強引な手法から「漁業団体の金正日」とも揶揄される全国漁業協同組合連合会(全漁連)の岸宏会長の足元が揺らいでいる。漁業協同組合「JFしまね」(松江市)の会長も務める岸氏による私物化疑惑などが浮上。一部の同組合員が同氏に対し、6000万円の損害賠償を組合に支払うよう求めて、松江地裁に提訴している。
不要な出張繰り返す?
漁業団体は本来、漁業者の所得向上などに寄与するために存在する。仮に大幹部が組織を私物化していることが事実ならば、団体の存在意義が根本から問い直されることになりそうだ。
地元報道などによると、岸氏をめぐる疑惑の具体的な内容は、関西方面への不要な出張を繰り返したこと、法人税の申告遅延といった法令違反、すでに閉店した直営鮮魚店の預金が使途不明となっていることなどが挙げられる。こうした行いがJFしまねに損害を与えているというわけだ。
岸氏は全漁連の会長を8年、JFしまねのトップを15年務めている。両組織の幹部連中は誰も岸氏にもの申すことができず、統治能力は著しく欠如している。しかも、JFしまねの怠慢から、漁業補助金を島根県内の漁業者が受けることができていないという。一方、今に始まったことではない法令違反などに対し、組合員が公然と声を上げたこと自体が終わりの始まりといえそうだ。岸氏は騒動が明るみになって以降、公の場に幾度となく姿を現しているが、疑惑には口をつぐんだまま。
島根県は今年3月、一連の法令違反を受け、水産業協同組合法に基づく業務改善命令をJFしまねに対して行った。同組合は県に業務改善計画を提出することになる。業務改善命令が下されるのは異例。
信念なき知事の遺恨
ただ、この改善命令は漁業者ファーストで出されたものではなく、知事の私的な恨みが背景にあるとの指摘もある。同県の丸山達也知事は2019年、激しい保守分裂選挙を制して初当選。事情通は「丸山知事は信念のかけらもない人。誰が選挙のときに自分を応援したかということを物事の判断基準にしている」と切り捨てる。JFしまねが対立候補を応援したことが、今回の決断につながったとみられる。
丸山知事をめぐる評判は芳しくない。先の事情通は「メディアを都合のいい広報機関にしか思っていない」と指摘。裏で特定のメディアを懐柔したり意に沿わない報道には露骨に不快感を示したりするという。ポリシーがないただの人気取りなのか、東京五輪聖火リレーの中止検討をぶち上げておきながら、一転して容認した。本当に県民の命を守り抜く覚悟があるなら、中止を強行すべきだったのではないか。霞ヶ関の経済官庁幹部は「ただ目立ちたかっただけだろう」と一笑に付す。
予算をむしり取るだけ
岸氏のことに話を戻そう。政府が漁業資源管理の強化を柱とした水産改革を推し進めるなか、同氏は「水産予算3000億円」を毎年のように声高に求めている。水産改革では、減少が続く漁獲量を回復させて中長期的な漁業所得の向上につなげるため、科学的根拠に基づいた漁獲枠導入などを進めている。漁獲枠を設定すれば、一時的に漁業者が収入減に直面するリスクがあることを踏まえ、手厚い予算が必要というのが同氏のロジックだ。
しかし、予算を付けたはいいが、岸氏をはじめとした全漁連幹部は資源管理の推進に「まったく非協力的」(農林水産省キャリア)なのだから、開いた口がふさがらない。こうした状況を是認している政府・与党の胆力のなさもあきれかえるばかりだ。
自民水産部会に不要論
水産政策に大きな影響力を持つ自民党水産部会は機能不全といえよう。政府関係者は「水産部会の幹部は『岸さんの言う通りにやればいい』と平気な顔で言う」と証言。岸氏の背後には、参議院のドンとして君臨し、議員引退後も絶大な影響力を持つ島根県出身の青木幹雄・元自民党参院会長、加藤勝信官房長官がおり、対立は避けたいという思いが透ける。
そうはいっても、全漁連が投げかける無理難題を押し返したり、政府の政策に協力するよう説得したりするのが、自民党水産部会の本来の役目だ。全漁連の言いなりになっている部会は「潰すべきだ。要らない」(経済官庁幹部)との意見も多い。
この状態を放置し続ければ、予算が膨張し続けるだけで一向に水産行政の改善が図られない。岸会長をはじめとした大幹部、そして全漁連を押さえつけられない国会議員には一刻も早くご退場願いたい。
(文=編集部)