば、9万5000人に上ると試算される外国からの来客に、連日検査を行う余力はあるのか。それによって、日本の人たちの検査に影響が出る可能性はないのか。大会実施のために医療従事者が割かれることで、ただでさえ逼迫が懸念される日本の医療に影響は出ないのか……。疑問は次々にわく。

 政府や大会組織委は、こうした疑問に対し真摯に答えるとともに、開催を断念する「プランB」も用意し、国民に説明すべきだ。

 日本側から中止を言い出せば、IOCが契約を盾に莫大な違約金を要求してくることを恐れているのかもしれない。もし、そういう事態になったら、事実経過を明らかにして、スポーツ仲裁裁判所に提訴する、という方法もある。

 開催都市契約が結ばれた時には、新型コロナウイルスの感染が世界中にパンデミックを引き起こし、世界中で人々の命や健康が脅かされる事態は、まったく想定されていなかった。世界中が命の危機にさらされるコロナ禍にあっても、日本側にすべての負担を押しつけるような事態が強行されれば、今後、オリ・パラ開催に名乗りを上げる都市はなくなるのではないか。

 私たちも、人々の命が脅威にさらされている最中でも、政府がオリ・パラ中止の選択肢すら示せない現状をしっかり記録し、未来の日本が、このイベントを2度と誘致する愚を犯さないよう、子々孫々まで伝えるようにしたいものである。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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