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江川紹子の「事件ウオッチ」第179回

【ドイツがナミビア虐殺を謝罪】日本は過去の過ちをどのように清算するかー江川紹子の提言

文=江川紹子/ジャーナリスト
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2015年の日韓外相会談により、慰安婦問題で両政府の合意が表明されたが……。(画像は外務省HPより)

 ドイツ政府が、かつて植民地として支配していた「南西アフリカ(現在のナミビア)」で行った虐殺について、正式に「ジェノサイド(集団虐殺)」と認め、謝罪した。マース外相は「ナミビアと犠牲者に許しを請う」と述べ、11億ユーロ(約1500億円)の復興・開発支援金を拠出すると表明した。

 今回のドイツの態度表明に対し、ネット上では「日本は見習ったほうがいい」「歴史に学ぶドイツと学ばない日本」などとのコメントも見られた。だが、過去の清算は、“ドイツ=過去を反省する優等生”“日本=過去を反省しない劣等生”と簡単に評価できるような単純な話ではない。

虐殺を認めたものの、賠償は拒否したドイツ

 今回謝罪したのは、1904~08年に蜂起したヘレロ族とナマ族への虐殺について。子どもも含めてドイツ軍に惨殺されたほか、砂漠に追い込こまれ飢えや渇きで命を失ったり、強制収容所で過酷な環境におかれて死亡した人々もいた、という。報道によれば、ヘレロ族8万人のうち約6万5000人、ナマ族の2万人のうち少なくとも1万人が殺害された、という。

「20世紀最初のジェノサイド」とも呼ばれる。犠牲者の一部の遺骨はドイツに送られ、ヨーロッパ人の人種的優越性を研究する人類学者に利用された。その後のナチスによるホロコーストの原型を、ここに見るようだ。

 ドイツは、ユダヤ人などに対するホロコーストについては、謝罪と補償のほか、ナチス犯罪の究明、歴史を語り継ぐ教育などに取り組んできた。それに比べ、植民地に対する行為への対応は遅く、かつ不十分だと指摘されてきた。

 ナミビアとの交渉は、2015年から行われていた。ドイツ側は金銭の支払いについて、国家の法的責任を認める「賠償」という言葉を拒み、「傷の癒やし」と表現していたことに、ナミビア側が反発。交渉の難航が伝えられていた。それがやっとまとまったのだろう。

 ただし、今回ドイツがナミビアの件で認めたのは、「歴史的、道義的な責任」に留まり、法的な賠償責任は認めていない。しかも、被害者の子孫などは交渉にはかかわっておらず、意見も求められていない、という不満の声も伝えられている。被害者の子孫で構成する団体のなかには、今回のドイツの対応をナミビアが受け入れることに対して、反対の意向を示しているところもある、という。

 ナミビア政府も、謝罪は「第一歩」として評価しつつ、賠償という「二歩目」を期待するコメントを出しており、決して今回の支援金で納得しているわけではなさそうだ。これで、この問題が決着を見るかどうかはわからず、過去の清算は容易ではない。

 この難しさは、日本もかつて植民地支配をしていた韓国との関係で、経験してきた。

過去の植民地支配に対する日本の対応

 1965年に日韓基本条約が締結される際には、日韓請求権協定が結ばれ、有償無償合わせて5億ドルの経済協力という形で事実上の補償が行われた。その際の日韓共同コミュニケで日本側は、「過去の関係は遺憾であって、深く反省している」と述べた。ただ、この時には明確な謝罪の言葉は見られない。

 この日韓請求権協定では、「両締約国及びその国民(中略)の請求権に関する問題が(中略)完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」という条文がある。日本が植民地時代の問題はすべて解決済み、としているのは、これによる(韓国政府も当初は同じ立場だった)。

 その後、韓国で元慰安婦が名乗り出たことをきっかけに、1990年代に慰安婦の問題がクローズアップされ、国際社会からも日本に厳しい目が注がれるようになった。そこで日本は、この問題に対応するためアジア女性基金を設立した。

 償い金には国民からの募金を当てる一方で、その経費は国の補助金でまかない、さらに政府からの拠出金で元慰安婦への医療・福祉支援事業を行った。今回のドイツの対応と異なるのは、被害者個人に対する補償であって、たとえば韓国や台湾の元慰安婦には償い金200万円、医療・福祉支援300万円に加えて、内閣総理大臣からのお詫びの手紙が添えられた。

 元慰安婦個人への事実上の補償だが、政府として謝罪するが法的責任は認めない、国家賠償はしないが国庫から拠出する、という点では、今回のドイツのナミビアに対する態度と似ている。

