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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

助成金5千億円、台湾TSMCの日本誘致は愚かだ…日本の半導体産業は再興しない

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
台湾 TSMC
台湾 TSMCのサイトより

世界半導体3大不思議

1.なぜ半導体が不足しているのか

2.どの半導体が不足しているのか

3.なぜ台湾TSMCが日本に工場をつくるのか

 ここ数カ月、半導体のジャーナリスト兼コンサルタントを職業としている筆者としては、これらの問題をなんとしても解決したいと四方八方にアンテナを張り、各種データ解析を行ってきた。そして、とうとうすべての全貌を解明できた。そのきっかけとなったのは、2021年11月18日に、中国の深センで開催されたTrendForce主催のMemory Trend Summitに参加したことにある。

 このSummitでは13件の発表があったが、TrendForceのアナリスト、Joanne Chiao氏による“Wafer Shortages Drives the General Growth of Foundry Capacity in 2022”を聞いて、上記3つの問題の謎がすべて解明できた。さらに、この3つはすべてつながっていることがわかった。

 本稿では、3つの問題を明快に解いてみよう。その解答から導き出される結論は、「TSMCの熊本工場に税金を投入するのは間違っている」ということである。日本政府も経済産業省も、自分たちが犯そうとしている間違いにいち早く気づくべきである。もし再考せずにTSMCの熊本工場に対して手厚い支援を行った場合、あなた方は歴史上で「間抜け!」というレッテルを貼られることになるだろう。

コロナ禍でニューノーマルが定着

 2020年に新型コロナウイルスの感染が世界に拡大し、2021年には人々の生活を大きく変えてしまった。それは、ニューノーマル(新しい生活様式)といわれるようになった。具体的には次の通りである。

・ネット通販では、8週間で過去10年分を売り上げた

・リモートワークを行う人は、3カ月で20倍に増加した

・オンライン学習は、2週間で2億5000万人に拡大した

・オンラインゲームは、5カ月で過去7年分がダウンロードされた

 そして、このニューノーマルの定着により、各種の電子機器が爆発的に売れた。図1は、2021年と2022年における各種電子機器の対前年の出荷台数の増減(%)を示している。

助成金5千億円、台湾TSMCの日本誘致は愚かだ…日本の半導体産業は再興しないの画像1

 例えば、リモートワークやオンライン学習に必要不可欠なノートブック(PC)は、2020年に比べて2021年は16.5%出荷台数が増えたということがわかる。しかし、来年2022年は、2021年に比べると出荷台数は7.2%減少する予測となっている。

 このように図1を見ると、コロナ禍でロックダウンや緊急事態宣言が出されてステイホームを余儀なくされた2021年は、ノートブック(対前年比16.5%増)、ゲームコンソール(35%増)、ウエアラブル・デバイス(11.1%増)などが、非常に売れ行きが良かったことがわかるだろう。すると、これらの電子機器に使われる半導体の需要も急拡大することになった。

 では、そのなかで特に需要が集中した半導体は何か?

半導体のテクノロジー・ノードとトランジスタ構造

 図2の上段に、半導体のテクノロジー・ノードとその半導体に使われているトランジスタの構造を示す。半導体には長らく「プレーナ型(平面型)」と呼ばれるトランジスタが使われてきた。テクノロジー・ノードでいうと、0.5μm以上前から採用され、それが高速化、低消費電力化、高集積化、低コスト化のために、微細化を続けてきた。

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 そのプレーナ型トランジスタは、90nm、65nm、40nm、28nmまでは順調に微細化が進んだが、それよりもっと微細化するには、3次元のフィン型(これをFinFETと呼ぶ)に構造を変える必要があった。そして、実際に16~14nmあたりから、FinFETにトランジスタ構造が変わった。ここで14nmから10nmに微細化するときに米インテルが生産ラインの立ち上げに失敗したため、TSMCが最先端を牽引する半導体メーカーとなり、7nmから5nmと微細化を進めており、来年2022年には3nmを量産する予定である。さらに、2024年頃に2nmの量産を目指しているが、この際にまたもやトランジスタ構造が変わる。それは、Gate All Around(GAA)と呼ばれている。

28nmに集中する多くの電子機器

 例えば、アップルのiPhone、最先端PCやサーバー用のプロセッサなど、常に高性能が要求される半導体のトランジスタは、プレーナ型からFinFETへ、そしてGAAへ構造が変化する。その際、半導体のチップコストが上昇するが、それよりも高性能であることが優先されるため、微細化を進め、最適なトランジスタ構造が選択される。

 しかし、多くの電子機器は、それほど高性能は必要ない。それより、コストパフォーマンスに優れている半導体を使いたい。それは何かというと、図2の下段に示したように、プレーナ型トランジスタの最後の世代である28nmの半導体である。

 28nmはコストパフォーマンスに優れている。そして、多くの電子機器にとって、必要十分な性能を発揮してくれる(FinFETを使う必要はまったくない)。この28nmの半導体を使う電子機器は多岐にわたる(なお、TSMCなどのファンドリーにとって、22nmは28nmの改良品なので、基本的に28nmと同じである)。

