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江川紹子の「事件ウオッチ」第174回

河井克行元法相・参院選買収事件と安倍氏、菅氏、二階氏の“政治責任”【江川紹子の考察】

文=江川紹子/ジャーナリスト
河井克行元法相・参院選買収事件と安倍氏、菅氏、二階氏の“政治責任”【江川紹子の考察】の画像1
第4次安倍 (第2次改造)内閣で、法務大臣だった河井氏。議員辞職したところで説明責任は免れないだろう。(写真は「首相官邸」HPより)

 2019年7月の参院選広島選挙区で、地元政治家らに金を渡した行為が公選法違反(買収、事前運動)の罪に問われ、これまで無罪を主張してきた河井克行元法相が、「河井案里の当選を得たいという気持ちがまったくなかったとはいえない」として、買収の趣旨を裁判で争わない姿勢に転換した。さらに衆議院議員の辞職届を提出し、謝罪コメントも発表した。

法定刑は最大4年の懲役…河井克行氏に執行猶予はつくのか?

 保釈後に電話があった神父の言葉がきっかけとなった、という。遅きに失したとはいえ、心からの反省に立っての方針転換であれば、と思う。ただ、裁判では金を受け取った地元政治家らが法廷で受領を認める証言を行い、外堀を完全に埋められている状態だ。そんな今になっての態度変更は、有罪やむなしと見て、執行猶予を狙う作戦だろう、との見方もある。

 どちらなのかは、外部の者が即断できるものではない。その真意は、今後の同氏の言動からそのうち伝わってくるだろう。いずれにしても、同氏が無罪主張を取り下げたことで、有罪判決が出るのは間違いない、といえる。

 公選法では、候補者本人や選挙運動を取り仕切る「総括主宰者」の場合、通常の買収より責任が重い。法定刑は4年以下の懲役・禁錮または100万円以下の罰金となっている。河井氏は、自身が「総括主宰者」に当たるという検察側の主張も、積極的に争わない姿勢に転換した。候補者本人である妻の案里氏は懲役1年4カ月執行猶予5年の一審判決が確定した。

 果たして、罪を受け入れる姿勢を示した克行氏にも、執行猶予がつくのだろうか。

 国会議員自身が公職選挙法の買収に問われた前例は、そう多くはなく、そのほとんどが執行猶予付き判決だ。実刑は、1996年の総選挙で後援会幹部らに2000万円の買収資金を渡したなどとして懲役2年6月の有罪判決を受けた中島洋次郎元衆院議員の例があるが、彼の場合は選挙での買収だけでなく、防衛政務次官当時の受託収賄や政治資金収支報告書の虚偽記載など複数の事件で有罪されたため、あまり参考にならない。

 過去の報道を調べると、議員自身が買収に問われた事件の判決では、2000年以降、以下のような例がある。

▽2000年の総選挙で、飯島忠義元衆議院議員(神奈川4区、落選)が落選後、票のとりまとめの謝礼として地元の市議、町議ら24人に商品券計185万円分を配った、として懲役1年6月、執行猶予5年。

▽2003年の総選挙前に、新井正則元衆院議員(埼玉8区)が自民党支部長や地区長など18人に合計216万円を渡して買収し、選対本部長に市議らの買収資金として320万円渡した、として懲役3年執行猶予5年。

▽同年の総選挙前に、近藤浩元衆院議員(愛知4区で落選、比例区東海ブロック)が秘書に買収資金などとして現金100万円を渡したとして、懲役2年執行猶予5年。

▽2005年の総選挙で、計屋圭宏元衆院議員(神奈川10区、落選)がビラ配りなどの選挙運動をした大学生5人に報酬として一人あたり2~6万円、合計19万円を渡した、として懲役1年2月、執行猶予5年。

 一方、河井氏の起訴事実は、地方政治家や後援会関係者ら100人に合計約2901万円を渡した、というもの。金を渡した相手の人数といい、金額といい、上記の事例に比べて段違いに多い。法定刑の上限である懲役3年に執行猶予がついた新井氏のケースと比較してみても、河井氏にとって見通しはかなり厳しいといえるのではないか。

 実刑判決が出ても控訴して高裁での審理を受ける権利はあり、判決がいつ確定するのかわからないが、そう遠からず司法判断については決着するものと見られる。

「自民党から得たカネをバラまいたのでは?」との疑問にも答えるべきではないか

 ただ、本件が終結した、といえるまでには、いくつもの宿題が積み残されている。

 まず河井氏本人については、国会招致に応じ、さらには記者会見を開いて、国民にことの詳細を説明する必要がある。法廷は、起訴事実についての刑事責任を審理する場だが、自らの口でことの次第の次第を正直に、詳細に説明する政治的責任はいまだ果たされていない。

 河井夫妻は、これまで事件について、自らの口で説明することをずっと拒んできた。地元の事務所に検察の家宅捜索が入った昨年1月15日の夜にようやく、それぞれ別々に、議員宿舎で報道陣のぶら下がり取材に応じたが、事件については語っていない。自らの説明責任について問われても、「刑事事件として捜査が始まっておりますので、このことについては私のほうから申し上げることは差し控えさせていただくのが適切」と繰り返し、こう述べた。

「捜査に支障を来してはならない。刑事事件の進捗、捜査への支障の有無を勘案して、適切な時期に説明させていただきたい、と考えております」

 河井氏への捜査はとうに終わっている。関係者の証人尋問はすでに終了している。4月9日には被告人質問も終わる。同氏が説明責任を果たすことで、司法のプロセスになんらかの影響を及ぼすおそれは、もはやまったくないといえる。説明する責任は、議員を辞職したからといって消えるものではない。