 償い事業は韓国のほか、フィリピン、台湾、インドネシア、オランダで進められた。韓国では、女性基金が法的責任を認めた賠償でないことに激怒した慰安婦支援のNGOが強く反発。基金を受け入れた元慰安婦を激しく攻撃するなどしたため、十分な活動ができなくなったが、それでも韓国政府に登録された元慰安婦236人のうち61人が償いを受け取ったことが後に明らかになった。

 韓国との間では、2015年に日韓外相合意が交わされ、「全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業」のために日本側が10億円を拠出することになった。実際、元慰安婦に支援金が配られたが、韓国の政権交代に伴い、財団は解散された。裁判では、日本政府に賠償を求める判決が出されたり、徴用工を巡っても日本企業の財産が差し押さえられるなど、過去を巡る問題が日韓関係をぎくしゃくさせている。

 ただ、慰安婦問題という特別な課題があるとはいえ、これまでの日本の対応がドイツに比べて激しく見劣りする、ということはないのではないか。むしろ、植民地支配に伴う補償という点では、ヨーロッパ諸国に先んじた対応をしてきた、といえる。

日本が表明してきた反省とお詫びが「心からの謝罪ではない」は本当か

 そういうと、日本がしてきたお詫びは「心からの謝罪」ではないという反論が返ってきそうだ。

 確かに、ポーランド・ワルシャワの記念碑の前でブラント首相(1970年当時)がひざまずき、メルケル首相が2019年にアウシュビッツ強制収容所跡を訪れて「(ドイツの)責任に終わりはない」と述べるなど、ナチス犯罪に関するドイツ側の対応は、心に響くものがある。あるいはワイツゼッカー大統領(1985年当時)による「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目になる」演説などは、36年がたった今読み直しても感銘を受ける。

 それに比べると、日本の対応はいかにも地味である。相手国の国民や国際社会からの評価を、まるで考えてないかのようにも見える。日韓外相合意に至っては、安倍晋三首相の「心からおわびと反省の気持ち」の表明は、岸田文雄外相によって代読される、というもので、真意を疑う人がいるのはわかる。せめて安倍首相自身が、国内外のテレビカメラの前で心を込めてお詫びの言葉を述べていれば、国際社会の評価や印象はだいぶ違ったのではないか。

 しかし、だからといって、過去に日本が植民地支配や戦争について述べてきた言葉に「心」がない、と決めつけるのは違うように思う。

 韓国と国交を回復して以降、日本は首相や天皇の口から、植民地支配についての「遺憾」「反省」「お詫び」を何度も伝えてきた。1993年には、非自民連立政権の首相となった細川護熙氏が、先の戦争を「侵略戦争」と発言。当時の世論調査によれば、国民の6割近くがこれを支持し、「そうだと思わない」は「あまり思わない」を合わせても16%にすぎなかった。細川氏はその後も、「過去の我が国の侵略行為や植民地支配などが多くの人々に耐えがたい苦しみと悲しみをもたらしたことに改めて深い反省とおわびの気持ち」を重ねて表明している。この時期、「反省とお詫び」の気持ちは、政府と国民が共有していたといえるだろう。

 また、女性基金事業を行う際、国民からは総額約6億円の募金があり、被害者へのお詫びの気持ちを記した手紙も多く寄せられた。

 1995年に戦後50年を迎えた際、村山富市首相(当時)は、談話のなかで次のように述べている。

〈わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします〉

 これが、今回報じられているドイツ政府の声明よりも「心」がないとは、私は思わない。

 ただし、被害を受けた当事者が、それで納得するかどうかは、別の問題だ。また、その時々の経済状況や国内の政治事情、国際的な発言力など、さまざまな要因が、当事国の対応に影響する。国際関係においては、条約が結ばれれば問題にピリオドが打たれるのがルールだろうが、過去の清算に関しては、必ずしもそうなっていない。これは、ドイツも同様の悩みを抱える。

 最近になってポーランドやギリシャなどから、ドイツにナチス時代の被害への賠償を要求する声が出ている。ナチスドイツの侵攻を受けたポーランドは戦後、ドイツへの賠償を放棄したが、それはソ連の圧力によるもので無効だ、というのがポーランド側の主張。そしてギリシャからは、1960年に西ドイツから受け取ったナチス犯罪の賠償金では不十分だという声が上がる。ドイツ側はいずれにも応じる姿勢はない。補償を求める側からすれば、謝罪のメッセージを繰り返しても、実が伴わない、という不満がくすぶる。