・ノートPCのWiFi用システムLSI(System on Chip、SOCと呼ぶ)、Timing Controller(TCONと略す)

・タブレットのSOCやNAND Controller

・テレビのSOC、TCON、接続用半導体(Connectivity)

・ルーターのWiFi用SOC

・スマートフォン用のSOC(エントリーレベル)、通信半導体(RF)、ディスプレイ駆動用IC(Display Drive IC、DDI)、CMOSイメージセンサー(CMOS Image Sensor、CIS)のロジック半導体、顔認証などに使うイメージシグナルプロセッサ(Image Signal Processor、ISP)、NAND Controller

・自動車用MCU((Micro Controller Unit、通称マイコン)

・ゲームコンソールのSOC、MCU、NAND Controller

・ウエアラブル・デバイスのMCU、ワイヤレスイヤホン用のTrue Wireless Stereo(TWS)、ASIC(特定用途向けロジック)、FPGA(Field Programmable Gate Array)、接続用半導体(Connectivity)

 28nm(改良品の22nmを含む)の半導体を数え上げたらきりがない。これら28nmの半導体の需要が、コロナ禍で大爆発した。そして、これら28nmは、ほとんどがファンドリーへ生産委託されている。

ファンドリーの売上高シェア

 コロナ禍でノートPC、ゲーム機、ウエアラブルなどの電子機器の市場が急拡大した。そして、多くの電子機器(自動車含む)には28nmの半導体が使われていて、これらの需要も急拡大した。そして、28nm(22nm)のほとんどがファンドリーの生産委託に頼っている。

 そのファンドリーの2021年と2022年の売上高シェアの予測を見てみよう(図3)。シェア1位のTSMCは2022年にさらにシェアを伸ばして57%になると予測されている。2位のサムスン電子(17%)、3位の台湾UMC(7%)のシェアには変動がない。4位の米GlobalFoundries(GF)は1%シェアを下げて5%になり、5位の中国SMIC(5%)のシェアは変わらない。

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 では、上記のファンドリーで28nmを生産できるところはどこか?(図4) TSMCが2011年から28nmの量産を開始した。翌2012年、サムスン電子とUMCが28nmの量産を開始した。2013年にはGFが、2015年にSMICが、2018年にはHH Grace(中国)が、それぞれ、28nmの量産を開始した。

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 ここで注意が必要なのは、サムスン電子のファンドリーは、主として自社のスマートフォンGalaxy用のプロセッサの生産を目的としているため、次々と微細化を進めており、レガシーな半導体の生産は止めてしまうということである。したがって、現在、サムスン電子は28nmの半導体を生産できないだろう。

 となると、世界的に逼迫している28nmの半導体をつくれるのは、TSMC、UMC、GF、SMIC、HH Graceの5社ということになる。しかし、図3で見た通り、ファンドリーの売上高シェアの過半をTSMCが独占している。したがって、世界的に需要が拡大している28nmの生産委託が殺到しているのは、TSMCであるといえよう。

世界的に足りないのは28nmの半導体

 ここまでをまとめると、コロナ禍によってニューノーマルが定着し、ノートPC、ゲーム機、ウエアラブルなど各種電子機器が爆発的に売れるようになった。そして、それら電子機器に使われている半導体需要が急拡大した。そのなかでもコストパフォーマンスに優れ、十分な性能がある、プレーナ型トランジスタの最後の世代の28nmが世界的に不足していると考えられる。

 要するに、28nmの半導体が「スイート・スポット」になっている。そして、この28nmは主としてTSMCに生産委託されており、TSMCの28nmのキャパシティがボトルネックになっていると推測できる。

 図5に、TSMCのテクノロジー・ノードごとの四半期売上高を示す。UMC、GF、SMICなども工場をフル稼働しているだろうが、世界的にTSMCの28nmのキャパシティが1番大きい。ここに、世界中から生産委託が集中している。飛躍的に28nmのキャパシティを拡大するためには、工場を新設するしかない。しかし、TSMCには、その余裕がないことを以下で説明する。

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TSMCの事情

 TSMCは今年2021年に300億ドル(約3.4兆円)を投資する。来年2022年は345億ドル(約3.9兆円)に投資額が増える。社員数も昨年2020年に8000人増員して約5万6000人になり、今年は9000人増やす予定となっている。

 なぜこれほど投資をし、社員数を増やすのかというと、ほぼすべては最先端の微細化を進め、その半導体を量産するためである。今年TSMCは5nmの大量生産を行っている。来年2022年は3nmの量産を開始しなければならない。加えて、2024年から量産予定の2nmのR&Dも同時並行で行わなければならない。

 このように最先端の半導体の量産と開発にすべてのリソースを集中しているTSMCには、いくら世界中から生産委託が殺到しているといっても、10年前のレガシーな技術の28nmの工場を新設する余裕はないだろう。