 とりわけ、明らかにすべきは自民党から受け取った1億5000万円と不正との関係だ。うち、1億2000万円は政党助成金、つまり国民の税金が原資である。

 案里陣営が選挙にかかった支出として報告したのは約2600万円にとどまる。全額を党から提供された金でまかなったとしても、なお1億2400万円ほどの使い道が不明だ。

 昨年1月23日発売の「週刊文春」(文藝春秋社)でこの金額が報じられた後、夫妻は受領の事実を認めつつ、「違法性はない」と主張。案里氏は「政治資金収支報告書にしっかりと記載し、報告することにしているので、違法性はないと考えている」と述べた。

 しかし、昨年11月に公開された克行氏の「自民党広島県第三選挙区支部」、案里氏の「党県参院選挙区第七支部」の政治資金収支報告書は、いずれも強制捜査で関係書類を押収された理由に、支出の総額や寄付などが「不明」となっていた。

 自民党から提供された金は、4月15日から6月27日にかけて、夫妻の支部口座に振り込まれた。一方、地元政治家などに金を渡す行為は、3月下旬から7月中旬まで行われている。

 買収は党からの入金がある前から始まっており、その資金の全額が政党助成金原資の金とはいえないだろう。それでも、一部が不正に流用された疑いはなお残るうえ、破格の金額が提供され、陣営の資金が潤沢になったことで、買収の対象や金額が増えた可能性もあるのではないか。

 克行氏は被告人質問で、買収資金は自身の「ポケットマネー」だと述べているが、それならば、その原資がきちんと説明できるのだろうか。加えて、1億5000万円の使途について、河井陣営はすべて明らかにできるのだろうか。

 こうした点について、たっぷりと時間をとって質問に答える機会を克行氏は設けるべきだ。

「自民党のど真ん中で起こった事件」に対する、二階幹事長らの責任の重さ

 責任は、自民党にもある。

 菅首相は、今月3日の参院予算委員会で、河井陣営に提供した1億5000万円について、「党勢拡大のための広報紙を複数回配布した費用に充てられたとの説明があったとの報告を受けている」と述べた。こんな曖昧な答弁では、説明責任を果たしたことにはならない。

 自民党の二階俊博幹事長は、河井氏が議員辞職願を出した後、「党もこうしたことを他山の石として、しっかり対応していかなくてはならない」と述べた。

 二階氏は、不正が行われた選挙の際に同党幹事長であり、1億5000万円の支出についても最高責任者だろう。「他山の石」と述べたことに、政治的な立場を超えて、驚きと批判が巻き起こった。

 「ついに他人と自分の区別もつかなくなったのか。他山ではなく、紛れもない自分の山、『自山』である。買収選挙が行われたことへの責任もかけらも感じていないような態度といわざるをえない」(小池晃・共産党書記局長)

〈どこからどうみても、人ごとではありえない。二階氏の発言は、よほど語彙力に欠けるか、さもなくば、党の反省のなさを象徴するものだ。河井被告がすでに離党していることが発言の理由なら、あまりに無責任である〉(3月26日付け産経新聞社説)

 案里氏の選挙には、安倍晋三首相(当時)の秘書が応援に入ったことが明らかになっている。安倍首相、菅官房長官(いずれも当時)、さらに二階氏自身が応援演説を行った。そして、この参院選挙が行われた後、案里氏は二階派に入り、安倍首相は内閣改造で、河井氏をこともあろうに法務大臣に就けた。

 誰が見ても「自民党のど真ん中で起こった事件」(枝野幸男・立憲民主党代表)だ。同党は、国会に河井氏らを招致して事実を解明しようという野党の動きに協力する政治的な責任があるといえるだろう。

 また、検察当局にも課題が残されている。河井夫妻から金を受け取った側の刑事責任の問題だ。金を受け取った100人のうち40人が広島県内の自治体首長や地方議員で、35人は買収の意図を感じたと認めた。

 公職選挙法は、金品を受け取った被買収の行為も禁じている。法定刑は3年以下の懲役か禁錮、または50万円以下の罰金だ。先に前例として挙げた事件のうち、たとえば新井正則元衆院議員の陣営による選挙買収事件では、議会議長を含む所沢市議9人が被買収容疑で逮捕され、いずれも執行猶予付き懲役刑の有罪判決を受けている。彼らが受け取った金は、10~20万円だった。

 地方選挙でも、被買収は厳しく罰せられている。

 2014年にあった青森県平川市の市長選挙を巡る公選法違反事件では、現金20万円等を受け取った市議15人が被買収で逮捕・起訴された。いずれも判決は有罪で、執行猶予付きの懲役刑を受けている。

 また、同じ年にあった徳島県牟岐町の町長選を巡る選挙違反事件で、落選した元町議から現金30万円を受け取った鮮魚商の夫婦は、やはり執行猶予付きの懲役6月の有罪判決を受けた。

 公職に就いているわけではない一般人でさえ、こうして処罰の対象になっているのだ。

 これに対して、河井夫妻の事件での地方政治家の受領金額の多くは20~30万円で、最高額は200万円に上る。報道によれば、40人のうち8人は辞職したが、残る32人の多くは、刑事処分が出ていないことなどを理由に議員活動を続ける意向を示している、という。

 検察は、法廷での証言の前にあえて処分を出さず、証人が刑事責任を問われるのを回避したいという迎合的な心理状態を作り出し、捜査段階での供述を維持させようとしていたのではないか。起訴権限を検察が独占的に有している仕組みを利用した、アンフェアな対応のように見える。

 地元の市民団体は、この40人を被買収で告発している。その処理が公平、公正に行われるのか、国民が注視していることを検察は忘れてはならない。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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