 それにしても、多大な被害を出した祖先の過ちに対し、国はいつまで遡って責任を負い、いつの時点までどのような形で責任を果たすべきなのだろうか。

「人権外交」の重要性が増すなか、日本も“負の歴史”を後世に伝える努力を

 最近のヨーロッパでは、過去の歴史を省みる流れも出ている。

 特に、アメリカの「Black Lives Matter」がヨーロッパにも飛び火。奴隷貿易や植民地支配を巡って、歴史を見直す動きも出ている。

 イギリスではイングランド銀行と英国教会が、19世紀の幹部が奴隷貿易から利益を上げていたとして謝罪。英ロイズ保険組合も奴隷貿易における「恥ずべき」役割について謝罪した。

 ベルギーでは、アントワープ市が19世紀の国王レオポルド2世の像を撤去した。この王がアフリカ・コンゴの植民地化を進め、先住民に過酷な労働ノルマを課し、達成できないと手を切り落とすなどの残虐非道な搾取をした。昨年6月、フィリップ国王がコンゴ民主共和国(旧ザイール)のチセケディ大統領に宛てた書簡のなかで、初めて謝罪した。

 また、ドイツのナミビアへの対応が報じられる直前、マクロン仏大統領は、訪問先のルワンダで、1994年に80万人以上が虐殺された事件について、虐殺を行った体制を支持していたフランスの責任を認めた。ただし、「(虐殺に加担する)共犯者ではなかった」として、明確な謝罪は避けた。

 とはいえ、ヨーロッパの各国が、かつての植民地支配そのものを謝罪したり補償したりする動きは出ていない。

 マクロン仏大統領にしても、アルジェリアに対する植民地支配の歴史について、大統領就任前には「植民地支配は反人道罪」「歴史を直視し謝罪すべき」と発言し、フランス国内で驚きと反発を受けた。就任後は態度を後退させ、アルジェリアが公式謝罪を求めるのに対しては、「悔い改めも謝罪もしない」と拒絶している。

 積極的に謝罪や補償などを行えば、国内にバックラッシュが起きる。それは日本も経験済みだ。村山談話や女性基金の後、負の歴史を省みることに「自虐的」という批判がされるようになり、自国の歴史を肯定的に(のみ)見ようとする風潮が広がった。それが、加害の事実をなかったことにしようとする歴史否認や、嫌韓からヘイトデモの横行などへとつながった。

 そうした風潮を背景に、政治主導で“負の歴史”を次世代に伝える機会が減っていったことは残念だ。「謝罪」「補償」とは別に、歴史的事実を確認し、現在・未来の自国民に正しく伝えていくことは必要で、この点についてはドイツに学ぶ点は大いにあるように思う。

 それは、道徳的な理由からだけではない。

 韓国は、経済発展と民主化による国民の人権意識の向上を背景に、「歴史認識」を巡って日本を批判し、強い要求を突きつけるようになった。今世紀に入って以降、アジア・アフリカの国々も、経済力や国際的な発言力を次第に高めてきている。欧米による過去の植民地支配や軍事的・経済的干渉などによる人権侵害についても、謝罪や賠償を求められる機会も増えるかもしれない。

 一方で最近、欧米は「人権」を外交上のテーマのひとつに据えるようになってきた。とりわけ中国に対しては、香港やウイグルなどでの人権を巡って批判がなされる場面が増えている。

 これに対し中国は「過去の人権侵害」で反論してくることが考えられる。すでに、日本がウイグル問題で「深刻な懸念」を表明したのに対し、慰安婦問題を引き合いに「日本は人権を尊重しているといえるのか」と反論した。南京事件など、旧日本軍が中国国内で行ったさまざまな行為を、改めてクローズアップさせることもあり得る。

 さらに中国は、アフリカなど旧植民地国をとりまとめ、ヨーロッパの旧宗主国やアメリカなどに対し、「まずは過去の人権侵害の清算を」と要求してくるのではないか。その時、植民地支配や虐殺など、他国の人たちへの深刻な人権侵害という負の歴史を背負った国々はどう対応するのか。

 中国は、日本と国交回復する際に、賠償請求権を放棄した。一方、賠償の負担から免じられた日本は、ODA等を通じて中国にさまざまな経済的援助を行った。そこには、過去に対する償いの意識もあったと思う。

 日本は、過去の加害行為と戦後の対応の両方について、きちんと事実を整理し、内外に伝えていく準備が必要だ。それに加えて、負の歴史をきちんと後世に伝える努力を示せれば、日本の主張は国際社会において、大いに説得力を持つだろう。欧米に対しても、ひとつのモデルを示せるのではないか。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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