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藤和彦「日本と世界の先を読む」

ワクチン接種世界最多、封じ込め成功したはずの中国、コロナ感染が再拡大…政府の対策が隘路に

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
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「gettyimages」より

 新型コロナウイルスのデルタ株の流行が世界に暗い影を投げかけている。デルタ株は既知の呼吸器系ウイルスのなかでも感染力が非常に強く、他の変異株よりも重症化を引き起こしやすく、抗体を回避する能力も高いからである。

 中国は新型コロナウイルスの封じ込めに成功したとされているが、デルタ株に対しても有効な手立てを講じることができるのだろうか。7月10日に中国東部の江蘇省南京市で始まった感染は中国31省の半数以上に拡大し、1000人以上の感染者が報告されている。

 中国政府は、昨年1月に武漢市で実施した封鎖、検査、隔離による「感染者ゼロ」対策を堅持している。特に全住民を対象とするPCR検査を重視しており、新型コロナの感染が確認された自治体は、人口が500万人までであれば全住民向けのPCR検査を2日以内に、500万人以上であれば3日以内に終了することを義務づけられている。新型コロナウイルス感染者が最初に発生した武漢市では再び1200万人分のPCR検査が実施され、都市封鎖を恐れる市民が買いだめに走る姿が散見された。

 しかし鉄壁の封鎖もデルタ株の感染力を前に有効ではなくなりつつある。中国が重要視するもうひとつの戦略は、ワクチン接種による集団免疫の形成である。中国政府は11日、新型コロナウイルスワクチンの接種回数が18億回を突破したことに加え、デルタ株の流行に備えて不活化ワクチンである中国製ワクチン(シノバック製)と米製薬会社イノビオのDNAワクチンの混合接種についての臨床試験を承認したことを明らかにした。DNAワクチンはメッセンジャーRNAワクチンと同様、最先端の遺伝子技術を用いて開発されているが、いまだに世界で承認された事例はない。イノビオは複数の国で自社ワクチンの臨床試験を行っているが、これまでのところ有効性に関するデータを一切公表していない。

 ワクチン接種により、重症化や死亡リスクは低下することは明らかになっているが、デルタ株の感染防止にはあまり効果を上げていない。中国での感染者の多くはワクチン接種を済ませており、ワクチンによるゼロ・コロナは期待できないのである。

政府、「コロナとの共存」論の火消しに躍起

 コロナ封じ込めの出口が見えない隘路にはまりつつあるなか、中国でも「コロナとの共存」を唱える声が上がり始めている。口火を切ったのは7月29日の上海復旦大学の感染症専門家のウェイボ-(中国版ツイッター)への投稿だった。「中国の今後の選択は、世界との相互コミュニケーションを実現し、通常の生活に戻っていくと同時に、ウイルスに対する国民の不安を取り除くことを保障できなければならない」という投げかけに、他の専門家たちは「伝搬速度の速いデルタ株が厳しい制限措置にもかかわらず、国境封鎖を突破しており、完全に阻止することは難しい」「デルタ株の流行により、大量のワクチン接種で集団免疫を達成し、コロナの流行を防ぐという従来の目標はすでに幻想になった。中国のコロナ戦略は『ゼロ感染』からレッドラインを設定する方式に変更する必要がある」などと同調した。

 しかし共存論が広がるやいなや、中国政府は急ブレーキを引いた。御用学者たちに「ウイルスとの共存は絶対に不可である。世界的なウイルスの再拡散は、英国と米国が盲目的にウイルス制御を解除・緩和し、安易にワクチン接種に頼った結果である。政治制度の欠陥から作られた防疫政策の失敗で、個人主義の価値観を崇拝した必然的な誤りである」と主張させたのである。

 感染者数が少ないなかでの厳しい感染抑制策に加え、世界最高レベルのワクチン接種回数は、中国共産党がコロナ撲滅に向けどれだけ大がかりな政治的投資を行っているかを物語っている。中国指導部は少なくとも来年いっぱいは厳しい制限を維持するとされている。来年2月の北京五輪や秋に開催される5年に1度の共産党大会での習近平国家主席の3期目就任に影を落としたりするような感染急拡大を、なんとしてでも避けなければならない。

 だが、コロナ対策を容易にかいくぐる新たな変異種の発生により、こうした政策を無期限に維持するためのコストは膨らむばかりである。感染の初期段階で厳格な措置を講ずることにより、ゼロ・コロナを達成した中国は、世界に先駆けて経済を急回復させたが、このやり方が有効なのは短期戦の場合のみである。コロナ撲滅は一時的には可能だが、永遠には無理だ。このままでは世界のどの国よりも経済を犠牲にする厳しい政策を自らに強いることになってしまうことだろう。

対外強硬策も

 世界では多くの国が新型コロナウイルスとの共生に軸足を移しつつあるが、世界第2位の経済大国である中国が今後何年もの間、孤立したままの状態に陥るかもしれない。「ウイルスとの共存不可」という政府の主張の陰には、外の世界とつながる程度をどの水準に維持するのかという政治的な配慮、すなわち、「国民をできる限り西側社会から遠ざけたい」とする思惑があるとの指摘もある。しかし中国がこの政策を続ければ続けるほど人的往来が途絶え、毛沢東時代のような鎖国時代に逆戻りしてしまう。

 中国は権威主義国家の統制力の強みを生かしてコロナの封じ込めに成功してきたが、今後はこの「成功体験」が逆に大きな障害になるとの懸念が生じているのである。膨大なコストをかけた封じ込め策が徒労に終われば、中国全体が大混乱となってしまう可能性も排除できない。体制の優秀性を喧伝してきただけに、コロナ封じ込めに失敗すれば、政府は国民の不満を回避するための対外強硬策に打って出るかもしれない。国際社会は「中国発の地政学リスク」に備えるべきではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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