渡りに船の日本政府の誘致

 このようにTSMCは、最先端は進めなければならない上に、レガシーな28nmの生産委託も殺到するという苦しい状況に追い込まれたと思われる。TSMCは最先端に特化しなければならないが、28nmも無視できない。というのは、今年2021年1月25日には、日米独の各国政府から台湾政府を経由して車載半導体の増産要請をされたこともあり、28nmを放置すると、政府からの圧力が掛かったりするからである。

 ところが、このようなタイミングで日本政府と経済産業省が、しきりに日本への工場誘致を口説いてくる。TSMCの地域別売上高比率では、日本はたかだか4~5%しかビジネスがなく、日本のために工場をつくる合理的な根拠は何もない(図6)。

助成金5千億円、台湾TSMCの日本誘致は愚かだ…日本の半導体産業は再興しないの画像6

 しかし、経産省の話を聞くと、28~22nmの月産4.5万枚の工場については、ソニーの熊本工場の隣に工場用地を準備して、インフラも整備し、建設費や製造装置費用の半分(5000億円)を助成してくれるという。さらに、この支援は複数年続き、ソニーやデンソーも協力してくれるという。

 その上、日本政府や経産省やその他のアナリストなどから、「日本半導体の復興のために世界最先端の技術を持つTSMCが来てくれる」と感謝までされる。TSMCにとっては、もう願ったり叶ったりの“美味しい話”である。TSMCの幹部にとってみると、笑いが止まらないのではないだろうか?

TSMCの熊本工場に税金を投入するのは馬鹿げている

 TSMCが正式に熊本に工場をつくることを決定し、経産省も5000億円規模の助成をする(それ以上に複数年の支援をするという話もある)。そして、これをきっかけに世間では日本半導体産業が再興するという話で持ちきりである。日本人とは、なんとまあ、おめでたいことだろうか。

 TSMCはボランティアではないし、慈善事業団体でもない。れっきとした営利企業である。その事業はすべて、営利目的のものである。日本の熊本に月産4.5万枚の工場をつくり、世界的に不足している28~22nmを大量生産し、世界中に売りまくるわけである。そして、その利益はTSMCの懐に入ってくることになる。

 このような営利企業であるTSMCのために、日本の税金を使うのは、はっきり言って間違っている。28~22nmの工場を熊本に建設したいのなら、自力でやってもらえばいいのである。ソニーやデンソーが協力したいのなら、すればいい。しかし、土地、インフラ、助成金など、日本の税金を使うことは許せない。いち納税者として、断固、異議を唱えたい。

日本半導体産業は復興などしない

 そして、TSMCが熊本に工場をつくることによって、「日本半導体産業が復興する」などと寝ぼけたことを言っている政府、経産省、アナリスト、メディアにも言っておきたい。TSMCが熊本に工場をつくっても、日本半導体産業は復興しない。というのは、TSMCが技術移管するのは10年前の技術の28 nm(22nm)に限る。そして熊本工場は、28 nm(22nm)の半導体を生産し続けるが、その先の16~14nmのFinFETに微細化を進めることはないからだ。

 もし、日本半導体産業の復興を実現したいのなら、28~22nmの熊本工場を足掛かりにして、日本人技術者が自力で16~14nmのFinFETを量産できるようにしなければならない。これについては、TSMCは一切、支援してくれない。

 技術者の問題だけでない。16~14nmのFinFETを量産する場合、日本にはその半導体を必要とする設計専門のファブレスが存在しない。したがって、海外の先端ファブレスからビジネスを取ってこなければならない。

 2000年から今日まで、DRAMから撤退した日本半導体産業がSOCで壊滅的になったのは、このようなマーケティングや営業ができなかったことによる。それをいきなり「やれ」と言われてもできるはずがない。

結論

 コロナ禍によってニューノーマルが定着し、各種電子機器が爆発的に売れるようになった。その電子機器用の半導体としては、28nmがスイート・スポットになっており、これが理由で世界的な半導体不足が起きている。ファンドリーの売上高シェア世界1位のTSMCには、28nmの生産委託が殺到しているが、新たに台湾に工場を建設する余裕はない。

 ところが、日本政府と経産省が破格の条件で、熊本に工場の建設を支援してくれるという。しかも、日本半導体産業の救世主的存在として感謝までされている。TSMCにとって、こんなに美味しい話はない。そして、TSMCが熊本工場で量産した28~22nmの半導体は、世界中に販売され、その利益はTSMCの懐に入ることになる。TSMCは日本に工場をつくるが、「日本のために」工場をつくるのではない。自身の利益のために工場をつくるのである。TSMCという、いち営利企業の利益のために、日本の税金を使うべきではない。いち納税者として、TSMCに助成金を出すことに断固、反対したい。

 もし、のちのち「間抜け!」というレッテルを張られたくないなら、政府も経産省も、TSMCへの助成金の支出をやめるべきである。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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