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高井尚之が読み解く“人気商品”の舞台裏

サントリー「伊右衛門」、棚落ち寸前から急回復…新戦略は“色で訴求”、鮮やかな緑&琥珀色

文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
【完了】サントリー「伊右衛門」、棚落ち寸前から急回復…新戦略は色で訴求、鮮やかな緑&琥珀色の画像1
緑色の「伊右衛門」本体(左)と茶色の「伊右衛門 京都ブレンド」(筆者撮影)

「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数ある経済ジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。

 コロナ禍で、社会人の仕事も在宅勤務が多くなって1年以上になる。消費生活も様変わりした。筆者は、事務所近くの食品スーパーを定点観測しているが、以前とは異なり、平日の日中にカジュアル服の現役世代が買い物をする姿も目立つようになった。

 売れゆき商品の品揃えも季節性だけでなく、世相が反映される。

 清涼飲料でいえば、豪雨や地震などの災害が起きると「被災地以外でも2リットルの水が売れる」と聞く。特に水は、保存飲料として常備する人が増えた。また、栄養面を気にする人も増え、先日は野菜飲料も「防災用品」コーナーに置かれていた。

 清涼飲料市場は全体で5兆円を超える巨大市場だが、2020年の実績は17億7850万ケース。対前年比93.5%と落ち込んだ(「飲料総研」調べ)。コロナの影響で、ビジネス出張や観光旅行の自粛、学生からシニアまで各種スポーツ大会や発表会も中止となり、移動時に携帯されるペットボトル飲料も影響を受けた。

 一方、コロナ以前に売れゆきが落ちた商品のリニューアルを行い、大成功を収めたブランドがある。サントリーの茶系飲料「伊右衛門」だ。どんな施策を打ち、復活につなげたのか。

 今回は同ブランドに焦点を当て、茶系飲料に対する消費者意識の変化も考えたい。

本体は4割減、リニューアルで目指した「水色(すいしょく)」

2004年に発売されて大ヒット商品となった「伊右衛門」だが、実は翌2005年をピークに販売量は落ち込んでいたという。まずは2010年の数字をデータで紹介したい。

■2010年 飲料ブランド別販売ランキング

順位 ブランド名 数量
(単位=万ケース)
ジョージア 11,610
お~いお茶 8,580
コカ・コーラ 8,400
アクエリアス 7,730
BOSS 7,150
サントリー天然水 5,080
伊右衛門 4,880
午後の紅茶 4,410
森の水だより&いろはす 4,120
10 爽健美茶 3,980

(出所:飲料総研)

「2013年に発売した『伊右衛門 特茶』が売れるなど、派生商品でブランド全体を支えていましたが、『本体』と呼ぶ緑茶は右肩下がり。2019年には最盛期に比較して本体は約4割減となり、コンビニの緑茶売り上げでは4番手。もはや棚落ち寸前でした」

 多田誠司氏(サントリー食品インターナショナル ジャパン事業本部 ブランド開発事業部部長)は、こう明かす。「コンビニの棚落ち」とは、売り場面積が手狭なコンビニの陳列販売から商品が姿を消すこと。メーカーにとっては死活問題だ。

 同社が消費者調査を行うと、商品自体に対するイメージも希薄となっていた。たとえば「『伊右衛門』と言われて思いつくものは?」という問いに対して、「モっくん、りえちゃん」(テレビCMに登場する俳優の本木雅弘さんと宮沢りえさん)という答えが目立った。

「そこで再生を目指し、発売以来最大のリニューアルに踏み切ったのです。最大の特徴は、独自の技術で緑茶本来の鮮やかな緑の水色(すいしょく)と、味・香りを両立したこと。香り成分や旨味が豊富といわれる一番茶を多く含むことにもこだわりましたが、商品の特長をお伝えする際には、あれこれ説明せずに色で打ち出しました」(多田氏)

一目でわかる「脊髄反射」を目指した

「色訴求」への仕掛けを、多田氏はこう続ける。

「商品の中身が見えるよう、容器を覆う面積の少ないロールラベルも採用。売り場で商品を見たお客さまに“脊髄反射”していただく取り組みです」

 ここでいう脊髄反射とは、瞬間的に「買ってみたい」と思わせる意味だ。

 かつて大手メーカーに、大型小売店の売り場に「店頭ビデオ(動画)を設置し、流し続ける理由」を聞いたことがある。最大の理由は購買促進だが、「消費者が買おうと思うのはほんの一瞬なので、視覚的に訴求し、足を止めてもらう手法」とも話していた。今回は、それと似た瞬時の訴求手法だ。

