転職支援サービスのビズリーチを傘下にもつビジョナルは今春、東証マザーズに上場した。初値は公開価格(5000円)を2150円(43%)上回る7150円。終値は7000円で時価総額は2491億円。新興企業で企業価値が10億ドル(約1100億円)を超えるユニコーンの上場となった。18年6月上場のメルカリ以来の規模である。
テクノロジーを活用して、人と企業を結び付けるHR(人材)領域に積極的に取り組んでいることを市場は評価した。ビズリーチを一躍有名にしたのがテレビCMである。2016年からスタート。ビズリーチを利用した際の上司の心の声を女優の吉谷彩子が代弁するという内容で、ビズリーチ利用のメリットを伝えることで、有望な求職者が集まる転職プラットフォームと印象付けることに成功した。CMの最後に吉谷が人差し指を立てて「ビズリ~チ」というシーンが頭に残りやすい。印象的なCMだが、実は危機に立たされていたビズリーチが、起死回生策として打ち出した大勝負だった。CM効果で蘇った。
7人の仲間とビズリーチを立ち上げる
ビジョナル社長の南壮一郎氏は、新興企業の経営者のなかでもメディアへの露出度が飛び抜けている。1976年6月、大阪府生まれの45歳。ヤマハ発動機に勤めていた父親が海外勤務になり、幼少時はカナダ・トロントで過ごした。帰国子女として静岡県・浜松市に戻り、浜松北高校を卒業した。ボストン郊外にある名門私立大学、タフツ大学(マサチューセッツ州)に進学。99年卒業後、モルガン・スタンレー証券(現モルガン・スタンレーMUFG証券)東京支店に入社し、投資銀行部門に配属になった。
2004年、プロ野球の楽天イーグルス創業メンバーとして参画。将来の球団社長候補と見られていたが、楽天のオーナー、三木谷浩史氏の一言で外に出ることになった。三木谷氏は「君がこの球団にずっといても、オーナーになることはないからね」と言い、背中を押される格好で外に出ることになった。
テレビのインタビューで南氏は「大リーグの各球団の経営者に軒並み手紙を書いて、『私を採用して』と働きかけたが、どこからも色よい返事がなかったので楽天の三木谷さんに直談判した」と語っていた。「将来、メジャーリーグの球団のオーナーになりたいという夢を今も持っている」という。
2007年、楽天を退社し、1年間ほど世界を旅する。帰国後、転職活動を開始したが、求職者と求人側のミスマッチを実感する。そこで、「インターネットを使って転職市場を可視化すればいい」と思い立つ。2009年4月、仲間7人でビズリーチを設立し、管理職、グローバル人材に特化した会員制転職サービス「ビズリーチ」を始めた。
求職者の会員数は2014年1月に20万人を突破したが、求人側の反応は鈍い。そのなかで打った起死回生策がテレビCMだった。効果は絶大。求人側の会員数が急増した。株式上場に備え、持ち株会社体制に移行。2020年2月、ビズリーチなど事業会社4社を傘下に置く、持ち株会社ビジョナルを設立、南氏が社長に就いた。
転職の会社からの脱皮を目指す
上場後初の決算に当たる21年7月期連結決算は、売上高が20年7月期比11%増の286億円、営業利益は1%増の23億円、純利益は69%減14億円だった。新興企業は事業拡大のための先行投資が重荷になって赤字決算になることが多いが、黒字を維持した。
主力事業のビズリーチは、転職希望者に企業やヘッドハンターが直接アプローチすることができるウェブサイトである。求人側の企業やヘッドハンター、求職者が情報を登録するプラットフォームを用意して、無料と有料のプランを選択することができる。転職が成立すれば成功報酬を得る。導入企業数は累計で1万7000社になった。8000社が日々、サービスを利用しているという。
2022年7月期の連結決算の売上高は前期比31%増の377億円、営業利益は13%増の26億円、純利益は24%増の17億円と増収増益を予想している。10月29日、上場来高値の8890円を一時、つけた。上場初日の終値7000円と比較すると27%上昇したことになる。
「経済活動の再開やリモート勤務の進展などでIT(情報技術)関連や経営企画などで新たな人材のニーズが高まる可能性がある。今期、来期と収益拡大が続くとみられる」と新興企業をウォッチするアナリストは強気の見方をする。
南氏は転職の会社からの脱皮を目指す。M&Aや物流、セキュリティといった幅広い分野のプラットフォームやクラウド事業を手掛ける。南氏の発想の根底には、父親が勤めていたヤマハ発動機の存在があるのかもしれない。日本楽器製造(現ヤマハ)の一部門から独立して、二輪車メーカーとして発展した。その一方でボートや無人ヘリコプター、産業用ロボットと事業領域を広げている。
南氏は「もともとピアノを作っていた会社が今ではロボットを作っている。父親から話を聞いて、わくわくした」とインタビューで答えている。ビズリーチに次ぐ第二の柱となる事業を育てることができるのか。それが中長期の成長のカギを握る。