元会長の勝俣氏、出廷せず
東京電力福島第一原発事故の刑事責任を問う強制起訴裁判の一審では、被告の勝俣恒久元会長(81)が先頭で入廷し、次に武黒一郎元副社長(75)、最後に武藤栄元副社長(71)が続き、揃って着席するのが常だった。しかし、11月2日に東京高裁で始まった二審(控訴審)では、最初に武黒氏、続いて武藤氏が入廷し、勝俣氏は姿を現さなかった。閉廷後にわかったことだが、勝俣氏は「体調不良」で欠席したのだという。被告に出席の義務がある一審に対し、二審では被告に出席の権利はあるものの、義務はないとされる。
この日の初公判には約300人が傍聴券を求めて列を作り、30人だけが傍聴できた。一審初公判の際、傍聴した筆者はベルトを外されてズボンが落ちるという屈辱的な身体検査を受けたのだが、一審の永渕健一裁判長はそうした強権的な訴訟指揮を毎回繰り返し、傍聴人から不評を買っていた。
だが二審では一転、身体検査を行なう係員の態度が大変丁重になる。さらには初公判の冒頭で二審の細田啓介裁判長は「持ち物検査でご面倒をおかけしてすみません」と詫び、傍聴人を驚かせた。
「百聞は一見にしかず」と批判された一審判決
二審最大の焦点は、国の地震調査研究推進本部(推本)の専門家らがまとめた地震と津波の予測「長期評価」の信頼性だ。この日、検事役の指定弁護士は法廷で、3被告全員を無罪とした一審判決で事実認定を行なった裁判官自身は津波に関する専門的知見を有していないにもかかわらず、長期評価の信頼性を無理矢理否定してしまった上に、現場検証を一切しないまま、前代未聞の過酷原発事故の判決を書くという、不自然なまでの裁判所の不作為を、「百聞は一見にしかず」ということわざを引用して批判した。一方、弁護側は一審判決に誤りはないとして棄却を求めた。
一審判決では、「大津波は予測できなかった」とした役立たずな津波専門家の証言や論文を重視し、結果的に津波被害を防ぐことはできなかったものの事前に大津波の襲来を予測し、対策を求めていた専門家の見解を蔑ろにしていた。一審判決からは、科学と科学者への敬意など微塵も感じらないのである。裁判所がこうしたスタンスを取り続ける限り、裁判所の信用は地に落ち、不信を招くだけだ。
一方、強制起訴裁判と同時並行で進んでいる東電株主代表訴訟では、10月29日、東京地裁の裁判官が福島第一原発に赴いて事故現場を見分した。同じ東京地裁の裁判官でありながら、事実認定への取り組み姿勢がまったく異なる。今後、強制起訴裁判の二審でも現場検証が行なわれ、一審判決が招いていた裁判所への不信を取り除けるのかどうか、注目される。
責任逃れの抗弁はもう通じなくなる?
3被告は、株主代表訴訟でも被告になっている。ところで、刑事事件として福島第一原発事故の責任者を裁く強制起訴裁判の一審で3被告は、いわば“経営者として無能だった”と言い訳したことで責任逃れに成功し、無罪判決を勝ち取っていた。しかし、民事事件として同原発事故を裁く株主代表訴訟で同じ言い訳は通用しない。“無能”ゆえに東電に損害を与えたとして、数兆円規模ともいわれる莫大な賠償責任を負わされる恐れがあるからだ。
ただ、これまでの株主代表訴訟での被告側の抗弁をチェックしてみると、概ね強制起訴裁判と同様の主張を繰り返しているようだ。強制起訴裁判と株主代表訴訟の両方で被告の弁護に関わっている弁護士もいるにもかかわらず、この言い訳に潜む“リスク”に気づかなかったのか。明らかな作戦ミスだろう。
そんなわけで、強制起訴裁判と株主代表訴訟は互いに影響を与え合う関係にある。強制起訴裁判の次回公判は来年2月9日。株主代表訴訟は今月末に結審し、来年春にも判決が出る見込みだ。
(文=明石昇二郎/ルポライター)