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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

弦楽器は動物素材でなければ良い音が出ない?オーケストラの各楽器の”こだわりの素材”

文=篠崎靖男/指揮者
弦楽器は動物素材でなければ良い音が出ない?オーケストラの各楽器のこだわりの素材の画像1
「Getty Images」より

 僕の子供の頃から、どこにでも売っていた井村屋の「あずきバー」。超ロングセラーですが最近、またブームが到来して売り上げも大きく上がっているそうです。一番好きなアイスキャンディとはいかなくても、ベスト5くらいに入っているという方も多いかと思います。

 そんなあずきバーをあらためて食べてみると、「こんなに固かったかなあ?」と思うくらい固いのです。インターネットで探ってみても、「固さがどんどん増している」と話題になっているようで、実際に井村屋も認めています。

 そもそも、あずきバーは素材のあずきの良さを味わってもらうために、通常のアイスに比べて空気が少なく、柔らかさを出すために加えられる乳原料を使っていないそうです。つまり、あずきバーの固さは小豆の素材感を追求した結果なのです。

 特に最近は甘さ控えめが好まれることから、砂糖を減らし、相対的に全体に占める氷の割合が高くなり、固くなっているようです。そういえば、以前よりも甘さも控えめです。そんな事情も知らずに、子供時代の頃のようにガブリとかじりついたところ、治療中の仮歯が取れてしまいました。

 素材の味を100%生かすために、”小豆だけ”にこだわっている井村屋のあずきバー。実は、オーケストラの楽器にも似たようなことがあります。

 まずは弦楽器です。ヴァイオリンなどの弦楽器は、木材で制作された楽器自体が音を出すのではなく、楽器に張られた弦を、弓に張られた毛でこすって音をつくり、それが楽器を通して美しい音を出す仕組みです。その弓の毛は、馬のしっぽの毛でないといけないのです。今の時代になっても、ナイロン糸を1本混ぜ込むだけでも絶対にダメで、どうしても馬のしっぽだけです。160本程度のしっぽの毛を束ねて弓に張ってありますが、なかでもモンゴル産の白馬の毛が最高品だそうです。世界中のヴァイオリニストが、モンゴルの馬のしっぽの毛で、モーツァルトベートーヴェンを弾いているのです。

 弦は羊の腸です。とはいえ、現在の主流はスチール製やナイロン製ですが、20世紀半ばごろまでは、羊の腸でつくられていました。今もなお、羊の腸の弦だけが出せる独特な音にこだわっている奏者も多く、馬のしっぽと羊の腸という、動物の素材にこだわったのが弦楽器です。日本の代表的な弦楽器のひとつの三味線も、猫や犬の皮でないと本当に良い音が出ないといわれているのと似ています。

 フルート以外の木管楽器、オーボエやクラリネット、バスーンも素材100%にこだわっている楽器です。こちらも楽器自体より、実際に音をつくり出すリードにこだわりがあり、アシ100%なのです。アシとは、川べりや湖沼によく生えている植物です。もちろん、アシならなんでもいいというわけではなく、日本ではダンチクと呼ばれている種類のアシです。そのアシを削り、形を整え、楽器に取り付けて音を出します。最近では、プラスチック製のリードも出始めているそうですが、やはりダンチク・アシでつくったリードでないとダメだそうです。

指揮者にとって欠かせないモノとは?

 ところで、数億円のヴァイオリンの名器ストラディバリウスの話題などを聞いたことがある方は、楽器は大変高価だと思われるでしょうが、どんな高価な楽器でも実際に音をつくり出すのは、馬のしっぽや羊の腸、アシだったりします。一方、トランペットのような金管楽器に関しては、もはや音をつくるのは素材などではなく、奏者のくちびるです。そのくちびるを震わせて音をつくり、楽器を通して、音楽に使える美しい音が出来上がります。

 強いて”こだわりの素材”を挙げるとすれば、奏者のくちびるといってよいのかもしれませんが、金管楽器奏者がもっと大切にしているのは、歯なのです。歯は1本抜けたり、欠けたりするだけでも、替えはありませんし、結果、今までのような音が出なくなるそうです。

 僕が留学中のことですが、優秀なトランペット奏者である友人と地下鉄の階段を上っていました。話に夢中になって、うっかりと彼の足をひっかけてしまい、彼が転びそうになりました。僕は冗談ぽく「ごめんごめん」と言ったのですが、彼は急にものすごくまじめな顔になって、「歯が欠けたらどうするんだよ」と少し怒った口調で抗議してきました。

 その様子に当時の僕は驚いてしまいましたが、楽器は修理できても歯はできないだけに、金管楽器奏者にとって歯は命の次に大切な存在だったことを知りました。彼は、日本に帰ったら、歯医者に行って歯型を取って保管しておいてもらい、何かあったら、その歯型の通りに差し歯をつくってもらうのだと言っていました。

 ちなみに、指揮者にとって、”これでないとダメ”なモノは何かといえば、「指揮棒」ではないかと思われるかもしれません。しかし、指揮棒は木材だけでなく、グラスファイバーやカーボン素材など、さまざまな素材でつくられており、指揮者の好みで選ぶわけで、「この素材でなくてはならない」という感じでもありません。極端な話、台所にある竹の菜箸でも役立つわけです。

 あえて探すなら、指揮台でしょうか。指揮者は指揮台の上で結構激しく動き、軽すぎると舞台上を簡単に移動してしまうので、想像以上に重量があります。また、外国人の巨漢指揮者が興奮して足を強く踏み込んでも大きな足音が出ないようにフェルト生地で覆われているだけでなく、ミシミシと音を立てて演奏者や聴衆の集中を妨げないように頑丈につくられています。見た目は単なる台ですが、なかなかの高額な代物なのです。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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