「『伊右衛門』は創業200年以上の歴史を持つ、京都の老舗茶舗『福寿園』の茶匠が厳選した茶葉を使用した本格緑茶です。リニューアルした商品には、淹れたてのお茶のような豊かなうま味・香りと、穏やかな渋みによる飲みやすさもあります。そうした蘊蓄(うんちく)を熱く語るのではなく、瞬間的にわかる価値にこだわりました」(同)

 関係者で議論を重ね、徹底して追求したからこそ、たどり着いたシンプル訴求なのだろう。これが消費者に「色がきれい」「すっきりした味」と支持された。2020年4月にリニューアル後、同年4~12月の販売実績は対前年比3割増となり、販売数量も回復した。

■2020年 飲料ブランド別販売ランキング

順位 ブランド名 数量
(単位=万ケース)
サントリー天然水 11,290
ジョージア 10,300
BOSS 10,270
お~いお茶 8,310
コカ・コーラ 7,950
綾鷹 5,960
伊右衛門 5,560
午後の紅茶 4,890
森の水だより&いろはす 4,580
10 アクエリアス 4,490

(出所:飲料総研)

ライト層に訴求、過去の成功体験も捨てた

 なぜ、こうした手法をとったのだろうか。

「実は、ペットボトル緑茶を飲む消費者のうち、月に1本未満しか飲まない層が半数以上もいました。そこでリニューアルのターゲットを『緑茶ライト層・無関心層』に設定。この人たちに手に取ってもらうためにどうするか、を考え続けた結果なのです」(同)

 健康志向も反映して、茶系飲料の人気は高いが、緑茶では「お~いお茶」(伊藤園)、「綾鷹」(日本コカ・コーラ)、「生茶」(キリンビバレッジ)などの競合ブランドがあり、ブレンド茶では「十六茶」(アサヒ飲料)や「爽健美茶」(日本コカ・コーラ)もある。多くの消費者は、特に深い思いを持たず、その日の気分で買って飲むのではないだろうか。

 そこでサントリーが導き出した答えが、商品は「真ん中」(淹れたてのような色、味、香り)で、伝え方は「説明不要」(緑で表現)だった。ライト層にさらに調査をすると「上質なお茶=緑」という認識があることもわかり、その仮説をもとに進めた。

 2004年の発売時から行ってきた成功体験も捨てた。その象徴が「竹筒ボトル」との決別だ。ここまでの全面刷新に対して、社内に抵抗勢力はなかったのか。

「むしろ逆でした。2004年発売時のメンバーで、チームリーダーだった沖中(沖中直人氏=現サントリーウエルネス社長)は、かなり早い段階から『竹筒ボトルを捨てないとダメだ』と話していました。当時、商品開発を担当した牧(牧秀樹氏=現サントリー食品・商品開発部部長)も、デザインを担当した水口(水口洋二氏=現サントリーコミュニケーションズ・デザイン部長)も、リニューアルを後押ししてくれました」(多田氏)

茶色市場を見据え、「京都ブレンド」も投入

 今年4月6日、「伊右衛門 京都ブレンド」を発売した。緑茶の「緑色」に対してブレンド茶は「琥珀色」。前年に行った「お茶の質は、色に出る」という考えに沿った、色訴求第2弾だ。発売して間もないが、市場の受け入れ性は上々だという。

「京都・福寿園茶匠のブレンド技術で編み出した、雑味のないすっきりした上質な味わいです。厳選したほうじ茶・京番茶・大麦・炒り米・和紅茶という、5つの素材を使用しています。とはいえ、ブレンド茶市場を意識したのではなく、茶色のお茶で上質な商品を目指したのです。SNSでは『ほうじ茶と麦茶の間の味』といったコメントも目立ちます」

「京都ブレンド」の開発に尽力した藤井真代氏(サントリー食品インターナショナル ジャパン事業本部 ブランド開発事業部)は、こう説明する。

 実は茶系飲料には「緑色」と「茶色」の2大勢力があり、売り上げ規模もほぼ拮抗するという。前者は緑茶、後者は紅茶、麦茶、ブレンド茶、ウーロン茶、ほうじ茶などがある(日本茶市場とはまた別の分け方だ)。緑色市場の一角を占める「伊右衛門」が、茶色市場にも進出――といった構図で考えると理解しやすいだろう。

 商品パッケージには「京都茶匠の琥珀色ブレンド」と明記されているが、透明感のある茶色の表現として、これに落ち着くまでに苦労した。

「ピュアブラウンなども考えましたが、茶系飲料らしくない。結局、サントリーのウイスキーでも用いる琥珀色にしたのです」

 どの会社でもそうだが、とりわけサントリーの商品開発は“新鮮味”にこだわる。「茶色」ではなく「琥珀色」に行き着いた表現もその一環だろう。

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京都ブレンドを持つ藤井氏(左)と本体を持つ多田氏(筆者撮影)
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「琥珀色」を実感してもらうため、5月11日から「伊右衛門 京都ブレンド ラベルレス」(コンビニと交通売店での数量限定)も発売した(写真提供:サントリー食品インターナショナル)

「濃厚な味」vs.「ごくごく飲める」の好まれ方

 ところで、近年の飲料市場は「ごくごく飲める」もトレンドとなっている。

 緑色の「伊右衛門」も茶色の「京都ブレンド」も、ごくごく飲める味だ。一方で今年2月23日、同ブランドから「伊右衛門 濃い味」を新発売した。競合の伊藤園は以前から「濃い茶」を打ち出す。「濃厚」と「ごくごく飲める」の消費者ニーズをどう考えているのか。

「『伊右衛門』本体のような飲みやすい商品がご好評いただく一方、濃い味わいの煎茶市場も大きく伸長しています。『伊右衛門 濃い味』は、その層に訴求したのです」(多田氏)

 同商品のパッケージには「高カテキン」の文字もある。茶カテキンを増やして濃厚な味を表現した初期の商品には、2003年発売時に大ヒットした『ヘルシア緑茶』(花王)がある。

「大きな流れとしては軽い味が好まれていますが、濃厚な味で健康機能感を持ちたい方は一定数おられ、この支持層も根強いのです」と、多田氏は説明する。

なぜ「日本茶飲料」は人気なのか

 冒頭で紹介した2020年の飲料市場全体の数字(17億7850万ケース)のうち、カテゴリー別での最大市場が「日本茶」(3億8700万ケース)、次いで「コーヒー」(3億4000万ケース=いずれも「飲料総研」調べ)だ。

 前掲した2020年のランキング表のうち、「日本茶」系の順位を麦茶も含めて紹介しよう。1位から3位までは緑茶ブランドだが、麦茶の人気も根強い。

■2020年 「日本茶」系 ブランド別販売ランキング

順位 ブランド名 数量
(単位=万ケース)
お~いお茶 8,310
綾鷹 5,960
伊右衛門 5,560
健康ミネラル麦茶 3,520
生茶 2,800
GREEN DA・KA・RA やさしい麦茶 2,590
十六茶 2,150
爽健美茶 2,030

(出所:飲料総研。同データをもとに作成)

 これだけ時代が変わり、さまざまな清涼飲料が林立するなか、なぜ「日本茶」系が選ばれるのか。多田氏は次のように解説する。

「まず、日本茶には長年の歴史があり、日本の消費者の生活に根づいています。カフェインやテアニンの成分も含まれるので、飲むとシャキッとします。飲料には無意識のうちに『リラックス』と『リフレッシュ』を求めますが、日本茶もコーヒーもこの2つの要素を備えています。ほかの飲料、たとえばミルク系はリラックスで、炭酸系はリフレッシュです。

 また、ホットもあればコールドもあるので日本の春夏秋冬に対応でき、1年中飲めることも大きい。そうした複合要因で、日本茶とコーヒー市場が強いのだと思います」

 マーケティングの世界では「消費者はどんどん変わる」と言われるが、一方で食品の嗜好の本質はあまり変わらない。カップ麺市場は醤油味、アイスクリーム市場はバニラ味が強い。メーカー各社も基本は押さえつつ、味わいの差別化で勝負――が続くのだろう。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)

【完了】サントリー「伊右衛門」、棚落ち寸前から急回復…新戦略は色で訴求、鮮やかな緑&琥珀色の画像4
夏場になると「炭酸系」を求める消費者が増える(2019年6月、筆者撮影)

高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント

高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント

学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。これ以外に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(同)、『「解」は己の中にあり』(講談社)など、著書多数。

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